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2013/10/24

第61回:象牙質知覚過敏の治療

フリーハイパー?これは、今から20年ほど前に象牙質知覚過敏(Dentin Hypersesitivity、DHと略)抑制材としてある歯科材料メーカーから発売される予定であった幻の商品名である。当時、ある歯科医の大学院生から、“DH治療に使ういいものがなくて困る。何とかならないでしょうか?”という話があった。そこで考案したのが、リン酸水素ナトリウムと塩化カルシウムをベースにした2液型材料(A&B液)であった。歯面上でA、B液を交互に数秒間ずつ擦ると直ちに結晶ができ、DHに効果のあることがわかった。そこで、メーカーに商品化を依頼し、商品名、包装までできていたのだが、結局日の目を見ることはなかった。大学での臨床治験の結果、プラシーボ効果との差が明確でないというのが回答であった。治験結果が思わしくなかったのは、使用法が適切でなく、また、プラシ−ボ効果についての理解が不足していたためと解釈している。

今回DH治療に関して調べ、最近の事情等を知るにつけ、A&B液について改めて残念な思いをしている。1年半ほど前、かって筆者の研究室に在籍していた人の集まりがあり、その折に出席した12名の歯科医に知覚過敏の治療をどのようにしているかを尋ねたことがある。その結果は、ボンディング材・レジン系の利用が最も多く、それよりやや少ないのがMSコートとA&B液、少ないのはレーザー、スーパーシールであった。元の研究室関係者の間ではA&B液は生き延びていた。これは認可済みの材料ではないため、歯科医師の自由裁量権に基づく利用であるが、現在我が国で市販されているいかなるDH抑制材よりも安全であるといってよい。

DHは、露出あるいは開口した象牙質に加えられた刺激によって象牙細管内組織液が動き、神経を刺激するためという”動水力学説”でおもに説明されている。それに基づき、①細管口を結晶物やレジン系材料あるいは結晶物と被膜でふさぐ、②神経を鈍麻させる、③組織液を凝固させるなどの方法が考えられている。上記の例は基本的にすべて①であるが、ほかではDHにどのように対処しているであろうか?

豪州でのGP 284名の調査(Australian Dental Journal 2010, 181-)。家庭でのDH用の歯磨剤使用および歯みがき・食習慣の指導89%で最多、次いでバニッシュ、セメント・レジンでの治療となっている。DH用歯磨剤の有効成分と考えているのは、フッ化スズと硝酸カリウムが64%で最多、次いではフッ化ナトリウム58%、塩化ストロンチウム51%である。

米国でのGP 209人の調査(JADA 2010, 1097-)。最も多い選択はフッ化物製品(94%)で、50%以上が頻繁に利用し96%が効果ありとしている。次いで接着材81%、修復処置63%、Gluma58%であるが、これらの効果を認めているのは35%以下。ついで比較的多いのは硝酸カリウム系47%、シュウ酸系とリン酸カルシウム系が46%だが、あまり効果あるとは見ていない。レーザー、塩化ストロンチウムはまれにしか利用されず、効果があるとも見なされていない。歯みがきや食習慣の指導76%だが、51%が効果ないと見ている。米国では他国では考えられないほど多種多様な製品が出回っており、回答も多岐にわたることが明らかとなったが、このことは治療効果に自信を持てていないことを示唆しているのではないかという。平均的には、一人が製品あるいはやり方の8種類を試み、そのうち3種類を多用している結果となっている。

英国やオランダでのやや古い調査結果も見たのだが、いずれの国でもフッ化物製品の利用が最も一般的である。しかし、米国以外ではあまり多くの選択肢はないのが実情である。英国での例をGP 181人の調査から見ると、治療ではDuraphat(フッ化物配合バニッシュ)が圧倒的、家庭用にはSensodyne(硝酸カリウム系)を90%以上が勧めている。他国と異なり、米国でHEMA系のものが意外と関心を呼んでいるのには驚いたが、それは製品の多様性とも関係しているのではないかという気がする。グルタルアルデヒド配合物がもっともなじみある製品であるが、米国では塩化ベンザルコニウム、クロルヘキシジン、フッ化物などの配合製品まである。

シュウ酸系DH抑制材のレビューがある(Journal of Dental Research 2011, 304-)。基準に合格した1987〜2007年の12論文を選んで全体をまとめたものである。そのなかでプラシーボとの有意差が辛うじてあるだろうとされたのは3%シュウ酸水素カリウムのみであり、6%シュウ酸水素カリウムを含む5種のものではいずれも有意差なしとされた。しかし、3%シュウ酸水素カリウムについて7論文のデータをまとめた中に、ルートスケーリング・プレーニング後に処置というほかとは異なる特殊な症例でのデータ、シュウ酸処理(シュウ酸水素カリウム処理ではない)後に接着材を使用したデータも含めていることには筆者は疑問を感じる。この二つのデータは有意差ありにかなりの寄与をしており、”辛うじて有意差があるだろう”ではなく、有意差なしに近いのではないか思われる。

このレビューではシュウ酸塩が強調されているが、シュウ酸塩といってもほとんどがそのカリウム塩であり、このいずれが有効なのか判然としないのも問題である。カリウム塩では、硝酸カリウムがDH用歯磨剤成分として配合されてから50年ほどになる(海外ではSensodyne、国内ではシュミテクト)。しかし、カリウムイオンが細管内神経に作用してDHを抑制するとされているが、その抑制効果は最近になっても明確には立証されていない(Cochrane Database of Systematic Reviews 2006)。シュウ酸塩、カリウム塩のいずれにしても、今のところそれらの効果はプラシーボ効果の域を出ていない感がある。また、硝酸カリウム系歯磨剤でもフッ化物も配合されていることも事情を複雑にしているようにみえる。なお、DHのメカニズムをまとめたレビュー(Journal Oral Rehabilitation 2008, 300-)には、カリウムイオンの効果とプラシーボ効果とには有意差はないこと、プラシーボ効果により30〜40%の痛みが軽減されることなどが記され、さらに、DHにおけるプラシーボ効果についてもかなりの考察がされている。

以上のようなわけで、DH現象は複雑、その治療は容易ではなく、決定的な方法は皆無であり、プラシ-ボ効果が出やすいことも理解できた。ここでまたA&B液の話にもどるのだが、その後、A&B液について筆者らのグループで治験を行ったところ、著効・有効合わせて80%、無効19%、プラシーボ効果による症状の改善20%という結果が得られた(日本歯科保存学雑誌2002年春季特別号74頁)。これは決して悪い結果ではないということを今回あらためて認識し、A&B液にもまだまだチャンスがあるのではないかという気がしている。何よりもいいのは、A・B液が混ざるとただちに生成するアパタイトあるいはフルオロアパタイトの結晶で細管開口部を塞ぐことができる点である。”動水力学説”に基づく限り、A&B液には優位性があると信じている。

(2011年2月27日)

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