第79回:深在性う蝕の治療―窩底軟化象牙質をどうするか

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第71回コラム「う蝕乳臼歯処置の新たな選択肢」を書いた時から気になっていたことがある。その核心はHall法であり、それは、乳歯う蝕歯の窩洞形成やう蝕をまったく除去せずにグラスアイオノマーセメントで既製金属冠を被せてしまっても、良好な予後が得られるというものである。このことから、乳歯に限らず永久歯でも無理してう蝕を十分除去しなくてもよいのではないかと思っていた。不十分なう蝕除去でもよいらしいのは、25年前に非侵襲的修復治療(ART、う蝕をエキスカベータで除去するのみでグラスアイオノマーセメントを充填する治療)が提案され、歯科医療が十分に受けられない世界各地で実践されて効果を上げていることがある。さらに、深在性う蝕ではないが、象牙質の1/2以下の咬合面う蝕で窩底軟化象牙質を除去せずにアマルガム、コンポジットレジン修復し、それにさらにシーラントを適用した効果を10年間追跡した報告がある(JADA1998年1号)。それによると、辺縁う蝕の発生は、比較対照群の通法による軟化象牙質除去とアマルガム修復ではすべてに認められたが、エナメル質の一部除去・軟化象牙質不除去群のうち、アマルガム修復物の上にシーラント適用群やリン酸エチッグン/ボンディング材/コンポジットレジン修復/シーラント適用群ではほとんど皆無であったという。これらはいずれにしても、軟化象牙質の除去は適当でもよいらしいことを示唆している。 それでは、う蝕除去に実際にはどのように対処しているのだろうか?米国でのある調査によると(Gen Dent 2007年3号)、露髄の可能性のあるう蝕に対して、開業歯科医の回答は、すべて除去62℅、部分除去18%、根管治療21℅、その他17℅であったという。さらに、ブラジルのある市の公共医療サービスに従事する歯科医が深在性う蝕にどのように対処するかアンケート調査した結果がある(J Public Health Dent 2011年4号)。それによれば、直接完全除去71℅、段階的除去18℅、部分除去9℅、根管治療2℅であった。歯科医の卒業年が2000年以後はそれ以前くらべより保存的に治療し、露髄リスクの高い完全除去の選択はほぼ半減という興味深い分析も記されている。これらの結果すると、完全除去というのが多数派らしいことがうかがえる。 ところで、2009年日本歯科保存学会が発表した「う蝕治療のガイドライン」では基本的にう蝕象牙質はよく除去することになっている。アシッドレッドを利用したう蝕検知液で淡いピンク染になるまで除去を行い感染象牙質を除去することを推奨している。一方、2008年の保険診療報酬改定で新規医療技術として保険収載された"非侵襲性歯髄覆罩"では、初回は窩底軟化象牙質は残して裏層、仮封し、3月後にリエントリーして裏層材およびう蝕象牙質を除去するという2段階のう蝕除去となっている。リエントリー時にう蝕を完全に除去すべきかについてはさらに研究が必要としている。ところが、最新のJ Den 2012年9号掲載の「通常のう蝕除去と仮封したう蝕の細菌の評価」を読み、冒頭部で記したことも併せ考えると、深在性う蝕でも2回も窩底う蝕象牙質を除去しなくてもよいのではないかという気がしてくる。 その論文の要約は次のようである。通常のう蝕完全除去群とう蝕の不完全除去/仮封群(露髄の危険性のある象牙質2/3以上のう蝕)について、各段階で細菌試料を採取、それを培養・計測し、比較している。後者の群では、歯髄に近い軟化象牙質は残してう蝕を除去、Dycal貼付と酸化亜鉛/ユージノールセメントで仮封、6月後に仮封材を除去し、コンポジットレジン修復を行っている。通常のう蝕完全除去群にくらべ、不完全除去/仮封群の嫌気性菌、好気性菌、ミュータンス菌は有意に少なかった。う蝕象牙質の裏層により通常のう蝕象牙質除去よりも細菌が減るため、修復前にすべてのう蝕象牙質を除去する必要はなく、う蝕象牙質の不完全除去で深在性う蝕治療を1回で済ませる可能性を示唆している。 この論文に先立って、同著者らは2007年のCaries Resに臨床結果を報告し、同様な示唆を行っている。う蝕が象牙質の2/3以上で露髄の可能性のある患者27名(12〜23歳)の窩底軟化象牙質を残してDycal裏層、酸化亜鉛/ユージノールセメントで仮封した。6〜7月後にリエントリー、仮封物などを除去して象牙質を調べたのち、Dycal裏層、コンポジットレジン修復し、36〜45月まで診査した。成功率は88℅であり、う蝕象牙質の部分除去と窩洞の封鎖により、歯髄の保護反応を促し、う蝕の進行が止まることを認めている。 深在性う蝕での露髄に関する、デンマーク、スウェーデンの6大学からの比較的新しい論文(Eur J Oral Sci 2010年3号)を紹介しよう。う蝕が象牙質の3/4以上の患者314名(18歳以上)を被験者とし、段階的除去群(窩底軟化象牙質を残しDycal裏層、グラスアイオノマーで仮封;8〜12週後にリエントリーし、黄〜灰色になるまで切削、Dycal裏層してコンポジットレジン修復)と直接完全除去群とで露髄および1年後の診査結果を比較した。段階的除去群および直接完全除去群の露髄よる失敗率は17.5℅と28.9℅、1年後に歯髄がバイタル、根尖にX線透過像なしという成功率は、それぞれ74.1℅と62.4℅であり、段階的除去の方がすぐれていた。なお、露髄した症例については直接覆髄処置と部分断髄処置を行い比較した。両群それぞれの成功率は32%と35%、激痛から見た失敗率は64℅と52℅であり、両群間に差はなく、いずれも成績不良であり、露髄を避けられるように段階的う蝕除去をするのが望ましいとしている。なお、2006年のCochraneレビューでも、露髄のリスクを避けるため、深在性う蝕では部分除去のほうが完全除去より望ましいとしている。 修復物下の細菌の存在が歯髄に悪影響をおよぼすかもしれないとの考えから、"感染象牙質は除去する"というのが現在の歯科保存治療のパラダイムになっているようであるが、その根源は1908年に出版されたG.V. Blackのテキスト「歯の充填手法」に記された“it is better to expose the pulp of a tooth than to leave it covered only with softened dentine.”(歯髄を軟化象牙質で覆うよりは露出させるほうがよい)にあるらしい。しかし、2006年のCochraneレビューによれば、完全除去が望ましいという論文はないという。接着材を利用したコンポジットレジン修復の進歩によりBlackの窩洞から脱却した時代になっている。“露髄してもう蝕象牙質はよく除去する"から、 "露髄しないように適当に除去する”という新たな時代に移行してもよいのではないだろうか。筆者のような患者の立場としては、無理して窩底軟化象牙質を除去することにより、露髄→根管治療→抜歯という経過をたどるのは避けてほしいのである。 締めくくりにJADA(2008年6号)のレビュー「深在性う蝕の完全除去あるいは部分除去による治療」の結論を紹介しておこう。修復物により完全に歯質が封鎖されて栄養源を断たれると、細菌は死ぬか休眠状態となり、歯の健康へのリスクとはならなくなる。したがって、修復物が口腔環境からう蝕をよく封鎖できていれば、深在性う蝕での感染象牙質をすべて除去する必要はない。 (2012年8月31日)
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