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2013/10/24

第89回:う蝕治療の再考を!

これはいわば第79回”深在性う蝕の治療・・・・”のダメ押しのようなものであるが、う蝕治療パラダイムの転換を大いに期待してのことである。ちょうど格好のシステマティックレビューがJ Dent Res 4月号に掲載されており、これを取り上げることとした。

1967年から2012年5月までの文献データベースの要旨をもとにまず364論文を選定、それを87論文に絞り、それらの本文を調べてレビューのための諸基準に適合するものを選定した結果、17論文となった。そのうち7論文は繰り返しの論文であることを著者らに確認して除き、残り10論文(総数:患者1,257人、1,628歯)が本レビューの対象となった。その10論文(カッコ内は発表年)は次のようである。スカンディナビア(1977、1996、2010)、スコットランド(2004)、トルコ(2010)、米国(1998)、ドイツ(1991)、ブラジル(1999、2009)、タイ(2012)である。試験は1977〜2012年に報告された追跡期間10年までのものであり、中断率0〜47%(0〜12%/年)、患者の大部分は子供(2論文で成人)。メタ分析の結果、う蝕の完全除去にくらべ、一段あるいは二段階の不完全除去処置のほうが露髄および歯髄症状のリスクが低下した。失敗のリスクは完全除去でも不完全除去でも変わらなかった。不完全除去歯がより合併症を起こしやすいというエビデンスはない。こうしたことから、う蝕の不完全除去は完全除去にくらべ、とくに歯髄に近いところで有益であるとしている。これが概略であるが、以下に少し詳しく紹介しよう。

う窩病巣からすべてのう蝕物質を完全に除去することはいまや必須とされておらず、窩洞修復前のう蝕組織の不完全除去でよいとするエビデンスが増加している。う蝕治療の見直しはう蝕の新しい理解に基づいている。すなわち、バイオフィルム中での酸産生および酸耐性菌種への生態的変化の結果であるとされている。pHの病的変化が脱灰と再石灰化のバランスを失わせて歯質の脱灰が進み、ついに空洞化して臨床的にう蝕となる。何世代も歯科医師たちは感染したエナメル質と象牙質をすべて除去して、露髄の危険を冒してきた。う蝕発生のメカニズムを考えれば、これは必要ではなく、すべての細菌を除去しようとする代わりにバイオフィルム中の生態および代謝のバランスを再変化させることで十分であろう。そうして再石灰化を促し、う蝕病変を止める。小窩裂溝う蝕へのシーラント適用がそうした効果を示すことが多くの研究で明らかにされている。細菌の数と活性の低下、臨床的、細菌的、X線的なう蝕不活性化の兆候、象牙質の再石灰化が認められている。

う蝕の不完全除去法には現在のところ二つのオプションがある。二段階(あるいは段階的)う蝕処置では、一段目でう蝕象牙質を不完全に除去して歯髄に近いところは残し仮封する。数カ月後にリエントリーしてすべてのう蝕組織を完全に除去し、最終的な修復をする。こうして、2回の通院の間に髄室内で再石灰化と第三象牙質の形成が促進される。一段のう蝕の不完全あるいは部分除去ではリエントリーが省略され、残ったう蝕は初めの1回の通院で最終的な修復物の下にシールされる。不完全除去とはいっても、残すう蝕象牙質の量はさまざまに報告されている。ある場合にはエナメル質のみを除去して象牙質はまったく除去しない、あるいは冒されたエナメル質と少しの象牙質を除去して窩底の軟化・湿潤したう蝕を残すであるが、最も多い報告は歯髄の上のう蝕物質の薄い層のみを残すである。この方法では歯髄壁にしばしば裏層も行われ、間接覆髄と呼ばれている。

露髄は、一および二段不完全除去でそれぞれ2および5論文で報告している。分析の結果、完全除去にくらべ不完全除去は有意に全体の露髄リスクが低下し、さらに一段除去の方がよりリスクが低下した。二段除去では2論文のみが露髄を報告、一段目で気付かずに露髄した例もわずかにあったが、それら論文での露髄は二段目で87%、100%となっている。

歯髄症状は、6論文で報告している。1論文が介入群で歯髄病変を報告しているが、対照群を追跡しているか不明(除去中に露髄した歯髄は多分壊死しており、処置とは無関係と思われる)であり、分析から除外。また別の論文では、歯髄のバイタリティー診断が不明瞭の歯も除外。一段除去は3論文のみであったため、一段、二段除去のデータをまとめて分析。歯髄の合併症は完全除去にくらべ不完全除去で有意に全体のリスクが低下した。

失敗については、5論文が修復の保全状態、技術的合併症から失敗率を比べているが、不完全と完全除去で減少1、増加2、同じ2論文となっている。1論文での銅セメントで修復した歯は不完全除去での標準的治療法ではないとして除外。4論文が歯髄の合併症を報告。9論文全部をプールして分析すると、失敗のリスクは不完全、完全除去での差はなかった。

う蝕の進行は、不完全除去群で辺縁や修復物下で25%(1論文)と0.6%(1論文)の歯に認められた。完全除去群では、アマルガム修復した歯の9%に辺縁あるいは咬合面う蝕(1論文)、より明らかなう蝕病変の進行(1論文)が認められた。1論文では両除去群ともう蝕の進行を認めていない。このようにデータが少なく矛盾しているためメタ分析しなかった。

今回得られた結果はこれまで発表されているレビューと一致していた。本レビュー対象から除外した多くの論文でも、不完全は完全除去にくらべ露髄や失敗のリスクが低下したことを報告し、う蝕のシーリングあるいは一段および二段不完全除去後の残存細菌の減少あるいは不活性化が25論文以上で認められている。さらに、歯髄のバイタリティーから評価した一段除去法と二段法の比較によれば、前者の優位性がごく最近の無作為化試験で確認されている。それによれば、一段法と二段法の成功率は18月後99%と86%、36月後91%と69%となっている。

考察の締めくくりは、今後さらに質のよい長期の多施設での無作為化試験をすることが必要であり、それは臨床家へのよい指針につながるが、このことは今回取り上げたう蝕治療のオプションに対する歯科医の態度や行動を調べたこれまでの報告を考えると極めて重要であるとしている。この指摘に関してレビューでは明言していないが、第79回でう蝕除去への歯科医の対処法について二つの調査結果も紹介したが、”要するに完全除去というのが多数派らしい”という現状を憂えてのことであろうと筆者は推察している。

筆者は第79回執筆時に、ジョージア医科大学歯学部のMertzらの論文「超保守的および抗齲蝕性シールド修復(sealed restoration):10年の結果」(JADA129巻55-66、1998。この論文も今回のレビューの10論文の一つである)を読んだ時にかなりの衝撃を受けた。それはおよそ、”超保守的”な通法により軟化象牙質を除去してアマルガム修復すると41例すべてで辺縁う蝕が発生したが、リン酸エチッグン/ボンディング材/コンポジットレジン修復/シーラント群では軟化象牙質は除去しなくても辺縁う蝕は85例中1例、う蝕病変の進行は10年間止めることができたというものである。衝撃を受けたのは、う蝕病変はできるだけとるものと理解していたからにほかならなかった。しかし、Mertzらはシーラントの研究を進める中で1980年中ごろにシーラントがう蝕の進行を止めることを認め、その延長として修復にもシーラント適用を試み、その有効性を明らかにしたのである。これはまさにう蝕治療のパラダイムに大きな影響を与えるはずのものであったと思われる。しかし、MI治療に合致し、歯の延命につながる、患者にやさしい治療法として普及することはなかったのは、患者の立場として残念である。今回紹介したレビューからも、少なくとも、露髄の危険を冒してまでもう蝕象牙質を除去する必要はないことは理解してほしいと思う。

(2013年6月30日)

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