次の世代の歯科医師たちが夢を持ち、夢を語りあえるように その④

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これからの歯科医師はどうあるべきか?

前回まで「これからの歯科医療はどうあるべきか?」というテーマで述べてきました。歯科医療の目的は、「う蝕や歯周病等の口腔疾患を予防することにより、みつけて治すから予測して予防する歯科医療を確立し、さらに口腔の健康から全身の健康と健康長寿を目指す」ことであり、口腔の健康を維持することが健康長寿に繋がるという多くのエビデンスを社会に広く認識してもらうための方略を報告いたしました。
今回は、超高齢社会で生き抜いていかなければならない「これからの歯科医師はどうあるべきか?」についてお話ししたいと思います。まず、用語の確認です。高齢化社会:総人口のうち65歳以上の高齢者の割合(高齢化率)が7%以上、高齢社会:高齢化率14%以上、超高齢社会:高齢化率21%以上となっています。我が国は2015年に高齢化率26.7%となり世界一の高齢化率を毎回更新し続けている超高齢社会です。

1. その時代の人口ピラミッドに適した歯科医師を

図1は日本の人口ピラミッドを50年おきに比較しています。1950年は多くの生産者人口と子供たちが確保されている立派なピラミッド型です。ピラミッドのすそ野に大きく拡がる1~3歳の層は、ちょうど団塊の世代の人たちです。2000年になると中間部分がせり出し、上と下が少ない壺型となります。働き盛りの団塊の世代より20数歳下の年齢で突出したピークは、団塊の世代の子供たち、団塊世代二世となります。しかしさらにその下の年代は、出生率の低さが原因となって著しく減少しています。2050年の予測では、高齢者の割合が増し、ピラミッドの形態は逆ピラミッド型に近くなります。団塊の世代はすでに死亡しているため、団塊世代の二世が最も上に乗っかった不安定な図形です。高齢者を支える生産者人口の比率が低く、さらに将来を託そうとする若年者も低い比率であるという将来の展望がみえない大変困難な時代だといえるでしょう。人口ピラミッドが50年ごと劇的に変化している社会で、それぞれの人口ピラミッドに合致した政策を取らなければならないことと同様に、それぞれの時代(人口動態)に合った歯科医師が必要とされることは当然でしょう。
日本の人口ピラミッド
△ 【図1】画像クリックで拡大
ピラミッド型の社会が求める歯科医師、壺型の時の歯科医師、それでは、今後もさらに加速するであろう逆ピラミッド型の社会が必要とする歯科医師は、あるいは、世界一の超高齢社会が必要とする歯科医師はどうあるべきなのでしょうか。

2. 高齢者の特徴は?

高齢者の特徴は多病(たくさん病気を持っている)であることです。生理的機能が低下(生理的老化)し、病的状態と結びつき老年病を発症しやすくなります。体の器官を構成する細胞に老化が起こると、細胞数の減少や細胞機能の低下が発現し、最終的にその臓器の機能も低下することになります。これが生理的老化です。したがって、高齢者ではすべての臓器の機能低下が起こっていると考えられます。呼吸機能低下、循環機能低下、造血機能低下、運動機能低下、感覚機能低下などです。機能低下が生ずるということは、病気が発症しやすくなるということです。その代表的な病気は、高血圧症や糖尿病といった生活習慣病です。さらに、高齢者は低栄養・免疫機能低下により感染症が慢性化しやすく、治癒しにくい状態となります。たとえば、老人によくみられる低アルブミン血症による栄養不良は、肺炎や尿路感染の危険因子として知られていますし、創傷治癒不全の原因にもなっています。
加齢に伴う各臓器の機能低下
△ 【図2】画像クリックで拡大
また、生理的老化と結びついて発症した生活習慣病が原因となって、糖尿病腎症や脳梗塞などの臓器障害が顕著化しやすくなります。当然、ADL(日常生活動作能力)の低下に伴い、転倒や交通事故による外傷が増加します。また、ADLの低下者や認知機能低下者は要介護に陥りやすいことは良く知られています。図2は加齢に伴う臓器の機能低下を示しています。30歳を100%とした場合の70歳の機能を示します。脳血流量が最も良く保たれていますが、70歳の最大酸素摂取量は30歳の摂取量の40%まで落ちてしまいます。腎血流量も50%に達しません。つまり、どんなに元気で何一つ薬も飲んでいないと豪語している元気な70歳でも、老化によって年齢相応に各臓器の機能は衰えており、表面には現れなくとも予備力、回復力、適応力は低下し、ちょっとしたことで全身状態が悪化する可能性が考えられるわけです。

3. 国家が望む21世紀型歯科医師とは?

将来私たちの診療室には、今以上に全身的な病気を持った高齢者が多数来院し、一日の来院患者すべてが高齢者といった日もめずらしくなくなるでしょう。当然、私達歯科医師には、全身疾患の概念の把握と口腔との関係」について十分な知識が今以上に必要とされるわけです。高齢者は多病ですから、様々な重篤な疾患を持った患者が来院することになります。また、健康そうに見えても予備力のない高齢者もたくさん来院します。突然、チェアの上で意識を失ったり、心停止を起こしてしまう患者が増えるのは当たり前です。今まで以上に診療室に来院する母集団の年齢構成が高いわけですから、緊急事態発生の確率は増加することになるのです。したがって、「全身疾患の概念の把握と口腔との関係」を理解するとともに、私たち歯科医師は今後、緊急時に適確な対応を施し、自分の患者の生命を守る救急救命の知識、技能も要求されることとなるはずです。
27年度の歯科医師国家試験問題
△ 【図3】画像クリックで拡大
歯科医師国家試験の出題基準は、4年に1回改訂されます。平成26年の改訂では、「高齢者や全身疾患を持つ者への対応に関する問題」が各論に新たな1章として追加され、これに関する問題数が0題から一気に18.5題増加しました。インプラントの問題が1題から3題まで増えるのに6年かかったことと比べると、厚生労働省がいかに急いでいるのか。いかに大きな分岐点かがわかると思います。図3は平成27年度の歯科医師国家試験問題です。初めて歯科医師国家試験に胸部エックス線写真の読像が出題され、多くの大学が驚いた話題の設問です。この問題の意味するところは、歯科医師であれば歯科医療と関連した胸部の診断もできなくてはならないということでしょう。さらに平成30年の改訂では「高齢化による疾病構造の変化に伴う歯科医療に関する内容の充実」がうたわれ、歯科医学教育の大きな流れの中に「全身疾患の理解とそれぞれの疾患への基本的対応」が早急に組み込まれてきています。これらの事実は、国家が望んでいる歯科医師とは、「全身状態を把握しながら、歯科医療を実践できる人間」であると考えられ、厚生労働省は、このような歯科医師を21世紀型歯科医師と考えているのでしょう。

4. 具体的に、これからの歯科医師はどうあるべきか?

もう少し具体的に示すならば、たとえば糖尿病の患者があなたの診療室に通院中だったとします。現在わが国の糖尿病患者は950万人いるといわれ、もはや日本の国民病といっても過言ではないでしょう。さらに、その半数は65歳以上の高齢者です。今後も高齢者の増加に伴い、糖尿病患者も増えることは確実です。当然、糖尿病治療中の患者が今以上に歯科診療室に来院することになるでしょう。さて、内科の対診書ではインスリンで良好にコントロールされていると返事のあった糖尿病患者が、あなたの診療室でブリッジの形成と印象採得、咬合採得終了後、立ち上がろうとした時、突然、呂律が回らなくなり、びっしょりと冷や汗をかき、数分後にチェアに倒れ込み意識を失ってしまいました。この緊急事態に対してあなたはどんな疾患を疑い、どんな対応をするでしょうか。これが分からなければ、この患者はあなたの診療室のチェアの上で死を迎える可能性があるのです。そうです、糖尿病でインスリンを使用しているわけですから、まず低血糖ショックを疑うべきでしょう。血糖値を測定し、検査値を判断し、グルコースを入れながら救急車を呼ぶ必要があります。救急車を呼ぶだけで、その間何の処置も行われていなければ、医療機関としての責任が問われることになるでしょう。血糖値の正常値は分かっているでしょうか。どんな症状、今回で言えば、「呂律が回らない」「冷や汗をかく」「意識消失」は、どの程度の血糖値で現れるのでしょうか。救急車が来るまで、どのような対応を行えばよいのでしょうか。グルコースの投与経路はどうしましょう。問題は山積みです。この超高齢社会で歯科医療を行うためには、私たち歯科医師が全身疾患や全身状態を良く理解していなければ、21世紀型歯科医師にはなれないのです。社会が必要とする歯科医師にはなれないのです。

5. 歯科医療の新たな目標と歯科医師が行うべきこと

前回(その③)のコラムの図3に示した「歯科医療の新たな目的」に追加して記載したものが図4です。歯科医療の目的は時代に合わせて、人口ピラミッドに応じて、世界一の超高齢社会に即して大きく変革されます。う蝕、歯周病等の口腔疾患を予防することにより「みつけて治す」から「予測して予防する」歯科医療を確立し、口腔の健康から全身の健康と健康長寿をめざす。を目標とすることは前回記述いたしました。では、「口腔の健康を確立」しさらに新たな「全身の健康、健康寿命の向上」へ向かうために、私たち歯科医師がやらなければならないことは、様々な全身疾患の概念を把握し、それらの疾患と口腔との関係を理解することです。残念ながら、今この部分は多くの歯科医師にとって大変苦手な分野です。当然です。大学が教えてこなかった部分でもあるのですから。しかし、ここを私達歯科医師が自らの努力でクリアしないと、歯科医療の目標はステップアップもできず、国民からの信頼も厚いものとはならないでしょう。
歯科医療の目標
△ 【図4】画像クリックで拡大
もう一つ私達歯科医師が努力しなければならないのは、患者や社会への啓発活動です。口腔の健康が全身の健康に繋がり、健康長寿をもたらすという事実をわかりやすく国民に知らせ、認識と自覚を持ってもらうための草の根運動を行いましょう。自分の患者一人一人にエビデンスを伝えて行きましょう。たとえば臼歯を抜歯した患者には、「臼歯部の咬合状態の安定は生命予後を改善する」さらに「義歯の装着も含め良好な口腔環境は要介護状態の発生を抑制する」といったエビデンスを根気よく伝え、これが口コミで大きく拡がってくれることに期待しましょう。
「次の世代の歯科医師たちが夢を持ち、夢を語り合えるように」というテーマで4回に渡って述べてきました。図4の新たな歯科医療の目的は、次の世代の歯科医師たちが生き生きと活動できるために、どんなに困難でも立ち向かわなければならない指標です。これを達成させるために歯科界全体が協力し合い、知恵を出し合って努力し続けることが、今、一番重要であると感じています。
矢島 安朝(やじま・やすとも)
  • 東京歯科大学水道橋病院 病院長

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