次の世代の歯科医師たちが夢を持ち、夢を語りあえるように その③

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先日、北台湾インプラント学会の特別講演に招かれ、梅雨に入り始めた台北市に行ってきました。案内していただいた先生のはからいで、台湾の陳時中 厚生大臣(衛生福利部)とも会談ができました。何と大臣は台北医科大学出身の歯科医師で、台湾で初めての歯科医師出身の厚生大臣だそうです。台湾における歯科医師の地位の高さ、収入の多さ、医学部よりも高い歯学部の偏差値等と同じように、歯科界の勢いの良さが、歯科医師の厚生大臣をも生み出しているのだろうと確信できました。羨ましい限りです。いつの日かわが国にも、歯科医師免許を持った臨床経験のある厚生労働大臣が誕生してほしいものです。

次の世代の歯科医師たちが夢を持ち、夢を語りあえるように その③
1.これからの歯科医療はどのように変化すべきか?(どうしたら、現在の閉塞感から抜け出せるのか?):後編

前回のコラムでは、「歯科医師過剰、需給バランスの悪化」の改善のために歯科医療のパイを拡大することが、最重要課題であるという部分で終了しました。今回はどのようにして歯科医療のパイを拡大するべきかを考えてみたいと思います。
パイを拡大するために身近な例がありました。高血圧症の基準が2009年に改定となりました。この改定によって400万人~500万人の高血圧症患者が増加したといわれています。まさしくパイの拡大が一夜にしてなされたわけです。しかし、患者にとっては狐につままれたような話です。昨日まで健康だと太鼓判を押されていた体が、一晩寝て目が覚めたら、自分の体には何の変化もないのに「病気です。降圧薬を飲まなければなりません。」といわれるわけです。当然無症状のため、なかなか内科へ行く決心がつきません。
そのきっかけを作るために2007年から2012年まで日本高血圧協会が主催して様々なイベントが行われました。血圧測定のギネス記録に挑戦したり、日本全国で市民公開講座を開催し「ウデをまくろう、ニッポン!知っていますか?大切な人の血圧。」というキャッチコピーを作り、さらには週刊誌や電車の中刷り広告に「今が行動をおこすときです。内科に相談しましょう。」などと宣伝活動に余念がありません。2012年には高血圧の日を設定し、全国の偉人の銅像に血圧計を巻き、血圧チャレンジを呼びかける活動が行われました(図1)。6年間に及ぶこの一連の活動には、少なくとも数億円はかかっているという試算もあります。
日本高血圧協会
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これらは当然、日本高血圧協会だけでは支払いきれないでしょう。共催、後援には、多くの製薬会社や生体情報モニターのメーカー名が載っています。これらの会社は、自らの薬や器械を宣伝するのではなく、新たに、突然高血圧症患者となってしまった国民を内科受診させるために宣伝費を使っているのです。国民の健康増進が目的であるという「錦の御旗」さえ離さなければ、高血圧症治療のパイを拡大するために結構な荒業もありということでしょう。
それでは、歯科医療においてどのような事項でパイを広げることが良いのでしょうか。前回記載したように健康寿命を伸ばし、健康長寿を達成するために歯科医療が大きなカギを握っていることが様々な報告から証明され始めています。口腔環境と全身の健康との関係についてのエビデンスとして、質の高いデータは、アメリカの歯科医師会が2007年に発表したNun study(アルツハイマー病の疫学調査:600人以上の修道女を対象)の一部の資料を使った論文です。残存歯数が0~9歯の者は、10~28歯の者に比べて年齢、教育、apoE遺伝子(アルツハイマーの遺伝性危険因子)型因子の調整後においても、認知症のリスクは有意に高いとしています。つまり「高齢者において、残存歯数が少ないほど認知症のリスクが高い」ということになります。また、日本歯科医師会が2015年にまとめた300ページに及ぶ「健康長寿社会に寄与する歯科医療・口腔保健のエビデンス」(図2)には、歯科医療が平均寿命や健康寿命にとっていかに有効であるかのエビデンスがたくさん記載されています。しかし、これらのエビデンスを知っているのは、この方面に興味のある歯科医師や歯科衛生士だけでしょう。もちろん医師も看護師も理解している人はほんの一握りだと思います。一般の国民に至っては、ほとんどが知らないでしょう。
世界一の超高齢社会の日本だからこそ、平均寿命と健康寿命の差が縮まれば元気な老人が増加し、これが生産者人口の増加につながり、社会は活性化し、さらに医療費、介護費などの大幅抑制が可能となるでしょう。読売新聞紙上(H26.1.19)で国立がんセンター名誉総長の垣添先生は、「国民は口腔の健康が全身の健康に繋がることに早く気付くべきだ」と述べています。気付いてもらうために、歯科関係者が協力し合って啓発活動を行うべきなのです。これが世界一の超高齢社会を支えるために、日本の歯科医療関係全体(歯科医師、歯科関連企業、大学、厚生労働省等)が進む方向なのだと考えます。
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まず私たちは日常臨床において、これらのエビデンスについて、自分の患者に伝えましょう。そうです、草の根運動です。口コミを狙いましょう。同時に高血圧症の時のように歯科関連企業の働きも重要です。
歯ブラシや歯磨きペーストのテレビCMで気になることはありませんか。どのCMもこの歯ブラシで歯磨きをすれば、このペーストを使えば歯周病を予防できますとかわいい女性タレントがテレビの中で語りかけます。これは真っ赤な嘘だと、われわれ歯科医師が声を上げるべきだと思います。どんなに素晴らしい歯ブラシやどんなに素晴らしい薬効をもった歯磨きペーストでも、歯科医院でブラッシングの方法を教わり、チェックし、定期観察しなければ歯周病など決して予防できるはずがありません。う蝕も同じです。以前、武田鉄矢が出演する神経性疼痛のテレビCMがありました。薬の会社の提供です。ジンジン、ピリピリ、シクシクなどの神経性疼痛を自覚したら、早く近くの病院へ行きましょうと大勢の患者が病院の門をくぐるアニメーションが流れます。薬の名前など宣伝せずに患者を病院へ行かせて、自社の薬の処方が増加すればよいということです。歯科関連の様々な企業が、テレビやラジオのCM、新聞、雑誌の広告ページ、ポスター、パンフレット等で口腔環境と全身との深い繋がりを伝え、多くの国民が理解するところとなれば、歯科医療のプレゼンスは向上し、歯科医療のパイも拡大することになるでしょう。
これからの歯科医療はどのように変化すべきか?の問いには、そうです、歯科医療の目的を変えましょう。新たな歯科医療の目的は、う蝕、歯周病等の口腔疾患を予防することにより「みつけて治す」から「予測して予防する」歯科医療を確立し、口腔の健康から全身の健康と健康長寿をめざすにするのです。図3のようにう蝕、歯周病等の予防によって口腔の健康を確立し、これで完了ではなく、さらにもう一段階進み、「全身の健康、健康寿命の向上」を図ることが歯科医療の役割と社会に認識されなければなりません。そのためには、啓発活動が重要であることは前述した通りです。私たち臨床医は、日常診療の中でエビデンスを患者伝え、さらに歯科関連企業は目の前のニンジン1本をほしがるのではなく、5年後、10年後のニンジン100本を得るために、口腔の健康がいかに全身の健康に繋がるかを広告、宣伝し国民の啓発を進め、これが将来の莫大な収益に繋がることを自覚してほしいものです。すべては、「健康寿命を伸ばすことは歯科医師の責任」という錦の御旗を握りしめて。
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矢島 安朝(やじま・やすとも)
  • 東京歯科大学水道橋病院 病院長

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