第58回:インプラント歯科の教育をどうするか

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第56回コラムで英国での一般歯科開業医の欠損補綴治療についての調査を紹介したが、その中で、ほとんどの回答者が学部でインプラントの教育をほとんど受けていないこと、それは回答者の約半数が1984年までの卒業であることを考えれば驚くには当らないことを記した。英国やそのほかの国でのインプラント教育はどうなっているのだろう か?という疑問が湧き、調べてみた。 まず英国であるが、BritishDentalJournal(2008)205巻609-14頁やEuropean Journal of Dental Education(2008)12巻204‐7頁をみると大体の様子が理解できた。英国の13校の歯学部におけるインプラント教育の学部カリキュラムへの導入は、1984年の1校に始まり、多くの学校で1991〜1994年、遅いところで2003〜2005年となっている。英国およびアイルランドの15歯学部での2007年の調査によると、2校ではインプラント歯科関連教育はまったく行っていない。教育はおもに講義と頭部ファントムトレーニングであり、13校中4校がインプラント患者に関与させている。教育は論文、ビデオ/DVDの利用が多い。こうした状況からは英国でのインプラントの学部教育はあまり進んでおらず、56回で紹介した調査結果が示すインプラント治療普及の遅れは理解できるものであった。 一方、インプラント先進国である米国はどうであろうか。米国歯学部でのインプラント歯科教育は、その教育をしている比率(調査に回答した学校での比率)をみると、1979年33、1990年代65、2002年84%と増加したという。その後の調査報告として、やや古いが2006年の論文がある。2004年米国、カナダの56歯学部にアンケートを送 り、回答を得た39校について歯科インプラント教育についてまとめ た報告である(Journal of Dental Education(2006)70巻580-8頁)。インプラントの講義および臨床実習はそれぞれ98%(38校)および86%(30校)となっている。その51%の学生がインプラント修復の臨床実習をしている(5〜100%)。そのうち13%(4校)は必須、88%(28校)は必須ではない。74%(26校)でインプラント埋入の外科的実習をしており、それらの学校では28%(5〜100%)の学生がそれを経験している。ほかの国にくらべインプラントの学部教育は進んでいる米国ではあるが、スタッフ不足や患者へのインプラントコストなどの課題があり、多くの学校がインプラント関連は先進的教育と専門プログラムに委ねている。インプラントのトレーニングは今 後歯学部カリキュラムの中心となり、卒業の要件になるであろうと し、多くの学校がプログラムを開発中であるという。 以上は学部教育の話であるが、実際に診療している開業歯科医ではどのようにしてトレーニングを受けたかの一端を知ることのできる調査がある。2007年米国歯科医師会が2131人の回答をまとめたインプラントに関する調査である。インプラント歯科のトレーニングへの参加状況は、メーカー主催講習会91%、民間の講習会81%、大学の卒後研修プログラム64%、歯学部在学中31%、専門プログラム29%がおもなものとなっている。そのトレーニングに費やした時間の平均は、歯学部32時間、メーカー講習会49、民間講習会81、卒後研修84、専門プログラム102時間である。ついでながら、こうした歯科医による2006年のインプラントの外科的埋入状況は次のようになっている。インプラント埋入を行った歯科医は16%、1999年調査にくらべ5%の増加。顎顔面外科医の90%、歯周専門医の80%が行っており、一般歯科医は12%。年間埋入数は、平均61本(2002-2005年の推移は50、55、59、59本だからそれほど増えてはいない)、歯周専門医 112、顎顔面外科医103、一般医32本となっている。 欧州連合(EU)では2008年に18カ国、35校の49人による第1回インプラント歯科大学教育に関する欧州コンセンサスワークショップを開催し、その内容をEuropean Journal of Denta Education(2009)13巻(Suppl.1)1-67(http://www.dentalimplanteducation.euから閲覧可能)に公表している。参加者を対象にした調査によると、学部カリキュラムの中でインプラント歯科を何らかの形で平均36時間(3〜120時間)教え、前臨床教育を65%の学校が行っている。インプラントの補綴修復は、実習、実習でのアシストおよび監督下での患者治療がそれぞれ70、57、50%(回答のあった30校中)。外科的埋入は、実習、実習でのアシストおよび指導を受けながら埋入がそれぞれ53、40、5%(回答者43人中)となっている。この調査ではインプラント歯科が学部のカリキュラムの一部になっていることは確認したものの、カリ キュラムでの範囲は限られ、10年前とくらべてもあまり増えておら ず、体系化された前臨床および多少の患者処置も含む臨床のトレーニングは学部ではなされていないという。コンセンサスとして、インプラント歯科は学部カリキュラムで必須とすることを推奨し、多くの学校では学生は外科的インプラント埋入能力を身につけることはないとしても、インプラント使用の根拠、適応と禁忌、合併症の処置のようなインプラント歯科の基本的事項は学部カリキュラムの中で教育されるべきであるとしている。 豪州での教育実態は明らかではないが、インプラント歯科大学教育に関する豪州コンセンサスワークショップが2010年に開催されている(内容はAustralian DentalJournal(2010)55巻328-45に公表)。豪州の8歯学部のインプラント教育に関与している全分野の指導的な学者、臨床家32人および学部学生・レジデント7人も参加した集会である。2008年の欧州のワークショップで得られたコンセンサスはEU諸国の大枠をまとめたものであるが、それをそのまま豪州 に適用するのではなく、教育、文化、社会条件などが異なる豪州の 実情に合わせた独自の大学教育の豪州モデルをつくることを目指し ている。 インプラント歯科は患者の期待と要求が増加し、欠損歯修復の重要な処置となってきているが、その一方でインプラント周囲炎のようなインプラントに関連した合併症も増えているという。そうした状況にもかかわらず、大学での歯科インプラント教育は不十分なままとなっているため、それをどうすべきかについて世界的に議論が行われているようである。日本での教育の実情は残念ながら知らないのであるが、EUのコンセンサスの示唆からすると、我が国でもイン プラント歯科の基本事項の教育は学部カリキュラムに組み込まれるべき時期になっているのではないかと思う。 (2010年11月28日)
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