第85回:早急に”代用合金”から脱皮を!

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“代用合金”とはいわずと知れた12%金銀パラジウム合金(以下金パラ)である。金パラは1961年に国民皆保険が導入された際に、まだ戦後の貧しかった経済状況下でやむなく導入されたいわくつきの代用合金である。当初、国は銅亜鉛合金を保険診療に導入しようとした。それに対し日本補綴歯科学会はそれには反対したが、当時の厳しい経済状況に鑑み、貴金属に替わる安価な代用金属として開発された金パラを最低限許容できる金属としてとりあえずやむなく認めたものである。ただし、同時に、代用合金の金パラをできるだけ早期に金合金に移行するようにという条件付きであったというが、半世紀以上、学会の勧告は完全に無視されたままである。 このままで本当によいのか?金パラに関しては3年ほど前の第47回コラムで取り上げ、価格と生体安全性の面から、金パラを保険適用材料として使い続けることに疑問を呈したのだが、その後のことがやはり気がかりなのである。最近の金パラのグラム当たり告示価格の推移を見ると、2006年4月の430円から半年ごとに改定されて614、702、808、638、619、802、878、1028、2012年10月の1052円となり、現在に至っている。これだけ変動が大きく高価な材料を何とかやり繰りせねばならぬ歯科医師も本当に大変である。貴金属がこのように暴騰している現在、補綴学会の勧告にしたがって金合金を保険適用にすることなどありえないのは当然である。低価格でそれがほぼ安定している、金パラに代わる保険適用可能な合金を探るしかない。 その可能性を示唆しているのが、“Co-Cr合金単冠の5年の臨床成績”(Int J Prosthodont 2012; 25:480-3)というスウェーデンの開業医の論文である。Co-Cr合金は低コストおよび貴金属にくらべ好ましい物性があるため、メタル-セラミッククラウンでの利用が近年増加している。しかし、鋳造Co-Crクラウンの臨床データは少ない。そこで、本研究では、BEGOのWirobond CというCo-Cr合金で鋳造、Noritakeの陶材を焼付け、大部分はリン酸亜鉛セメント(一部レジンセメント)で合着した55名の患者の90修復物について5年にわたり観察した。その結果、失敗9%(根管破折4%、ポストコアの脱離3%など)、べニアの破折あるいはクラウンの緩みなどクラウンに関連した不具合3%、5年生存率90.3%であった。Co-Cr合金は補綴で使われている他の合金の有望な代替物になり得ると結論している。 この論文に関連して、Int J Prosthodont 2011;24:46-8にはドイツの大学歯学部からの“レーザシンタリング法で作製したメタル-セラミッククラウンの臨床成績”という論文がある。臼歯部単冠のメタル-セラミッククラウンをCAD/CAMを利用してメタル粉末を積層するレーザシンタリング法で作製し、39名の患者に白金加金合金(BioPontoStar)29、Co-Cr合金(Wirobond C)修復物31をグラスアイオノマーで合着し、47月観察した。べニアのチッピングなどの不具合はなく、生存率98.3%、両合金間に有意差はなかった。この論文の主目的はレーザシンタリング法の有用性を示すことにあり、それが確認できたということである。とくにCo-Cr合金に注目した論文ではないが、Co-Cr合金は白金加金と同等という結果になっている。 Co-Cr合金にとくに注目が集まり出したのは、2006〜2007年頃からの貴金属の急激な値上がりには耐えられず、低価格合金を求める必要が生じてからのことらしい。近年欧州では、陶材焼付用金属として貴金属合金の使用が激減、金属アレルギー懸念のあるNi-Cr合金、パラジウム合金は敬遠され、Co-Cr合金が多用されつつあるようである。低価格とは言っても、安全性への視点も欠かせない。金属材料で最も懸念されているのは金属アレルギーである。その原因として、パッチテストで陽性率が一番高いのは水銀、次いでニッケル、コバルト、スズ、パラジウム、クロム、銅などが続くことが知られているが、口腔内での金属アレルギ一報告は水銀、ニッケル、パラジウムが多く、Co-Cr合金による報告は極めて少ないとされている。その理由として、Co-Cr合金の不動態被膜は硬くて強いため、口腔内環境によく耐えて金属の溶出がきわめて少ないためではないかと考えられている。こうして考えてみると、金パラの代替材料として、Co-Cr合金を選択することは妥当なことだと思われる。 金パラの代替としてCo-Cr合金は最も有望な合金と考えられるが、保険適用のことを考えると問題がある。保険歯科診療での保険適用合金として、鋳造歯冠修復の場合、14K金合金、金パラ、ニッケル・クロム合金、銀合金の4種のみが記載され、鋳造用コバルト・クロム合金はクラスプ・バー用にしか認められておらず、適用を鋳造歯冠修復に拡大する必要がある。厚労省および歯科医療関係者・メーカーなど歯科界ぐるみで長年月慣れ親しんだ金パラからCo-Cr合金への転換には相当抵抗があることだろうと思われるが、いつまでも代用合金を使う歯科補綴後進国では情けない話である。補綴学会は総力を挙げ、金パラからCo-Cr合金へと転換し、それを保険適用に組み入れるよう少なくとも厚労省には強く働きかけてほしいものである。Co-Cr合金の諸物性は金パラとは当然異なることから、初めのうち歯科医師や技工士も戸惑いを感ずるであろうが、それは克服してもらえるものと信じている。 以上は金パラ代替材料についての筆者の見解であるが、以下に日本歯科補綴学会医療問題検討委員会が金銀パラジウム合金の代替材料に関するアンケート調査を行った2010年11月29日付の報告を紹介しておこう。それは、日本歯科補綴学会社員249名に電子メールでアンケートを送り、得られた54回答についての報告である。その回答者の所属は、歯科大学病院50、歯科診療所4で大学が圧倒的に多い。 ・保険で認められている12%金パラ(以下金パラ)に対して代替材料の保険導入が必要だと思いますか:はい(68%)、いいえ(32%) ・代替材料の保険導入が必要だと思われた理由は何ですか(複数回答可):審美性回復には他の材料が必要(32%)、価格変動(28%)、変色(23%)、物性不安定(15%)、強度不足(9%)、その他として、金属アレルギーへの懸念(11%)・金パラを補綴治療に用いて問題があると感じた症例の割合はどのくらいですか:約1/4(28%)、約1/4未満(15%)、約1/3(11%)、1/2以上(9%) ・新たな代替材料の保険導入が望まれる症例はどれであるとお考えになりますか(複数回答可):金属アレルギーと診断された症例(52%)、皮膚科より掌蹠膿疱症と診断され、金属の除去を依頼された症例(41%) ・新たな代替材料として考えられるのは以下のどれですか:ハイブリッド型コンポジットレジン(37%)、チタンまたはチタン合金(37%)、高カラット金合金(22%)、金含有量を増やした金パラ(19%)・新たな代替材料の保険導入が実施されない理由はどれであるとお考えになりますか(複数回答可):良いと思われる代替材料がない(52%)、金パラの歯科技工上の取扱いが容易(22%)、金パラの価格が妥当(19%))、金パラに医療上の問題点がない(15%)、その他: 歯科医師が保険治療では十分と思っている、政策の不備、医療費に占めるコスト増大の可能性、価格、医療費抑制政策の中で金パラ以上に優れたものが導入されるはずがなく、劣ったものを導入するぐらいなら今のままでよい、保険治療では貴金属の導入は診療報酬の点から難しい、医療費の拡大分は材料費へ転換されるのではなく、技術料へ転換されることを望む歯科医師が多い。 アンケート回答者は、多くの情報に接する機会の多い大学歯科関係者が大多数を占めるにもかかわらず、金パラをよしとする人が少なからずおり、現状認識には不安が残る。金パラの安全性に関しても、アレルギーのことしか眼中にないようであるが、全身への悪影響についても考える必要があろう。少ないらしいとはいえ、アレルギー以外の全身症状に苦しんでいる人を見過ごすのは忍びないことである(この点に関しては第66回コラムを参照していただきたい)。それにしても、アンケートではCo-Cr合金にまったく触れられていないのは驚きであった。 このアンケート調査を実施したことから察すると、金パラにはもっとも責任ある立場にある補綴学会が半世紀の時を経てようやく重い腰を上げ、金パラ問題に対処する気になったらしいのは喜ばしいかぎりである。CAD/CAM、3Dプリンティング(レーザシンタリング)技術を利用した新しい補綴物作製法も進みつつあり、補綴の世界も大きく変わろうとしているように見える。そうした世界の動向も踏まえつつ、早急に金パラの呪縛から抜け出してほしいと思う。アンケートの終りに「代替材料についてのご意見」として17件がまとめられているが,その中にある一社員の一文をもって締めくくるとしよう。“過去に「銅合金問題」で、補綴学会は医科医療のあるべき姿を論じ、今読んでも感動する「報告書」を提出している。先人達の血のにじむような文章を今の執行部はもう一度読み直して欲しい。そこには、今はなき「社会的説明責任」にあふれている。学会としての原点に立ち返るべきである。” (2013年3月1日)
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