歯科医である息子に連絡し応援求め…飯野歯科インプラント死亡事故

インプラント治療を受け死亡
あらぬ噂話に発展したのは何故なのか?
その背景にあったものは?


飯野歯科でインプラント治療を受け死亡したのは、都内在住だった70歳の女性である。
以下、この女性をAさんと呼ぶことにする。

Aさんの死亡事故について業務上過失致死罪で起訴された飯野歯科医師に禁錮1年6カ月執行猶予3年の有罪判決を言い渡した2013年3月4日の東京地裁判決の事実認定にしたがって、受診から死亡までの経緯をたどってみよう。

Aさんが初めて飯野歯科八重洲診療所(1992年に飯野歯科医師が設立したインプラント治療専門の診療所)を受診したのは2007年5月18日のことだった。
Aさんは、歯科衛生士の問診を受け、歯のレントゲン写真を撮影された。その後、飯野歯科医師の診察を受けた。当時、Aさんは相当数の歯が欠損してかみ合わせが悪く、一部の歯は歯根だけが残っている状態だった。

飯野歯科医師は左下顎に3本、右下顎に1本、左上顎に1本、右上顎に3本の計8本のインプラント体を埋入する手術をする必要があると判断し、Aさんに説明し、了承を得た。初診から4日後の5月22日に手術を行うことになった。

その後、Aさんは一度に8本のインプラントを埋入する手術を受けることに不安を覚えた。手術前日の5月21日に八重洲診療所に電話を入れ、手術を2回に分けるか、本数を減らしてほしいという希望を伝えた。飯野歯科医師はAさんの意向に従い、左下顎に4本、右下顎に1本のインプラント体を埋入する手術を行うことにした。

Aさんに対する手術は5月22日午後1時30分ころから始まった。飯野歯科医師は同1時54分ころから2時30分ころまでに左下顎骨に4本のインプラント体を埋入した。

引き続き、Aさんの右下顎の第2小臼歯(※筆者注=人の歯は通常、上下とも左右7本ずつ計28本あり、上顎と下顎の骨に釘を刺したような状態でおさまっている。
7本の内訳は、前歯が中切歯と側切歯の2本と犬歯1本の計3本、前歯の次の小臼歯が2本、小臼歯の奥の大臼歯が2本である。右下顎の第2小臼歯は右の下の中切歯から奥歯に向かって5本目の歯に当たる)相当部分にインプラント体を埋入する手術に移った。

Aさんの右下顎の第2小臼歯の残っていた歯根を除去し、歯根の周りの不良肉芽(※筆者注=創傷の治癒過程において、傷は肉芽組織という繊維性結合組織によって修復される。不良肉芽は、細菌や膿を包含した炎症性肉芽組織のことを言う)を除去するなどしてインプラント体を埋入する準備を整えた。
その後、飯野歯科医師はAさんの右下顎の第2小臼歯に相当する部分の歯槽頂(※筆者注=歯が抜けた後の顎の骨の一番上の部分に当たり、「しそうちょう」と読む)にドリルを挿入してインプラント体の埋入窩(※筆者注=インプラント体を入れる孔のことで、「まいにゅうか」と読む)の形成へと進んだ。

下顎の骨は外側が「皮質骨」という、比較的硬く、しっかりとした部分で覆われており、その内部に「海綿骨」という、骨髄が入っていて比較的軟らかい部分がある。
飯野歯科医師は海綿骨部分でインプラント体を固定しようと考えた。
そして、歯槽頂からまず直径2.5ミリメートルのドリルを、続いて直径3.2ミリメートルのドリルをそれぞれ用いて、インプラント体を入れる穴をつくるためのドリリングを行い、予定通り、皮質骨に到達する前の海綿骨の部分でドリリングを止めた。
次に、その穴にインプラント体(直径4.1ミリメートル、長さ12ミリメートルのもの)をねじ込んだが、インプラント体が固定された状態(いわゆる初期固定)とはならなかった。

そこで、飯野歯科医師は、海綿骨の先にある、「舌側」の皮質骨をわずかに穿孔(※筆者注=インプラント体の先を皮質骨の外に出すこと)し、これを利用して初期固定を得る方法を採ることにした。ちなみに、顎の骨の場所に関して、舌がある内側の部分を「舌側」(ぜっそく)と言い、頰のある外側の部分を「頰側」(きょうそく)と言う。

いったん入れたインプラント体を取り外し、直径2.5ミリメートルのドリルでさらにドリリングを進めて、舌側の皮質骨を意図的に穿孔した。
その後、直径3.2ミリメートルのドリルで舌側の皮質骨までドリリングし、インプラント体の埋入窩をより深く形成した上で、再びインプラント体をねじ込んで埋入した。

その後、飯野歯科医師は、埋入したインプラント体の上の部分に義歯を装着するためのアバットメントという部品の取り付けを始めたが、その途中で、Aさんに異常な反応が見られたため、口の中を見ると、舌の下側の口腔底が盛り上がっていたことから、出血があったと考えた。
インプラント体を取り外したところ、ドリリングした穴から出血があった。

飯野歯科医師が出血部分にガーゼをあて、両手の指で圧迫止血すると、10分ほどで穴からの出血が止まった。
そこで、再びインプラント体を埋入したところ、まもなく、Aさんがうなり声を上げて体をばたつかせ、やがて、その腕の力が抜けて垂れ下がった。

Aさんの血液中の酸素飽和度(※筆者注=動脈血中のヘモグロビンの何%が酸素を運んでいるかを示す値。パルスオキシメーターという機器を用いて、採血せずに測定することができる。一般的に95%以上が正常値とされる)は、午後2時46、47分ころには82%~81%まで低下した。
飯野歯科医師はAさんの異常に気づき、自分で救命措置をするとともに、東京医科歯科大学にいた歯科医師である息子に連絡して応援を求め、AEDを用いたり、心臓マッサージ、人工呼吸をしたりしたが、効果がなかったことから、救急車を呼んだ。
救急隊は午後3時20分過ぎころに八重洲診療所に到着したが、その時点でAさんは心肺停止状態になっていた。

Aさんは午後4時ころ、東京都中央区の聖路加国際病院に搬送され、さらなる救命措置を施されたが、手術翌日の5月23日午前9時18分ころ、死亡した。
他の医療機関での手術中に容体が急変して死亡したケースであったため、聖路加国際病院は警視庁中央署にAさんの死亡を届けた。
Aさんの遺体は東京大学法医学教室の吉田謙一教授らによって司法解剖された。

Aさんの遺族は事故の翌年に飯野歯科医師を相手取って損害賠償請求訴訟を起こす。
筆者が東京地裁で閲覧した訴訟資料中にあった、聖路加国際病院の担当医作成の退院時サマリーには、「院外心肺停止症例であり、中央警察に検視の依頼を行った」と記載されていた。

同じく聖路加国際病院が作成したAさんの外来診療録(カルテ)には、救急隊員が飯野歯科医師から聞き取ったと思われる内容が記載されていた。
その記載によると、「噴出するように出血を認め、20分間圧迫止血を続けたが、14時59分ごろ血圧が低下しショック状態となり、意識障害出現。心臓マッサージを行い、AED装着するとショックアドバイスあり3回ショック施行」とある。

外来診療録や退院時サマリーに基づき、聖路加国際病院到着後のAさんの容体の変化を追ってみよう。

Aさんは病院到着後、心筋の収縮力を強めるボスミンという薬剤を投与され、病院到着から約20分後の5月22日午後4時20分に心拍が再開した。
聖路加国際病院の記録では、推定心停止時間は1時間20分に及んだ。

心拍は再開したものの、自発呼吸は再開せず、人工呼吸器が装着されたままだった。
診療録には「瞳孔縮瞳傾向なく、対光反射も消失」と記載されている。
入院後もインプラントの挿入部からの出血が持続したため、口腔外科の歯科医師が止血処置を行った。
同時に、血圧が低下したため、赤血球濃厚液を輸血した。

しかし、血圧にあまり変化は見られず、血圧を60台で維持するのがせいいっぱいの状態となる。
尿量も低下し、同日夜、ボスミンの投与を始めるが、血圧の維持が困難となり、翌5月23日午前9時18分に死亡が確認された。

司法解剖を行った東大の吉田教授作成の死体検案書によれば、直接死因は「窒息」で、その原因は「口腔底軟部組織出血・腫脹」とされた。
出血・腫脹の原因は「右オトガイ下動脈断裂」と記され、「インプラント挿入時、血管を損傷したもの」との記載もある。

オトガイ下動脈というのは、心臓から頭頸部に向かう動脈の一つである外頸動脈から枝分かれした顔面動脈の分枝で、舌の下側の「口腔底」に血液を送っている。
口腔底に血液を送る血管には、このほかに舌下動脈がある。
舌下動脈は外頸動脈から枝分かれした舌動脈の分枝である。詳しくは後述するが、飯野歯科医師が被告となった民事訴訟や、刑事裁判では、オトガイ下動脈や舌動脈がどこをどう走行しているかが大きな争点となった。

http://judiciary.asahi.com/fukabori/2014012400004.html?iref=com_rnavi
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