コロナ禍での歯科医療従事者に勧めるメンタルケア

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コロナ禍での歯科医療従事者に勧めるメンタルケア

 世界的に猛威をふるう新型コロナウイルス感染症および変異株、日本国内でも、一向に終息の兆しは見えず、長期におよぶコロナ禍で、健康不安や経済不安が増幅し、それに伴う外出自粛や経済封鎖から心理社会的ストレスは増加の一途をたどっています。こうしたストレスは、自律神経系のバランスを崩し、免疫力の低下をも招き、様々な身体症状や疾患を誘発することが知られています。コロナ禍での歯科診療、私たち歯科医療従事者が仕事をしていく上で、心身の健康維持と仕事へのモチベーションを低下させないために、どのようなメンタルケアしていけばよいのでしょうか。本稿では、心理学や心身医学を交え、ストレスを力に変えるために、そのエッセンスをお伝えしたいと思います。
感情が身体に及ぼすメカニズム
 私たちは日々の生活の中で、コロナ感染への不安や恐れ、先々の経済への不安や焦り、基礎疾患をもつ家族への懸念など、悩みが尽きることはありません。危機管理の観点からみると、最悪の事態を想定し、様々な視点から検討していくことが求められますが、一方で、そうした悩みが頭から離れず、不安が増幅することで、自律神経系のバランスが崩れ、不眠、免疫力の低下、身体化(首や肩の凝り・頭重感や頭痛・目の奥の重みや痛み・耳鳴り・顎の痛み・胃痛などの様々な症状)をも招くことも医学的に明らかになっています。ここに興味深い実験があります(図1)。
予期不安で増強された“うるしかぶれ”の反応(中川俊二;九州大学心療内科)
著書:やさしい心身症の診かた,チーム医療 桂 載作(1986)
写真は、著者が心身医学を学び始めた時のテキスト(やさしい心身症の診かた桂載.1986)に記載されていたものです。被験者は17歳・男性、漆にかぶれる患者さんです。実験は、0.8%の漆の液を同じ量を両腕に塗布するのですが、患者さんには右腕には漆の液を、左にはアルコールを塗り、比較をみると伝えおきます。すると、どうでしょう。患者さんの両腕の反応を比較すると、右腕の方が広がりを見せているのがおわかりでしょうか。これは予期不安(予期する不安)から生じる反応です。右腕に漆液を塗られることを告げられた患者さんは、かぶれることを予期し、その不安から、このような反応が表れたことを示唆しています。まさに、「病は気から」と昔から言い伝えられてきましたが、気持ちの持ち方は、身体状態を変えていくと言っても過言ではないようです。
日々の気分の変化を感知する
 ストレスをマネジメントするにあたって、是非、身につけて頂きたいことがあります。それは、日々の気分の変化を感知することです。私たちは、同じ風景をみても、日によって感じ方が変わります。例えば、嫌な出来事があった時、公園の並木道を歩くと、気分が開放され、リセットできる日もあれば、いくら歩いても気分がリフレッシュすることなく、むしろ足取りが重く感じられることもあります。犬を飼っている人は経験があると思いますが、仕事から帰宅、玄関の扉を開けると、こちらに向かって一目散に走り、飛びついてくれる愛犬、仕事の疲れも吹き飛び、元気をもらいます。けれど時折、それが鬱陶しく感じることがあります。この感じ方の差は、何なのでしょうか。実は、心身が快適な状態と疲れを感じている状態では、ものの感じ方や捉え方に大きな変化があるのです。さらに、心身疲労を認められた際は、普段、気にならないことが非常に気になってしまったり、何気ない他者からの一言に、過敏に反応してしまうことが多く起こります。そんな時は「今は心と身体が疲れていることで、少し神経質になってしまったのだ。心身疲労がものごとをマイナスに捉えているだけなのだ」と自分に言い聞かせてあげることが大切です。そして、そんな時は、何よりも睡眠や休養を優先しましょう。副交感神経が高まることで気分も回復し、ものごとの感じたかや捉え方もプラス方向へと変わります。
嫌な気分を変えるイメージセラピー
 嫌な気分から解放するために、誰にでも簡単にできるリラクセーション法をご紹介しましょう。気持ちや身体に疲れを感じたら、ソファーやベッドに横たわり、自分だけの大切な空間と時間を確保し、実施して下さい(図2)。

図2.心身疲労を回復するストレスマネジメント


1.心身の状態を探る
 自らの内面に意識を向けましょう。今、気分はどうですか?
次に身体に意識を向けましょう。どこか重く感じられたり、凝りを感じる箇所はありますか?
(心身共に、どのような状態なのかを確認して下さい)。
それでは、目を閉じて、大きく深呼吸を続けましょう(呼吸法は、鼻からゆっくり息を吸って、さらにゆっくりと口から吐き出しましょう)

2.ニュートラルな状態をつくる
 今は何も考えず、自分だけの大切な時間、空間をつくりましょう。ゆったりと心地の良い呼吸を続け、心臓の鼓動や気分が落ち着くのを待ちましょう。

3.良いイメージを浮かべる
 心身共にリラックスするのを感じられたら、今、行きたい場所(山や海、昔懐かしい場所など)、ここに居ると気分が落ち着けると思う場所を目の前に描いて下さい。
あたかもその場所にいるように、五感を通して体験的にイメージを深めて下さい
例;新緑の山々
目の前に広がる風景は、どのようなものでしょうか(視覚)
大きく深呼吸しましょう。この山の中の新鮮な空気、緑の香りを身体にとりこみます(嗅覚・味覚)
その場所で感じられる心地よい風を肌で感じて下さい(触覚)
その場所で聞こえる鳥のさえずり、川のせせらぎなど、広がる全ての音を聞いてください(聴覚)

4.副交感神経優位に導かれる
 やがて気分が落ち着き、眠気が訪れます(そのまま寝てしまっても構いません)。その状態こそが副交感神経が優位にはたらいてくれている状態です。心身共に、リラックスした状態へと導かれます。
ヒーリング音楽やアロマを活用するのも効果的です。

5.心身の変化をチェックする
 リラクセーションを終えたら、気分、身体の状態をチェックして下さい。
 1で確認した心と身体の状態に変化がありましたか。「軽くなった」「楽になった」と感じられたら、深くリラクセーションに入れています。「あまり変化が感じられない」と思った方は、交感神経優位になり、気が休まらない状態にあったり、頭の中で常に何かを考えていたりすることが予測されます。そんな時は、焦らず、気が向いた時に、繰り返し行って下さい。必ず変化を実感できることでしょう。

 この方法は、筆者が大学病院で心身症や不安や緊張が強い患者さんに向けて、心理療法と併用して行ったリラクセーション法でもあり、自律神経系のバランスを整える手段として有効です。五感を通してイメージを深め、心身共に心地の良い状態に導き、嫌な気分から解放されます。なぜ、イメージを活用するかというと、自律神経系は、言葉の意志には従いませんが、イメージには好意的にはたらいてくれるからです。
図1で示した通り、予期不安から身体化するように、逆に良いイメージを体感することで、心身共に心地よい状態に導くことも可能です。医学博士アンドリュー・ワイルは、癌治療の一環としてイメージ療法をとり入れてきました。彼は、副交感神経が優位にはたらいている状態、つまり、寝入り際に眠気が増し、周りの声や音がかすかに、そして心地よく聞こえる状態で、良いイメージを投げかけてあげることで免疫力を高める効果が期待できると言っています。頭の中で描く良いイメージ(病が回復する/仕事が上手くいくなど)は、気分を変え、自律神経系のバランスを整え、心身の状態を変え、自己効力感や仕事へのモチベーションを回復するといっても過言ではありません。ストレスマネジメントを上手に取り入れ、ストレスを力に変え、共にコロナ禍を乗り越えていくことを切に願っています。


水木さとみ
医学博士・心理カウンセラー・歯科衛生士

PROFILE
 法政大学社会学部卒業後、日本歯科大学附属歯科専門学校歯科衛生士科卒業。
各種心理療法を修得し、横浜市立大学医学部口腔外科学講座、同精神医学講座、東京医科歯科大学頭頸部心身医学講座にて心理療法を実践。横浜市立大学より医学博士の学位を授与。東京医科歯科大学頭頸部心身医学講座臨床講師を経て、心理学・行動科学に基づくコミュニケーション、心身医学に基づくストレスマネジメントの研修・講演を多数実施。現在、多摩大学大学院(MBA課程)客員教授、横浜歯科医療専門学校歯科衛生士学科心理学講座講師、医療法人社団信和会ミズキデンタルオフィス理事


記事提供

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