東北大学発のベンチャー企業である、Luke株式会社が新たに開発した、歯周病治療器「ブルーラジカルP-01」とコミュニケーションアプリ「ペリミル」。2024年1月に販売が開始されてから、多くのメディアで取り上げられ、歯科医院への導入も進んでいます。
「ブルーラジカルP-01」は、これまで十分に殺菌ができなかったバイオフィルムの中の歯周病の原因菌を99.99%殺菌して歯を残す、世界初の歯周病治療器です。歯周ポケットに対し、ラジカル殺菌と超音波振動で治療を行い、歯周病を引き起こす菌の殺菌と歯垢・歯石の除去を同時に実現します。
今回は、「ブルーラジカルP-01」と「ペリミル」の開発者であるLuke株式会社 代表取締役 菅野太郎氏(東北大学大学院歯学研究科)に、「ブルーラジカルP-01」と「ペリミル」の特徴や開発の背景、プロセス、今後の展望を聞きました。
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原因療法と対症療法の双方に、あたらしいテクノロジーを 世界初の歯周病治療器「ブルーラジカルP-01」とコミュニケーションアプリ「ペリミル」の開発者に迫る

「ブルーラジカルP-01」が実現した3つの世界初とは
Dentwave編集部:はじめに、世界初の歯周病治療器とされている「ブルーラジカルP-01」ですが、どのような部分が世界初となるのか教えてください。
菅野教授:世界初という点ですが、何か一つが世界初ということではなく、3つのことが世界初ということになります。
まず一つ目は、殺菌の方法です。
私たち歯科医師がターゲットとしているのは、 バイオフィルム内の菌です。バイオフィルム内の菌を殺すことができるかが、歯科においてものすごく大切な、殺菌力を評価する項目になります。
今、既存の薬剤の中で口の中に使って良いものでは、バイオフィルム内の菌を短時間で殺菌することが不可能です。よくテレビ報道で99.99%の殺菌という言葉が取り上げられるのですが、あれは大切な言葉が抜けていて、“バイオフィルム内の菌を99.99%殺します”ということが正確な表現になります。
つまり、バイオフィルムの中の菌を殺せるというのが、世界初の殺菌の技術ということです。
2つ目の世界初というのは、 “殺菌”をして、”メカニカル(超音波スケーラーを使用して)にも取る”という2つの方法を、 1回で済ませたことです。
そして3つ目ですが、これは日本初という表現が正しいのですが、日本国内において、厚生労働省(以下、厚労省)から「歯周病治療器」という名前がついた医療機器として初めて承認を受けたということです。実はこれまで厚労省から承認を受けた「歯周病治療器」は発売されたことがなかったのです。今回は治験という、通常のメディカル(医科業界)では当たり前に行っているプロセスを経て、 重度歯周病に効果がある歯周病治療器として、国が認めた初めての治療器になります。
実は2010年には開発されていた殺菌技術と日本の技術の結晶
Dentwave編集部:世界初の殺菌方法について詳しく教えてください。
菅野教授:消毒剤として一般的に使用されている、過酸化水素の光分解反応(光によって生じる化学反応)を応用し、局所の殺菌力に優れた殺菌技術を開発しました。3%過酸化水素に対し、生体に影響のない安全な波長 405 nm(ナノメートル、1mmの1/100万)の青色レーザーを照射して、光分解反応でヒドロキシルラジカル(活性酸素の一種)を生成させ、その強い酸化力で、バイオフィルム中の細菌を殺菌します。さらに、従来治療に用いられてきた超音波振動も組み合わせて、バイオフィルム内の99.99%の殺菌と歯石やバイオフィルム自体の除去を実現しました。治験では、従来の歯周治療よりも重度歯周病罹患歯の歯周ポケットを浅くする効果に加え、原因菌の減少も実証されています。
また過酸化水素のラジカル殺菌技術には、①バイオフィルム内の殺菌が可能、②殺菌力のコントロールが可能、③薬剤耐性菌が発生しない、④安定性の確保という4つの特徴があります。
実は、この技術自体は14年前、2010年にメディアに取り上げられています。バイオフィルムの中を殺菌できることが画期的で素晴らしいねということで、全国記事になっているんですよ。そのときは3年後には製品化出来ると私は言っていたのですが、その時の自分に「そんな簡単に社会実装が出来るわけないじゃないか」と言ってやりたいですね(笑)。
開発を開始してから約17年経っているのですが、その8割が専用の超音波スケーラーのチップ開発です。超音波振動するチップの先端からレーザー光と過酸化水素を出すために、チップの先端までずっと穴を開ける必要がありました。通常の超音波スケーラーはチップの根元の部分に穴が開いていますが、今回私たちのスケーラーチップは、先端までずっと穴が開いているという中空のチップになります。その中空部分にプラスチックファイバーが入るようになっていて、光を導光すると同時に過酸化水素を噴出し、さらにチップ全体を超音波振動させます。
歯科衛生士の方が通常使用している超音波スケーラーのチップは、充実型なので折れることは少ないのですが、中空にすると強度が弱くなるため開発当初は破折の連続でした。だから本当に「ブルーラジカルP-01」ができたのは このチップができたおかげです。機器自体は、真似が出来るかもしれませんが、金属のチップと中に入っているファイバーに関しては、真似ができないと思います。2010年くらいに報道されたときから、ほとんどチップの開発に費やしてきました。何度挑戦しても折れてしまうので、途方に暮れ、殺菌は殺菌だけ、振動は振動でやることも考えました。でも2wayだと面白くないじゃないですか。なんとか開発をしたいと言ったら、宮城県の会社の社長さんが「面白いからやりましょうよ。」と言ってくれて、折れないチップを作っていただきました。ファイバーも同様、岩手県の会社の社長さんが「開発要素があって面白い」と言ってくれて、導光率1%だったものを50%まで上げたファイバーを作ってくれました。本当に日本のモノ作りの結晶。メイドインジャパンです。
「原因療法」と「対処療法」オールインワンがもたらすこれからの歯周病治療とは
Dentwave編集部:今回「ブルーラジカルP-01」に加えて、コミュニケーションアプリ「ペリミル」もリリースされましたが、「ペリミル」とはどんなアプリですか?
菅野教授:「ペリミル」を利用するには、ペリオチャートが必要です。ペリオチャートを撮影するとAI OCRで即座にデジタル構築し、患者さんにデータが送信されます。これを行う理由は、今の社会では、歯周病治療のデータを患者さん同士で共有できていないからです。というのは、メディカルの世界では、予防行動を促すために、例えば血圧や糖尿病の値など一つの数字を提示して、患者さん自身がその疾患のどの位置にいるのかを認識することで、予防行動に移行させるという流れがあります。ところが、歯周病に関しては、共有できる数値がなく、患者間のコミュニケーションは全くもって困難なうえ、そもそもやっていても面白くないという現状があります。とにかく分かりやすく歯周病を表現しようというのが狙いです。
画面に表示される歯の並びは、患者さんが口を開けて鏡に映った同じ状態になるようにしています。1つ1つの歯はタップすることが出来て、なぜ赤い歯(6ミリ以上の重度歯周病の歯)なのか説明を見ることが出来ます。また歯磨きタイマーがあるので、どれくらい歯磨きをしていたのかがすぐに分かります。歯科医院側でも歯磨きスタンプを確認することができるので、どれくらい歯を磨いてきたのかが一目瞭然です。次回のアポイントでは、「頑張って磨いていただきましたね」というポジティブな声掛けから始めることができます。
歯垢が堆積して、歯周病菌が繁殖し、歯周病が発生するので、従来の治療は歯石や歯垢を取り除くことです。ところが驚くことにヨーロッパの歯科の教科書には、この歯垢が堆積するのにも理由があると書いてあるのです。
その理由は何かというと、「口の中に興味がなくなる(ネグレクト)」ことです。口の中に興味がなくなると、歯周病菌が溜まり、歯周病が発生する。つまり歯周病の本当の原因は、このネグレクトです。歯周病は生活習慣病ですので、患者をネグレクトから脱却させない限り、歯周病は本当の意味では治りません。ところが今、この本当の原因にはほとんどアプローチができないし、方法もありません。しかも従来の治療法も、治験を行って歯周病の治療器と標榜できるのは一つもありません。このことが、国内に69,000件もの歯科医院がありながら日本国民のうち1,100万人以上が6ミリ以上のポケットを持っているという現状の大きな理由の一つであると考えています。ですから私たちは今回、新時代の歯周病治療として、「ブルーラジカルP-01」という“歯へのアプローチ”、そして、これだけで絶対治らないと考えているので、「ペリミル」という“人へのアプローチ”を連携させていく新しい時代の歯周病治療を提唱しました。今回この治療器と一緒に アプリが連動していて、このアプリが口の中に興味を持たせ続けます。特に大事な、ブルーラジカルで治療した後の12週間の徹底的な口腔ケアに対して、歯を磨く習慣を作り上げるアシストを「ペリミル」が担ってくれるのです。
歯を磨かずにはいられない人を増やしていきたい
私は今、歯科治療のゴールって一体何?ということを一言で言わせてもらうなら
「歯を磨かずにはいられない人を作ること」
これが歯科治療のゴールだと考えています。インプラントを入れることや噛み合わせを作ることも大切なのですが、歯を磨かずにはいられない人、これをつくることだと最も大切であると私は強く感じています。
また、治療だけではなく社会全体から、口腔内の興味を持たせる情報のシャワーを浴びせられるような環境を作らないといけないとも考えます。今現在、患者さんへの情報は、歯科医院に来ないと与えられないし、与えられてもほとんど忘れてしまうので、少なくともまずは、スマートフォンに毎日、歯科衛生士さんからの情報が送れる環境を作ろうという想いで、ペリミルを作りました。
横展開のプラットフォームへ
Dentwave編集部:最後に、今後の展開について教えてください。
菅野教授:今後の展望ですと、まずは世界への販売をやりたいと思っています。三井物産がいる(Luke株式会社は、株式会社エーゼットと株式会社三井物産の共同出資のジョイントベンチャー)理由の一つはそこです。それぞれの国で承認が必要ですから、カントリーリスクやそれぞれの課題を一つ一つ克服し、スタートしていきたいと考えています。また、今回は重度歯周病治療器を作り上げましたが、インプラント周囲病変・カリエス・根管治療への応用に関して、基礎研究をスタートしています。このような歯科業界内での横展開を進めていきたいと考えています
それから獣医業界にも展開したいと考えています。実は犬に歯周病がとても多くて、成犬の8割が歯周病ともいわれています。 今、15,000軒くらい動物病院があるのですが、そのうちの50軒くらいしか犬の歯周病を治すところがないようです。
今回の報道で多くの動物病院から「ぜひ導入したい」いう問い合わせをいただいているので、動物用医療機器の承認や、 販売網を確立し、挑戦してみたいと思っています。あとは洗濯機などの家電です。この辺は夢かもしれないですけれども、 “殺菌の方法”という意味で広く展開ができるかなと思っています。
開発者プロフィール
Luke 株式会社 代表取締役 東北大学大学院歯学研究科 教授
菅野 太郎氏
東北大学において、歯周病の歯と人の双方に新しいテクノロジーでアプローチする「NEW DESIGNED PERIODONTAL THERAPY」を提唱し、17 年の歳月をかけて新規非外科的歯周病治療器「ブルーラジカル P-01」および患者行動変容アプリ「ペリミル」の研究・開発を行う。産学官連携事業から生まれた Luke 株式会社の代表を務め、2023 年7 月に世界に先駆けて我国で医療機器の承認を取得し、2024年より販売を開始
Luke株式会社について
Luke株式会社は、地元企業(株式会社エーゼット)と大手商社(三井物産株式会社)の出資のもと、東北大学の先端研究から生まれた革新的なヘルスケアベンチャーです。私たちは、最先端の科学研究を実用化し、特に歯周病治療における新しいパラダイムを確立することを目指しています。当社のアプローチは、科学的根拠に基づいた治療法を開発し、これらを通じて人々の生活の質を向上させることに重点を置いています。東北大学の研究力と連携し、確かなデータと革新的な技術で歯周病の未来を変えていきます。
会社名 :Luke株式会社
所在地 :宮城県仙台市青葉区木町通2丁目3番19号
設立 :2019年10月
代表者 :代表取締役 菅野 太郎・杉本 知久
事業内容:ペリミルの運営/ブルーラジカルP-01の運営/ブルーラジカルP-01の歯周病以外の歯科疾患への応用研究/ブルーラジカルP-01の医科、獣医科、家電への応用研究
会社HP :https://luke-br.com/
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