感染性心内膜炎予防のための抗菌薬予防投与法 病院に勤務する口腔外科医の立場から

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兵庫医科大学歯科口腔外科学講座 岸本 裕充 氏
感染性心内膜炎(infective endocarditis;IE)の予防・治療に関するガイドライン(GL)は、欧米、そしてわが国でも概ね5~10年毎に改訂されてきた。わが国の日本循環器学会など(JCS)からも2008年に続いて2017年に改訂版(JCS2017)が出ている。その中で、抜歯などの観血的歯科治療時の抗菌薬の予防投与法についてはGL毎に異なる部分がある。いずれを診療に使っていくかを問われているが、2015年に関西圏で実施したアンケート調査の内容を踏まえてGLを使う立場で話していきたいと岸本氏は語り始めた。
IE予防のための抗菌薬の投与の現況
わが国のJCSから2003年に出されたGL(JCS2003)において、日本化学療法学会口腔外科委員会が推奨する内容は、IEのハイリスク群にはアンピシリン(ABPC) 2gを点滴静注、リスクが少なく経口投与が可能な場合にはアモキシシリン(AMPC)500g、であった。大切なことは、当時から、いずれも術前の単回投与で術後投与は不要であった。一方、2007年に出た米国AHAのGL(AHA2007)では対象とする疾患が絞られ、経口投与が可能であればAMPC 2gとなっていた。
2016年に日本化学療法学会と日本外科感染症学会から「術後感染予防抗菌薬適正使用のため実践ガイドライン」(以下、実践GL)が出るのに先立って、2015年に関西圏の大学病院を含む病院歯科の先生方に、術後感染予防のための抗菌薬をどのように使われているのか、というアンケート調査にご協力いただいた。
アンケートでは、顎変形症や下顎骨骨折、顎骨嚢胞のような「全身麻酔手術」と、インプラントや抜歯のような「局所麻酔手術」のそれぞれについて調査した。抜歯では、下顎埋伏智歯、IEリスクの高い場合、手術部位感染(surgical site infection;SSI)リスクありの場合、IEおよびSSIリスクのない場合に分けた。今回のシンポジウムでは、この中で「IEリスクの高い場合」を中心に報告する。
インプラント手術や下顎埋伏智歯の抜歯では、術前から抗菌薬の投与を開始する施設は少なかったが、糖尿病やステロイドの使用などSSIリスクのある場合とIEリスクの高い場合には術前から投与を開始されるケースが多かった。
特にIE予防の目的では、回答のあった29施設すべてで術前から抗菌薬を使っていたが、投与経路については、「経口のみ」が52%、「点滴静注のみ」が26%、症例によって「経口または点滴静注」が22%と分かれた。使用薬剤は、経口ではAMPCが8割を占め、他にBAPC、CFPN-PI、CDTR-PI、AZMが使用されていた。AMPCの投与量がGLに沿って2g(小児には体重あたり50 mg)としていたのは、その約6割であった。一方、点滴静注ではABPCが約7割を占め、他にSBT/ABPC、PIPC、FMOX、CLDMが使用されていた。なお、IEの予防投与の対象をJCSに従って広くにするか、AHAのように限定するか、については本アンケート調査では問わなかった。
冒頭に述べたようにGLではAHAおよびJCSのいずれも「術前の単回投与」となっているにもかかわらず、術前の単回投与が実践されていたのは29施設中わずか1施設のみであり、術後の追加投与48時間までが3施設、72時間までが11施設、残りの半数弱は96時間以上であった。ちなみに術後の抗菌薬の投与期間は、IEリスクの高い場合に限らず、インプラント手術や下顎埋伏智歯も含めた抜歯のいずれにおいても、48時間を超える施設が8割以上を占める、という実態が浮かび上がった。
『術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践GL』でIEを取り上げている背景
実践GLは 2016年4月に公表された。心臓外科をはじめ、整形外科や産婦人科など多くの診療科の手術を対象としている。GL作成の委員長が、兵庫医科大学の竹末教授であり、歯科口腔外科からは岸本と座長をされている坂本教授が委員として作成に関わった。
実践GLは、術後感染の中でもSSIの予防を目的としたもので、肺炎や尿路感染などの遠隔部位感染(remote infection;RI)は対象としていない。抜歯後のIEはSSIではなくRIであり、この実践GLに盛り込むことに議論はあったが、歯科口腔外科領域における予防投与においては比較的頻度が高く、他科との連携においても非常に重要な情報であるため、追加されたという経緯がある。余談であるが、この4月の診療報酬改定での「周術期等口腔機能管理」の目的の1つに「病巣感染」の予防の概念が加わったが、これは歯性感染病変から人工弁や人工関節などへのRIを意識したものである。
実践GLでは、わが国の病院歯科での実態を反映させて、ABPC(点滴静注)かAMPC(経口)を併記した。AMPCは原則として2gを経口であるが、「2gを少し出しにくい」という現状も考慮し、「個々の症例で投与量は調節可」とされている。調節の範囲の判断(=裁量)は難しいが、体重の違いなどから2g以外の使用も可能性として盛り込まれた。
48時間を超えて抗菌薬を長期投与すると耐性菌が選択されるリスクがあるため、実践GLでは下顎埋伏智歯およびSSIリスクありの場合も投与期間は、術前単回から「最長でも術後48時間まで」となっている。「IEおよびSSIリスクのない場合」には「予防抗菌薬の使用は推奨しない」と明記されていることも特徴の1つである。
IE予防も含めて、術後の投与期間が長過ぎる現況が早期に是正されることを期待したい。
JCS2017における抗菌薬投与の留意点
今回改訂された最新の「感染性心内膜炎の予防と治療に関するGL(JCS2017)」では、AMPC 2gを術前1時間以内の単回投与を推奨しており、これは世界標準である。特筆すべきは、「何らかの理由で2g投与を減量する場合」という文言があり、どのくらいの減量を想定しているかについては、GL作成に関わられた座長の中谷教授・坂本教授にお伺いしたいところではあるが、「初回投与の5~6時間後に500㎎の追加投与を考慮する」と記載されている。
以前は抗菌薬の予防投与で菌血症を完全に予防できると考えられていたが、血液培養での菌の検出方法に問題があるなど、現在では疑問視されている。IEを予防できる機序として、動物実験の結果からの推測ではあるが、「血流中の菌が弁膜などに付着し、増殖する過程(術後6~8時間)を抗菌薬で抑制する」ことが重要と考えられている。AMPC2gという大量投与は、術後6~8時間においても血中濃度を維持させるためであり、それをできない場合には、「5~6時間後に500㎎の追加投与」でもカバーできる、という発想である。後者によって、GLに沿った診療がしやすくなったのではないかと思われる。
SSI予防とIE予防は、「術前単回投与」、という点では共通である。SSI予防は手術開始時に術野に高い血中濃度が得られていることが重要で、原則として手術後の投与は不要であり、実践GLにもあるようにAMPCを2g投与する必要はない。一方RIであるIEは、手術開始時だけでなく、術後6~8時間における血中濃度の維持も必要とされるため、AMPC2gの大量投与か、「5~6時間後に500㎎の追加投与」が推奨されていることを理解する必要がある。
SSIやIEの予防においては、感染症に対する投与のように3日間は必要なく、48時間を超えると耐性菌の出現のリスクがある、また、実践GLにあるように、SSIおよびIEのリスクのない抜歯においては、「予防抗菌薬の使用は推奨しない」ことが抗菌薬の適正使用という面で大切である、と岸本氏は締め括った(表)。
現状の課題
①IE予防では術直後も血中濃度を維持
 AMPC初回投与量を2gor 5~6時間後に500mg 追加投与
②IE・SSI予防ともに術後投与期間の短縮
 Max 48時間
③IEおよびSSIリスクのない場合には予防抗菌薬の使用は推奨しない(実践GL)
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