「デジタル化」の前に「どんな医院をつくりたいか」があった
りお歯科クリニックを運営する折戸院長先生は、患者さんにどのような価値を提供したいのかという医院としての理想像があり、まずその考え方についてお話を伺いました。
「地域に根ざし、クオリティの高い治療と予防を提供する。患者さんが途中で治療を投げ出すことなく完了できるだけの高い技術と、通いやすい環境を整える。そして、一生お付き合いいただいて、悪くならないように現状を維持、あるいは向上させていくための『管理の場所』でありたいです。」(折戸院長先生)
りお歯科クリニックの院長を務める折戸惠介先生
折戸院長先生が描く理想の医院づくりは、単に最新の設備を揃えることではありませんでした。その根底にあるのは、徹底した患者さんへの誠実さです。かつての同院は、夜8時まで診療し、日曜日も休まず開けていました。しかし、そこには大きな葛藤がありました。
「以前は僕も借金がありましたから必死でした。でも、それでは良いスタッフが集まらないんです。スタッフが疲弊した状態では、患者さんに最高のサービスは提供できません」(折戸院長先生)
そこで折戸院長先生は、良いスタッフを確保し、労働環境を整えるために、診療時間を大幅に短縮するという決断を下しました。当然、患者さんからは「働く人間はいつ来ればいいんだ」といった厳しいお叱りも受けたといいます。
「『うちのスタッフにも生活があるんです』と、一人ひとりに丁寧に説明させていただきました。いいスタッフを確保することが、結局は患者さんたちの利益につながっていく。僕たちはそう確信しているんです」(折戸院長先生)
この「患者さんの利益」という軸は、他の判断にも一貫しています。
「保険診療は全国一律の料金です。だからこそ、同じ料金でタクシーに乗るなら、きれいで運転もうまい安全なタクシーに乗りたいと思うのと同じで、より高品質な環境を提供したい」(折戸院長先生)
また、「受付にはあえて6名ものスタッフを配置する」という選択をしています。受付が患者さんにとって最も話しやすく、医院の顔となる場所であり、保険診療の範囲でも患者さんの利益最大化のために必要な要素であると考えられているからです。
りお歯科クリニックの”顔”となる洗練された受付
このように、折戸院長先生は、理想の医院づくりを目指す中でこうした「患者さんにとっての理想の環境」を守り、スタッフが患者さんと向き合う時間を生み出そうと動かれてきました。
一方で、より「患者さんの利益」を追求する中で、どうしても事務作業や診療のロスが発生してしまう部分がありました。では、患者さんと向き合うための時間を作るために、デジタル化をどのように進められたのでしょうか。
「紙のサブカルテのデジタル化」を起点に、患者さんと向き合う時間を生み出す
「患者さんのために」という判断軸は、医院運営だけでなくデジタル化を進める際にも一貫していました。折戸院長先生は、単に業務効率化のためではなく、患者さんにより良い医療サービスを提供し続けるための手段としてデジタル化を捉えていたといいます。では、その第一歩はどこから始まったのでしょうか。
「一番のきっかけは、エンドレスに増え続ける紙カルテをどうにかしたいという思いでした。法律上は5年間の保存義務がありますが、実際には5年経ったからと簡単に捨てられるものではありません。この先何十年もこの『負の財産』を抱え続けるのかという強い危機感がありました」(折戸院長先生)
デジタル化前後でわかるりお歯科クリニックの紙カルテの量
この「負の財産」は院内だけの問題ではありませんでした。折戸院長先生によれば、患者さんもまた診療の中で多くの紙を受け取り、その大半は使われずに終わっていたといいます。情報をデータ化してLINEなどで手元に届ければ、患者さんの煩わしさ・スタッフの無駄な作業は減り、保管スペースや印刷の手間・コストにもゆとりが生まれます。
折戸院長先生が見据えていたのは、そうして浮いた時間とコストを、患者さんと向き合うこと等の取り組みに振り向けることでした。
こうした考え方の根底には、患者さんが求めるものは時代とともに変わり続ける、という認識がありました。連絡手段が郵送からLINEへ、型取りが印象材から口腔内スキャナー撮影へと移っていくように、患者さんにとっての「当たり前」は刷新され続けます。その変化に応え続けるために、折戸院長先生は「変化に対応すること」そのものを医院の姿勢として掲げてきました。
「ダーウィンの進化論ではありませんが、強いもの・賢いものではなく『変化に対応できるもの』が生き残る。だからスタッフにも『うちは変化に対応する医院なんだ』と常々伝えています。50歳を超えた僕が一人で何とかしようとするのは無理な話。若い子たちに助けてもらう方が、進むスピードははるかに早くなります」(折戸院長先生)
今では現場レベルまで浸透してるデジタルサブカルテ「Dental eNote」
しかし、新しいシステムを導入する「過渡期」には、必ず反対勢力が現れます。そこで折戸院長先生が最も気を配ったのが、幹部スタッフへの丁寧な「根回し」でした。
「何かを変えようとすれば、必ず『なぜそんなことをするのか、今のままでいいじゃないか』という声が上がります。大切なのは、その変化に『患者さんのため』という強力な意味づけをすることです。効率が上がり、便利になることが患者さんの利益につながると理解できれば、反対するスタッフはいません。スタッフのベクトルを患者さんの満足度向上という一点に集めること。それが、大きな変革を乗り越えるための唯一の道でした」(折戸院長先生)
院内を動かすプラットフォームになったDental eNoteを起点に、課題を一つずつ
こうしてデジタル化への取り組みを進める中で、りお歯科クリニックの基盤となったのがMetaMoJi社が提供するデジタル診療ノート「Dental eNote」でした。当初は紙カルテの課題解決を目的として導入された同システムですが、その役割は次第に広がり、現在では医院全体の運営を支える重要な存在となっています。
「Dental eNoteは、今やうちの医院にとってなくてはならない、非常に重要なインフラになっています」(折戸院長先生)

当初、膨大な紙カルテの管理を効率化するために導入されたDental eNoteは、単なるデジタルツールを超え、医院のオペレーション全体を支える基盤へと成長しました。この「基盤」としての価値を支えているのが、他システムとの柔軟な連携性です。りお歯科クリニック総務の三木氏は、特定のメーカーに依存する「ワンストップ」の利便性よりも、各領域でベストなツールを組み合わせる自由度を重視しています。
「歯科業界には一社でレセコンから予約システムまで完結する提案もありますが、私たちはそれぞれの機能で一番良いものを選びたい。だからこそ、Dental eNoteがいろんな予約システムと連携しだしたことは、僕らとしてはすごくいいことだなと感じています」(三木氏)
総務を務められる三木亨祐氏
こうした柔軟な基盤があるからこそ、紙のカルテがなくなった後に浮き彫りになった「患者さんのステータスの可視化」という新たな課題にも、独自のアイデアで対応することができました。
「以前は物理的なカルテの並びで誰がどこで待っているかを把握していましたが、ペーパーレス化でそれが画面上でしかわからなくなりました。そこで、どのチェアに誰がいて、カウンセリングを何人待っているのかを全員が可視化できる自作アプリを開発し、Dental eNoteと組み合わせて運用するようにしたんです」(折戸院長先生)
使用されているアプリの画面
このように、一つのデジタル化が進むと新たな改善点が見えてくるため、同院では予約システムとの連携強化や検査データ入力の簡略化など、プラットフォームを起点に「トライ・アンド・エラー」を繰り返しながら段階的に範囲を広げてきました。
このデジタル化の積み重ねは、2026年10月に予定されている大規模な新医院への移転において、真の価値を発揮しようとしています。新医院ではチェア数が現在の9台から23台へと激増し、スタッフの動線も大幅に長くなります。
新医院は現在建設中
「建物が大きくなる分、物理的な距離を埋めるネットワークが命になります。どこにいても患者さんの状況がリアルタイムで共有されるデジタル・オペレーションが、スムーズな診療に不可欠なのです」(折戸院長先生)
規模が拡大しても、デジタル基盤を活用することで患者さんの待ち時間を最小限に抑え、「同じ料金を払うなら、より高品質な環境を提供してくれる医院を選びたい」という患者さんの期待に応え続けることが同院の目指す姿です。
「デジタル化によって何かが一つ変わると、必然的に次の変化が必要になります。私たちはその変化を楽しみながら、患者さんの満足度向上という共通のベクトルに向かって、一歩ずつ理想の形を作り上げてきました」(折戸院長先生)
これから始める先生へ──きっかけから育てる
デジタル診療ノートの導入をきっかけに、りお歯科クリニックでは段階的にデジタル化を進めながら、理想の医院づくりを実現してきました。その根底にあったのは、「患者さんにとって良いことか」という一貫した判断軸です。
最後に、これからデジタル化に取り組む先生方へ向けて、折戸院長先生にメッセージを伺いました。
「変化をするにはお金もかかるし、スタッフも大変だろう……といった不安は、結局すべて『こっちサイドの言い訳』なんです。大切なのは、それが『患者さんにとってどうなのか』という視点。効率が良く、クオリティが上がるなら、やらない手はありません」(折戸院長先生)
デジタル化を検討し始めた先生方に対し、折戸院長先生は力強くエールを送ります。

同院の変革も、かつては「負の財産」であった膨大な紙カルテを何とかしたいという、切実なきっかけから始まりました。最初から完璧なシステムを目指すのではなく、まずは目の前の課題を解決することから一歩を踏み出したのです。
「変化を嫌わずに楽しむ。勇気を持って一歩踏み出せば、その先には必ず素晴らしい未来が待っています!」(折戸院長先生)

最初は小さなきっかけでも、それを理想の医院づくりというビジョンに結びつけて育てていく。その勇気ある挑戦こそが、これからの歯科経営を切り拓く鍵となるのではないでしょうか。
編集後記
今回の取材を通じて最も印象的だったのは、あらゆる意思決定の根底に「それは本当に患者さんのためになるのか」という、揺るぎない判断軸が貫かれていた点でした。
歯科経営における効率化やコスト削減は、往々にして医院側の利益や都合として語られがちですが、折戸院長先生は「消しゴム一個に至るまで、すべては患者さんからいただいた診療報酬で購入している」と説き、その資源をいかに患者価値へと還元するかを徹底して追求されています。デジタル化による事務ロスの排除も、良いスタッフを確保して診療の質を維持するための診療時間短縮も、すべては「最高の状態で患者さんに向き合い、利益を還元するため」の戦略的な投資に他なりません。
哲学に基づいた構造改革こそが、これからの歯科医院が歩むべき、真に患者に寄り添った持続可能な経営の形といえるのではないでしょうか。
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