第23回:歯科におけるミニマル・インターベンション

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2000年、FDI(国際歯科連盟)は、歯科におけるミニマル・インターベンション(Minimal Intervention、MIと略記)(最小限の侵襲)なる概念を提唱し、2002年にはう蝕治療におけるMIの原則を総会で採択した。う蝕病巣のみを除去し、健全歯質の削除を最小限にとどめてう蝕治療を行うという概念は、罹患していない健全歯質も含めて大きく削る従来の治療法からの脱却を目ざしたものである。う蝕治療におけるMI的治療は、FDIの提唱以前に、我が国においてすでに臨床で実践されていた。そのMI的治療が生まれるに当っては、MI治療に不可欠な接着技術を世界に先駆けて開発された東京医科歯科大学の増原英一教授(第1回コラム参照)とそれを臨床に応用、実践された総山孝雄教授が大きな役割を果たされている。 このようなMIの概念はどの程度歯科界に知られているであろうか?2007年11月に福岡で開催された日本接着歯学会の講演集に「MIに基づく修復法の臨床応用に関するアンケート調査」というのが載っている。これは、九州大学病院歯科部門に所属する歯科医師133名の調査結果である。それによれば、保存補綴系ではう蝕治療におけるMIの概念はよく知られているが、それ以外の専門領域の歯科医師ではMIは必ずしも知られていなかった。MI修復の応用率は、保存系歯科医で高く、また生活歯にくらべ失活歯において低い傾向があったという。なお、この講演集には、MIを念頭において、欠損歯のブリッジ修復において隣接支台歯保護の観点から非切削接着修復を行っているという報告、1歯欠損の補綴処置に対してファイバーリボンとコンポジットレジンを用いたファイバースプリント、ファイバーブリッジの試みなども載っている。 MI治療がどの程度浸透しているらしいかを別の観点から眺めてみよう。下に掲げた図は、1984〜2005年の薬事工業生産動態統計年報(厚生労働省編)のデータをもとに、各セメントの出荷量の年次推移をグラフにしたものである。出荷量は臨床での実際の使用量を大まかに反映しているとみなしてよいであろう。各セメントの推移をみると、2000年くらいまでは、最も多く使われていたリン酸亜鉛セメントは大きく減少、グラスアイオノマーセメントが増加、カルボキシレートセメントは緩やかに減少、といった傾向を示していたが、レジンセメントは大体1トン以下の横ばい状態にあった。ところが、2001年以降では、レジンセメント以外の3種類のセメントは横ばい状態であるのに対し、レジンセメントは着実に増加し、2005年には8.8トンとなっている。このグラフは、2001年(出荷量3.8トン)以降MI的治療が浸透してきたことを示唆しているように思われる。2000年はFDIがMIの概念を発表した時期であり、偶然にしてはよくでき過ぎている感がないではない。このグラフからは、非MI的治療において使われるリン酸亜鉛セメントとMI的治療に使われるレジンセメントの出荷量は、現時点では逆転していると推定される。今後もレジンセメント使用の増加、MI的治療の進展を期待してもよさそうである。 究極のMI的修復法として、極力歯質を削らずにう蝕細菌までも封じ込めて修復しようとするシールド・レストレーション(Sealed Restoration)という概念がある。レジンモノマーをう蝕感染象牙質に浸透・硬化させ、う蝕原性細菌の封じ込めとう蝕象牙質への接着により、う蝕の進行抑制を図ろうとするものである。これまでのところ、健全象牙質にくらべ、う蝕影響象牙質およびう蝕感染象牙質への接着強さは有意に低いようである。細菌を確実に封じ込めて失活させられるか、二次カリエスや歯髄炎などのリスクを増加させることはないかなどの検討も必要であろうが、究極のMI治療をめざして研究を進めてほしいと思う。それには、現在使われている接着システムの利用のみでは不十分であり、シールド・レストレーション用の接着システムを研究・開発する必要がある。 MIの概念は保存修復領域ではかなり浸透しつつあるようであるが、歯内治療ではあまり注目されているようには思われない。歯内治療でも歯質の削除をできる限り減らす、すなわち根管の機械的拡大を最小限にするのがMI的治療であろう。MI治療では、根管の充填物等の除去や再治療が必要となった場合においても、根管の機械的拡大を伴わないような治療法が望ましい。それには薬剤等で溶解・除去できる充填物等の使用が好ましいであろうと思っている。例えば、水酸化カルシウムとMTAをくらべると、前者では溶解・除去は比較的容易であるが、後者では根管の拡大を伴う可能性がある機械的除去によらざるを得ないであろう。また、レジン系シーラーでも、コンポジットレジン系のものは溶解・除去は困難である。 歯内治療における究極のMI的治療は、歯冠修復治療で提唱されているシールド・レストレーションに対応するものであろう。すなわち、根管の機械的拡大は行わず、化学的根管清掃を施すだけ(歯髄の除去のみ)で次のステップに進むというものである。こうした概念は明確には出されていないようであるが、その可能性を示唆する研究もある。すなわち、抜髄のみの根管を接着性レジンシーラーで封鎖すると根管壁との良好な接着封鎖性が期待できそう、という報告である(第22回コラムで紹介)。しかし、 シールド・レストレーションのところで述べたと同様に、この目的に適した接着システムの研究・開発が必要である。 MI治療は、要するに、歯を喪失するに至るまでの時間をできる限り延ばすような治療のすべてであると筆者は理解している。保存、歯内、補綴のいずれの領域においてもMI的治療が可能であると考えられるが、歯科界でのその理解と実践はまだあまり進んでいないように思われる。MI治療の基本となるのは接着技術であるが、単に接着材を使えばよいというものではなく、適切な接着システム・接着材を選択し、それを適切に使用することがMI治療には欠かせない。そうでないと、リン酸亜鉛セメントを適切に使用した、従来からの非MI 的治療よりも劣る結果を招きかねないことになろう。このことに関連していえば、今後、MI的治療が本当に歯の延命に役立ったかどうかの検証も必要であることをつけ加えておきたい。 (2007年12月25日)
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