第57回:くさび状欠損の原因は歯のくいしばり?

1ヶ月ほど前NHKテレビ番組“ためしてガッテン”で「痛!歯がしみる割れる本当は怖い!知覚過敏」という放送があった。かなり関心のある知覚過敏のこともあって視聴した。大した内容ではなかったのだが、一つだけ気になったことがある。それはくさび状欠損(WSD)のことである。知覚過敏の原因には歯周病とWSDがあるとしたうえで、WSDは近年まで歯のみがき過ぎが原因と考えられていたが、最新の研究で“歯のくいしばり”が原因であることがわかってきたという。WSDの原因についてこれまでまったく関心を持たなかった筆者であるが、番組でいうとおり、歯のみがき過ぎが原因だろうと何となく考えていたような気がする。しかしWSDの経験からすると“歯のくいしばり”はあまりピンとこない。懇意にしている歯科医にたずねてみると“それは常識ですよ”という。しかしどうも納得しがたく少し調べてみたのだが、番組のように断定的にいうのは問題があり、“歯のくいしばり”もWSDの原因の一つと考えるのが妥当だと思っている。

“歯のくいしばり”によりWSDになるというのは、強い咬合力が歯頸部でのエナメル質の微小破壊を起こすというアブフラクション(Abfraction)説に基づくものである。これに従うと、ブラキシズム患者ではよりWSDあるいは歯頸部欠損を起こしやすくなる可能性が考えられるのだが、それを調べた最近の報告がある(Journal of Prosthodontics 18巻(2009)450-4)。119人の被験者を次の3群に分けた。咬合面・切端が平らで対合歯と正確にかみ合っているブラキシズム群31人、切端や咬合面の陥没、口蓋面の損耗、平滑で丸い形の欠損を含む損耗の徴候のある複合歯耗*群22人、比較対照群66人(*tooth wearの意訳、第43回参照)。 歯の損耗の程度は、なし、エナメル質、象牙質の露出3分の1以下とそれ以上、歯髄露出の0〜5段階で評価。被験者には酸性飲食物の摂取、歯ぎしり・かみしめなどの異常機能、歯みがきなどについての質問を行っている。

歯頸部の損耗は、ブラキシおよび複合歯耗群は対照群にくらべ有意に激しかったが、この前者の2群間では有意差はなかった。歯頸部と咬合面の損耗度に関しスピアマンの順位相関をみると、ブラキシ群では無関係であったが(相関係数r=0.1、p=0.59)、複合歯耗群(r=0.74、p=0.001)と対照群(r=0.45、p=0.001)では相関性が認められた。ブラキシ群では強い相関性が予想されたはずであったが、そういうことにはならなかった。酸性飲料の摂取を比較すると、 1日に5缶以上の炭酸飲料ないしは5杯以上の酸性の果実ジュースを摂取する率は、複合歯耗群78%、ブラキシ群19%、対照群1%となっており、複合歯耗群はほかの2群にくらべ、またブラキシ群は対照群にくらべ、それぞれ有意に摂取が多かった。異常機能はブラキシ群100%、複合歯耗群22%、対照群2%であり、ブラキシおよび複合歯耗群では対照群にくらべより多くの咬合異常機能が認められた。対照群はほかの2群にくらべ歯みがきの回数が多かった。こうした結果を踏まえ、歯頸部欠損の原因はおそらく多因子的であり、現在のところ原因を断定的にいうことはむずかしいという。

咬合力により生ずる応力がアブフラクションの発生と進行に影響するとすれば、空口運動時の歯の咬合を調整して咬合力を減らすと、現在ある欠損の進みぐあいに影響があるのではないかということを調べた報告がある(Operative Dentistry 34巻(2009)273-9)。上顎に非う蝕性歯頸部欠損のある被験者39人(31〜70歳、平均51歳)を対象にして、側方滑走運動中にグループ機能している2歯(右側の第一と第二小臼歯の組合せが多い)を選び、その一方に咬合調整を施して比較した。咬合調整では、中心咬合接触はそのままにし、滑走咬合接触部をバーで削った(40μmの赤、青の咬合紙を利用)。0、6、18、30月に欠損部の印象を採り、エポキシ樹脂で歯型を作製、切断して欠損部の大きさを測定した(写真撮影後にコンピュータにより画像処理・計測)。

被験者上顎の歯頸部欠損歯の分布割合(%)は、右小臼歯55、左小臼歯26、右大臼歯11、左大臼歯8%で小臼歯が圧倒的に多かった。0月を基準とした欠損部面積(mm2)の増加は、6、18、30月後の咬合無調整群および咬合調整群でそれぞれ0.06、0.142、0.202および0.08、0.158、0.225であり、有意差はなかった。したがって、咬合調整しても非う蝕性歯頸部欠損の進行は抑制できず、歯みがきによる摩耗や酸蝕などの因子が歯の損耗に関与していると考えられるとしている。

WSDの原因は“歯のくいしばり”という常識がいつ頃から歯科界に定着したのか、アブフラクション説が唱えられた1980年代半ば以降であろうが、筆者にはまったく見当がつかない。歯の損耗の原因として、咬耗、摩耗、酸蝕、アブフラクションが通常あげられているが、歯頸部欠損では咬耗は考えにくいのでこれを除くと3原因が残る。そのうちアブフラクションのみをとくに強調するのはあまり妥当ではないというのが今回紹介した最近の2論文の示唆である。やや古い2006年のJournal of Dental Research 85巻306-12頁に“非う蝕性歯頸部欠損とアブフラクション、酸蝕、摩耗の役割”というレビューがまとめられているが、アブフラクション説はおもに有限要素法などを用いた実験室データに基づいて検証されており、臨床的に検証されているわけではないとし、アブフラクションは本当にあるのかと疑問を投げかけている。

“WSDの原因は歯のくいしばり”が強調されすぎると、それが無意識的に行われる異常機能の面があることから、WSDは人為的コントロールのできない自然発生的なものであり、その発生・進行はやむを得ないという気分になりかねない懸念がある。その一方、人為的コントロールが可能である、酸蝕の原因となる酸性の清涼飲料・ジュース・果物などの過剰摂取や摩耗の原因となる歯の磨き過ぎへの注意が薄れる危険性がある。いずれにせよWSDは生活習慣病の一種と考えて対処すべきであろう。このことを書きながら、“う蝕は感染症である”という“常識”のことを思い出した。この説も臨床ベースではなく、おもにハムスターやラットでの実験に基づいたものではあったが広く信じられた。しかし、その後、さまざまな臨床試験結果が出されるにしたがい、通常の感染症の定義にはなじみにくいこの説は疑問視されるようになったと筆者は理解している。したがって、う蝕も感染症ではなく食生活が影響する生活習慣病として対処すべきだと思っているのはWSDの場合と同じである。

(2010年10月28日)
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