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障害者歯科における歯科衛生士の専門的役割
障害者歯科とは、身体的、知的、精神的な障害を有する人々に対して、彼らの特性に応じた歯科医療を提供する分野です。その中で、歯科衛生士は患者のQOL向上に向けて多様な役割を担っています。近年では「日本障害者歯科学会認定歯科衛生士研修ガイドライン」に基づく研修制度も整備され、専門性の高い実践が求められています。

障害者歯科における歯科衛生士の専門的役割

著:nishiyama /

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1.障害者歯科の特性とニーズの把握

障害者の口腔管理においては、通常の歯科診療と比較して「行動管理」「医療的配慮」「コミュニケーション支援」などが必須となります。例えば、認知特性に応じた説明方法や、不安感を軽減するための環境調整などが必要です。歯科衛生士は患者一人ひとりの障害特性を把握し、それに応じたケア計画を立案・実施します。

2.歯科衛生士の基本的な職務

2-1. 口腔衛生指導とメインテナンス

障害を持つ患者はセルフケア能力に制限があることが多く、歯科衛生士の支援は不可欠です。歯磨き方法の工夫や補助具の選定、家族・介護者への指導は、口腔清掃の質に直結します。

2-2. 行動観察と情報収集

非言語的な反応を読み取り、歯科治療に対する恐怖や不安を早期に察知することも歯科衛生士の役割です。また、患者の既往歴、服薬内容、生活背景について医師や家族と連携し、医療的安全性を高める役割も担っています。

3.チーム医療における協働

障害者歯科では、多職種連携が診療の質を左右します。歯科医師、看護師、介護士、言語聴覚士、作業療法士などと連携し、患者にとって最適な歯科ケアを模索することが大切です。
歯科衛生士は口腔衛生の専門家としてチーム内での情報共有を主導し、予防的アプローチに貢献します。

3-1.専門的知識と技術の習得

「日本障害者歯科学会認定歯科衛生士研修ガイドライン」では、以下のような知識・技術の習得が求められています。

障害者歯科における歯科衛生士の役割
① 障害者に対する基本的姿勢、(対本人・保護者・その他の関与者との信頼の構築)
② 障害者歯科診療補助、(障害別特徴の把握と注意点を理解し診療上の安全確保)
③ 歯科保健指導と予防処置、(口腔機能訓練を含む。個々の環境で適切な実施)
④ 情報管理、(歯科医師・連携診療・障害者施設・学校との架け橋)

指導指針:信頼関係の構築に必要な人に向かう姿勢を指導、障害者歯科における歯科
衛生士の役割の貴重性と責任の重大性を認識させる。

これらを現場で実践することで、歯科衛生士としての専門性を高めると同時に、障害者の健康保持にも貢献できます。

※日本障害者歯科学会認定歯科衛生士研修ガイドライン 3、障害者歯科における歯科衛生士の役割より引用

4.歯科衛生士による重症心身障害児(者)の口腔衛生管理について

認定歯科衛生士を目指す者も多い中、日本障害者歯科学会認定歯科衛生士は、358 名(2018 年 12 月現在)います。一方、認定数の多い歯周病認定歯科衛生士は 1,119 名(2018 年 10 月現在)で、障害者歯科の認定数はその 1/3 となっています。

荒木、合場らは、重症心身障害児(者)と介助者に対する具体的な口腔衛生管理法,対応について調査を行いました。
対象者は千葉、東京、埼玉県内にあるリハビリテーションセンター、心身障害者口腔保健センター、障害者歯科診療所に勤務する歯科衛生士で、

①障害者歯科に携わるうえでの考え
②口腔衛生管理の実態
③口腔機能管理の役割
④歯科衛生士としてのやりがいについて

の4項目を中心にインタビューが行われました。

以下では、インタビュー内容を簡潔にまとめています。

① 障害者歯科に携わるうえでの考え
歯科衛生士の多くが、障害者歯科に従事する初期には知識や技術の不足を感じ、不安を抱くことが多いようです。そうした課題は、経験豊富な同僚や他職種との相談を通じて解決し、知識と対応力を高めていることが分かりました。

② 口腔衛生管理の実態
歯科衛生士は、患者や保護者の負担に配慮しながら、安全な方法で口腔ケアを行っています。診療中は姿勢の工夫や声かけを行い、開口器などを使用して安全を確保しています。保護者に対しては、無理のないケアの継続ができるよう指導を行っていました。

③ 口腔機能管理の役割
経験豊富な歯科衛生士でも、摂食嚥下に関する教育内容が十分でなかったと感じており、自己学習を通じて知識を補っているようです。障害者の生活における口腔機能の重要性を認識し、学び続ける姿勢がうかがえます。

④ 歯科衛生士としてのやりがい
患者の成長や保護者からの感謝の言葉にやりがいを感じており、診療環境や多職種連携を通じた支援の積み重ねが、成長や達成感に繋がっていることがうかがえます。

※ 日本口腔保健学雑誌 第 9 巻 第 1 号:50-57(2019)
調査研究
歯科衛生士による重症心身障害児(者)の口腔衛生管理の実態
The current state of oral hygiene management of children (persons)
with severe mental and physical impairments by dental hygienists
荒木 萌花,合場 千佳子 より引用

5.今後の展望と課題

障害者歯科における歯科衛生士の活躍は、ますます重要性を増しています。一方で、診療報酬制度の整備、研修機会の地域格差、施設間の情報連携不足といった課題も残ることでしょう。今後は政策的な支援と共に、現場の実践知を基盤とした教育体制の強化が必要と考えます。

まとめ

障害者歯科の現場は、多くの創意工夫と共感を必要とします。
その中で歯科衛生士は、単なる補助者にとどまらず、「口腔を通じた全身の健康支援者」としての役割を果たしています。専門性を高める継続的な学習と、多職種との連携を通じて、誰もが安心して受けられる歯科医療の実現に寄与することが期待されています。

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著者紹介

nishiyama

歯科大学歯科衛生士学科卒業後、小児患者や障害者の歯科診療体制や、歯科恐怖症患者について学ぶため歯科大学付属の専攻科へ進学し口腔保健学学士を取得。その後は小児歯科専門歯科医院にて勤務。歯科衛生士ライターは「歯科に苦手意識を持っている人が媒体を通して理解し、歯科を身近に感じることで歯医者に行ってみよう」という気持ちになることを後押ししたいという思いから学生時代に始めた。