第2回 未経験の会議

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経営関連コラム 第2回「未経験の会議」 渡辺慶明 氏

前号までのあらすじ

 A歯科医院をコンサルティングすることになった私は、院長がスタッフに対して感じている不満を整理してみた。すると院長が医療人として「当たり前」と考えていることがスタッフには全く伝わっておらず、それが院長のストレスにもなっていた。さらに院長自身も「当たり前」のことが明確になっていなかった。 そこで、院長にはもう一度「当たり前」のこととは何か書面上に書いてもらうことにし、自分の価値の押しつけでは人は動かないことを理解してもらった。 次に、スタッフ自身に考えてもらえば、医院全体で共通の価値観が生まれるはずだと院長に話し、そのための会議を開くよう提案した。 また、その会議にあたってスタッフには「自分が勤務したい医院の条件」と「自分が治療を受けたい医院の条件」を記入してもらうようにし、院長にはそれに何が書いてあっても現在の給与等の待遇面には一切影響させない約束を取り付け、その旨スタッフたちにも伝えた。

はじめての会議

 ○月×日午後7時30分。予定通りA歯科に到着し、院長に前回にお願いしていた「当たり前のこと」をまとめたレポートを受け取った。 「院長先生、結構悩まれたのではないですか?」 「ええ、どうして私は歯科医師になったのかということまで自問自答することになってしまいました。」 「このレポートはスタッフ会議のあとに、検討しましょう。そろそろ会議を始める時間ですね。」 私達は、スタッフルームへ移動し、会議を始めることにした。 「どうですか皆さん、自由に記入することができましたか?」 スタッフはお互いに顔を見合わせているが返事はない。私はそのシートを回収しながら、手短に再度自己紹介をし、スタッフの方にも一人ずつ自己紹介をお願いした。 「皆さんは、このようなコンサルティングは初めてだと思いますので、多少緊張していると思いますが、リラックスして始めましょう。」 私は、持参した移動式のホワイトボードを壁に広げながら、「それでは、まず会議を進めていく上でのルールを決めたいと思います。」 私は、ホワイトボードに会議のルールを次のように書いた。

・発言は、普段自分が話している言葉(はやり言葉)がはいっても一向にかまわない ・入社年次や職務的な序列は一切考慮しなくて良い ・こちらが望むことを述べるのではなく、自分の考えを述べる ・わからないことはその場でわからないと言うこと ・過去の経験や常識にとらわれず、発言すること ・会議で決定したことは守ること

 「ここに書いたことがわからない方はいますか?」 Cさん(歯科衛生士)が発言を求めた。CさんはA院長先生が開業前に勤務していた病院からスカウトした衛生士で、A院長先生の信頼も厚く、一番年長であるが、このところやる気が見られず、リクルート雑誌に目を通したりして、やめそうな感じがするとA院長がもらしていた人だ。 「お聞きしたいのですが、この会議の目的はなんでしょうか?」 「みんなで考えることが目的です。」 「えっ、考えることが目的?」 「会議の最初から、あるひとつの目的をもった会議にしてしまうと、目的にあった答えを皆さんは探そうとしませんか?」 「しーん」返事はなかった。私はつづけて、 「過去の経験に照らして、“こうあるべきだ”、とか“こうしなくてはいけない”という固定概念にとらわれてしまうことが多いんじゃないかなー」 「ええ、まあ」 「それでは、会議をひらかなくても答えは出てしまいます。強いて言うなら、考えることが目的と考えてください。」 「ハア……?よくわかんないですけど、まあいいです。」 読者の皆さんも考えること自体を目的とした会議なんてあり得るのだろうかとお思いではないだろうか? 私は、過去多くの医院の会議に参加してきた。 しかし、その会議はいつも同じような会議で、時がたつと消滅してしまうことがよくあることに気づいた。 なぜだろうか? その理由の第一は、院長は、自分が期待する結果をすでに出しており、会議という名のプロセスを通してスタッフを説得しているため。 第二にスタッフは、院長先生が期待する答えを出そうとは思っているが、自分に不利になるようなことはしない。だから、会議の中で、自分が責任をとるような発言や提案は絶対にしないというメカニズムが過去の医院での会議で働いているためだ。

会議に臨むスタッフの気持ち

 スタッフは誰が一番エライかを知っている。だから会議の場では責任もとらず、大した発言もせず、うまくやり過ごせたらと思っている。そして、エライ人の言うとおりにやっていて、医院がうまくいかないのだから、「私に責任はない」と考える。つまり、「私はエライ先生の言うとおりにやっているツモリです。それなのに医院がうまくいかなくても、私の責任ではありません。」という事になるわけだ。 一方、院長は会議をやったという自己満足(スタッフは自分を理解している、考えていることが分かると思いこむ。)で終わってしまい、医院がうまくいかないのは、“患者がいないからだ”、“いいスタッフに恵まれないからだ”、“景気が悪いからだ”と自分以外の責任にして、いつものように悩み続け、そして最後は諦めてしまう。 ここで医院の理想的な状態というのを考えてみよう。 スタッフが安い給与ながらも、自ら考えて自発的に患者さんのケアをし、院内を清潔に維持し、自発的に技術を高め、患者さんに最高の医療サービスを提供できるできる医院。 こんな医院があったら、どんなにいいだろうか。 しかし、現実にはこんな良い医院はあり得ない。また、一時的にあったとしても存続し得ない。ポイントは自発的に動くということなのだ。 つまり、スタッフが自分達で計画し、決めたことを自分達で実行した時に初めて、その結果に責任をとろうという気持ちがわいてくるような仕組み(経営環境的培地)を作らない限り、院長先生が小言を言い続ける仕事(?)から解放されることはないのである。

より良い職場を求めて

 さて、話を戻そう。スタッフから集めたシートを集計した結果は次のようになった。 (フォーマットについては、前号を参照していただきたい)

 コンサルティングシートの集計結果1

 コンサルティングシートの集計結果2

 集計は各自から出されたレポートの内容を皆で検討し、同じ内容のものを一つの項目にまとめ、さらにその項目に順位を定め、誰がその条件を満たすことができるのかをまとめたものである。 集計の結果については今まで多くの医院に同じ手法を用いてきたが、だいたい同じ結果がでている。つまり、同じ職場に勤務する人の考えていることはそれほど違いがないということだ。みなさんの医院で実施してみた結果で違う結果が出たら後学のために是非メールして欲しい。(メールアドレスは末筆に記載) さて、集計結果をまとめた表をプロジェクターに写しながら、 「皆さん、言い残したことや、実は本音はちがいますというようなことはありますか? 特に、勤務したい歯科医院の条件では、予想に反して、人間関係が良いという項目が1番でしたね。私は“給与が高い”というのが1番になると思っていたのですが。ところで、Dさん(歯科助手)、給与が高くても人間関係の悪い医院には勤めたくないということですか?」 Dさんは、歯科助手としての経験は3年ほどだが明るい性格で医院のムードメーカー的な役割を果たしている。 「ええ、そのとおりです。だって、人間関係が悪ければ医院に来ることすら嫌になってしまいますから。」 「でも、すごく高い給与をもらえるなら、私は我慢するかも。」とE子さん(歯科助手)。 「我慢できる?」 「だって、医院にいる間だけ我慢すればいいんでしょ!」 そこで私は口をはさんだ。 「それはそのとおりです。しかし、患者さんに対してその医院の人間関係の気まずさが伝わらない自信がありますか?」 「それはムズイ(若者語で無理という意味)かもしれない。やっぱ顔に出ちゃうもん」 「そうすると、自分が通いたい医院の“受付の応対が良い”という条件とはあいませんよね」 「うーん…」 Eさんは私に自分の意見を否定された為か、不満気に答えた。 「実際には、自分の希望.....と患者の希望.....とが矛盾することがあります。ならば、どちらか一方をたてるのではなく、両方でできることをみつけ、どうしたらそれを実現できるかを考えてみたらどうかなあー」 私はこの矛盾の整合性がとれれば、スタッフは「自らどのように考え、行動すれば良いか」がわかってくると確信した。つまり、人間関係を悪化させることない職場環境を作らなければ、良い応対の受付が実現できないことをスタッフ自身が感じ始めているからだ。 この一見簡単そうなことが一般の病院では実現されていない。人間関係は人間関係、受付の応対は受付の応対とバラバラに思考されているのだ。 そのほかの項目についても同じことがいえる。 「給与ができるだけ高く欲しい」なら「患者さんを待たせない」ということを実現しないと患者の満足度は上がらず、結果医院の収入も増えず自分の給与が上がることはあり得ない。 「清潔な医院」に行きたいと思うなら、「勤務時間をできるだけ短く」するために、どんな清掃用具を使って、どうのように、どこから掃除をすればよいのか考えるようになる。 この考える習慣をスタッフ全員が身につければ、自然と自分たちで考え行動するようになるのである。 読者のみなさんの医院でも、このようにスタッフに考えさせる習慣を是非身につけさせるような仕組みに取り組んでもらいたい。 ただ一方的に「患者さんへの思いやりを持ちなさい」とか「良い応対をするように」とか指示だけしていたのでは、スタッフはどうしていいのかわからない。もう一度この点を見直されてはどうだろうか?

自由な発言に本音が

「じゃ、人間関係が良い状態とはどんな状態なのかなー」私は具体的に人間関係の良い状態を定義できるように話しの方向を打ち出した。 「たとえば、陰で悪口を言わないとかあー、挨拶をキチンとするとか…」 「約束を守る!」 「威圧的なものの言い方をしない!」 「人の話を素直に聞くことができる関係!」 スタッフからいろんな意見が出てきた。 院長は、最初のうちスタッフの発言に驚いていたようだが、しばらくすると<気持ちよくみんなが仕事をできるような人間関係>をひとり一人に尋ね、ホワイトボードに書き留めながらまとめた。 この間約1時間半。話が途中でそれたり、ある人への集中砲火もあったが、なんとかまとめて、人間関係を悪化させないための条件を集約した。

・なんでも気楽に話せる(オープンな職場) ・プライベートと医院の時間を区別する(職場にプライベートを持ち込まない) ・相手の弱いところを補完しあう ・好き勝手な行動をしない(規律をもって行動する)

「これを、少しずつでもいいから実行していこう」と院長が言った。 私は、医院がひとつにまとまり始めているのを感じた。 「では、次回までに今回まとめた条件表の各項目を各自どうすれば院内で実現できるか考えてみたらどうでしょう。そのためのシートは後日FAXしますので、皆さん持ち帰って記入してきてください。ただし、表の中で医院の場所など現状で全く改善できる余地のないものは省いておきます。」 「それじゃあ、時間も遅いから今日はこれまでとしよう。皆さんご苦労様でした。」院長がそう告げ、会議はお開きとなった。 時計は10時30分を回っていた。スタッフは早々と帰り支度をすませ帰途についた。 残った院長と私は今日の会議についての内容を検討してみた。

皆で決めたことを行動の基準に

「先生、いかがでしたか?」 「いや、思ったよりみんな素直に意見を述べていたと思います。今までの会議では私が一方的に話すことが多ので、スタッフ全員でなにかを決めたというのは初めてです。」 「スタッフは自分たちで考えたことですから、きっと決まったことを実践してゆくと思いますが、万一他人の陰口を言わないということひとつをとっても、明日からこれにふれることがあれば院長は本気で叱らなければなりません。しかも、自分の感情から叱るのではなく、みんなでやろうと決めたことだから叱っているんだと。」 「わかりました。でも、そのためには、自分が率先してそのルールを守っていかなければなりませんね。」 「もちろんです。院長が実行しなければ、スタッフが実行するハズがありませんからね。がんばってください。」 「はい。」 「それと、私の方で今日の会議の議事録を作成しておきますので、後日スタッフに回覧させてください。これは会議で決めたことを再確認しておくのと、後でいった言わないということがないようにするためです。」 「お手数ですがお願いします。」 「さて、院長先生にお願いした<当たり前のこと>の話題に移りますか」 「いや、その必要はありません。今日の会議で感じたのですが、あれはあまりにも抽象的で、独善的なことをスタッフに求めていることがよくわかりました。」 「そんなことはないと思いますが、もう一度会議を進めながら考え直してみてはどうでしょう。」 「そうします。」 「じゃ、今晩はこれで終わりにしましょう。」 私は遅い帰宅についた。

今回のポイント

・本音で話せる会議のルールを決める ・スタッフ自身に考えさることを主眼に ・院長は会議で事前に決めた結果にスタッフを誘導しない ・立場をスタッフに置き換えてみる

コンサルティングシート NO2 提案シート みなさんが前回の集計で治療を受けたい歯科医院の環境を要望の高いものからまとめてみました。各項目のなかで、自分ならこういうことができると思ったことを自由に書いてください。 氏名

 株式会社インサイト

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