第90回:初期う蝕の革命的処置法
カテゴリー
記事提供
© Dentwave.com
前回の89回では深在性う蝕治療の見直しについて記したが、今回は初期う蝕治療の革命的ともいえる方法の紹介である。これについては、これまで紹介しようと思いつつ、“ここまでやるのか”という気がして見送ってきたのであるが、前回の最小侵襲治療の流れで、今回取り上げることにした。
先ず、そのやり方は次のようである。ラバーダムを装着し、プラスチックウェッジで歯間分離し、隣接歯保護のため接触面をポリウレタンシートでカバーする。15%塩酸エッチングジェルをシリンジで接触面より下方面に120秒間適用、ジェルをエアー/水スプレーで30秒間洗浄、エアーブロー10秒、シリンジでエタノール適用10(30)秒、エアーブロー10秒、シリンジで浸透材(Infiltrant)を適用して5(3)分間放置、余剰分をエアーブローとフロスで除去、3方向から光重合を合計1分間(40秒)、もう一度浸透材を適用1分間、光重合1分間(40秒)。これはベルリン医科大学のParis、Meyer-Lueckelによる半製品の臨床試験での手順である。なお、カッコ内は上市後製品での使用説明書での記載である。
何がいったい革命的?と思われるかもしれない。それはエッチングに15%塩酸という通常では考えられない強酸を使用していることにある。これまで口腔内にこれほどの強酸が現われたことはない。酸蝕症の一つの原因とされるなかに胃酸の逆流があるが、その塩酸のpHは1〜2、エナメル質エッチングに利用されているリン酸のpHは約1以上である(15%塩酸ゲルは高粘度のためpH測定はできず、計算では−0.61とされている)。市販試薬の濃塩酸濃度は35%の劇物、通常の身の回り品では、トイレの強力洗浄剤には約10%の塩酸を含むものもあるが、それ以上の濃度のものは劇物指定となってほとんどない。
なぜ15%なのか?2007年のCaries Res 223–30頁に本法の考案者の報告がある。37%リン酸ジェル、5あるいは15%塩酸ジェルでう蝕病変エナメル質表層(この厚さは歯により異なり10〜160μm、20〜60μmが多く、平均45μm)を30〜120秒間処理し、表面層の減少を比較した。その結果、120秒処理でリン酸約40%、5%塩酸約60%、15%塩酸約95%の減少を示した。15%塩酸では90秒でも120秒と同等であり、そうした処理条件が表面層の効果的な除去に有効であった。この結果をもとに、考案者らが行った一連の研究の概略を次に紹介する。
2007年J Dent Res 662-6頁には、37%リン酸および15%塩酸のジェルで120秒処理した表面への接着材(Excite、成分:BisGMA、HEMA、ホスホン酸系アクリレート、エタノール)の浸透深さを測定したところ、リン酸での18μmにくらべ塩酸での58μmは有意に深かったと報告されている。2007年のDent Mater J 582-8頁には、37%リン酸ジェルで5秒間エッチング処理した牛歯エナメル質面に種々試作した浸透材を適用し、硬化物の浸透深さを測定した結果、TEGDMA89%、エタノール10%、光重合開始剤1%の浸透材がよいと報告がある(これが浸透材の基本となっている)。さらに、2008年のJ Dent Res 1112-6頁には、隣接面にホワイトスポットのある抜去したヒトの臼歯、小臼歯を用い、15%塩酸ジェルで120秒間エッチングし、市販接着材Exciteと上記の試作浸透材の浸透深さを比較したところ、接着材の浸透深さは有意に浅かったと報告している。
そして、2010年のJ Dent Res 823-6頁および2012年のCaries Res 544–8頁に、22名の被験者(20〜34歳)のエナメル質内側1/2から象牙質外側1/3の隣接面う蝕に冒頭で記した処置を行い、エッチング材と浸透材の代わりに水を用いたコントロール群とう蝕の進行抑制効果を18月、3年比較した臨床試験報告がある。18月および3年でのう蝕の進行は、それぞれ、浸透処置群7と4%、対照群37と42%であり、浸透処置はう蝕進行抑制に有効であることが確認された。
考案者以外の報告として、2012年のJ Dent Res 288-92頁に、39名の被験者(16〜35歳)のエナメル象牙境から象牙質外側1/3の隣接面う蝕に浸透材(半製品)処理、接着材Prime&Bond NTによるシーリング、対照群としての歯間の30秒間ブラッシングを2回行った時のう蝕の進行抑制効果を3年で比較した臨床試験がある。各群4、2、4例が象牙質深部までう蝕が進行して保存治療が必要となった。う蝕の進行率は、浸透材処理32%、接着材シーリング40%、対照群70%であった。浸透材処理と接着材シーリングでは有意差はなかった。これには、接着材に含まれるリン酸系モノマーの効果,および浸透材適用後の放置時間が冒頭で記したものとは異なり、1回目120秒、2回目30秒と短くなっていることが影響している可能性があるように思われる(筆者)。
ホワイトスポットに代表される初期う蝕病変の治療はフッ化物利用による再石灰化の促進が一般的である。別の選択肢として、低粘度光硬化型レジンをう蝕病変部に浸透させ、う蝕進行を促進する病変部の細孔(ポア)を塞ごうというのがある(レジンシーリング)。しかし、表面層は細孔が少なく、レジン浸透の障壁となっており、表面下の病変部にレジンを浸透させるには表面層の除去あるいは穴をあける必要がある。このようなわけで積極的な表面層除去のため、15%塩酸の登場となったのである。以上紹介したような論文が発表される前に、Meyer-Lueckel、Paris、Kielbassaを発明者としてベルリン医科大学から2005年1月米国(2009年2月特許権付与US Patent 7485673)、2006年10月EU(2010年9月特許権付与EP1854445)に"エナメル病変浸透法"という特許が出願されていた。それらの特許をみると、両特許の内容は同一ではなく、その後論文で発表されたものとも異なるところがある。その後、その特許に基づき、ドイツのDMG社が実用化し、Iconという商品名で欧米に上市するに至っている。それは、Icon-Etch、-Dry、-Infiltrantから構成されている。
表面層を除去してレジンの浸透を高め、それによりう蝕の進行を止めようというアイディアの合理性は理解しても、15%塩酸という大胆な発想は筆者には思い至らず、脱帽するしかない。ただし、浸透材の成分・組成に関してはやや疑問があり、今後の改良によりう蝕進行抑制効果はさらに改善されると思われる。大胆なアイディアとそれを製品化するドイツの大学、企業に我が国も少し学んでほしいと思う。我が国の薬事行政が多々問題があることは別にしても、とくに大学関係者には、患者のためになる新しい歯科治療法の研究・開発に努力してほしいと思う。
(2013年8月1日)
記事提供
© Dentwave.com
- 前の記事第91回:予防指向の歯科医療
- 次の記事第89回:う蝕治療の再考を!