第6回 自己増殖型歯科医院を目指して(最終回)

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経営関連コラム 第6回「自己増殖型歯科医院を目指して(最終回)」 渡辺慶明 氏

 これまで5回にわたり、自己増殖型歯科医院経営を実践するために「スタッフが自ら行動するにはどうしたらよいか?」「医院の現状、経営の実態を把握するためには計数管理をどのように行ったらよいのか?」というテーマで実際に行ったコンサルティングを例に本稿を書きすすめてきた。前回に続き、本来であればコンサルティングの成功例から読者の皆さんに「働きがいのある給与体系作成システム」、「実力重視のスタッフの昇級査定システム」、「目標達成のための予実績対比システム」、「わかりやすい自費プレゼンテーションシステム」などの事例をそのソフトを交え説明していきたいところだが、誌面の都合上、割愛させていただく。   今回は最終回ということなので、本稿のメインテーマである「自己増殖型歯科医院経営」について私論を述べさせてもらおうと思う。

価値観の変化

昨今のメディアに目を通すと、戦後日本の歴史の中でこれほど価値観の激変している時代はないことが分かる。私たち日本人が長い期間をかけて築いてきた価値観がもののみごとに壊れてしまった。 戦後日本は高度成長に支えられ、人々はモノに関しての執着を極め、大衆は豊かになった。しかし、その一方で個人としての尊厳や、自由、規律といったごく当たり前のことがどこかへ押しやられ、極端な拝金主義がバブル経済を引き起こした。その結果、山一証券に始まり長銀、日債銀といった社会基盤の雄だったものを次々と破綻に追い込んだ。エリート中のエリートの集まる組織が次々と崩壊したり、高学歴さえあれば良い生活ができると思って大企業に入った人たちがリストラされいるのは、かつての価値観が通用しなくなった良い例である。政治家をはじめ先生と呼ばれる人になりたいと思う子供達は極端に減ってしまった。今まで、ああなりたいとか偉いとか思われていた価値が崩れてしまい、現代人は何を指針に生きてゆくか迷っているのが本当だろう。かく言う私にしても同様だ。 ここで、人は本当の価値というものを探し始めている。それに呼応するかのように企業は旧来の価値観を自ら壊して、新しい価値の創造に取り組んでいる。ではその新しい価値とはなんだろうか。一言で言えば、「本物」であり、「正しいもの」ということになろう。 「本物」とは、真実を追求した結果得られるものである。そして、真実は「正しいもの」であることが前提なのだ。つまり、人の生き方において本物を極め、そのために正しいやり方をするということだ。しかし、これには大きなリスクがつきまとうことも確かだ。本物を極める以上、他人から非難中傷を受けることもあるだろう、それが達成されるまで金銭的な困難がつきまとうかもしれない。やもすれば自分の周囲から人がいなくなってしまうかもしれない。それでも本物を極めていこうとする人のみが大きな目標を達成することができるのだ。

職業としての歯科医師

歯科界にも同様の変革が起こりつつあるように私は感じる。前述したように価値観が崩壊することにより従来の権威(官僚、政治家、先生、医師など)も崩壊してしまった。 この権威の崩壊は、つまるところ「上からモノをみる」のではなく、「下からモノをみる」価値が重要視されてきたことを表している。 したがって、患者からみた歯科医師に対するイメージも「先生」ではなく、自分に対し特殊な技術・知識を身につけたサービスを提供してくれる人というように変わりつつあり、患者やスタッフからみた「歯科医師」は「偉い人」ではなくなってきている。このようなことを言う以上、批判されるのは覚悟の上だが、これは至極当然のことなのだ。 なぜなら、多くの歯科医師は医療人としてだけではなく「職業としての歯科医師」であるからだ。職業に偉いとか、偉くないという価値観は存在しないと私は思っている。もし、医療人という概念だけで歯科医師をできる人がいたら本当にすばらしいと思う。医療人という概念だけで診療するということは、極端に言えば自分の技術を、患者から一銭の報酬も受け取ることなく、日々施し続ける人ということになる。しかし、人に生活がある以上こういう人はいないはずだ。もちろん医療人としてのモラルをなくしてはいけない。 これからは、精神的な医療人としての歯科医と、サービス提供(医療技術提供)者つまり職業としての歯科医がバランスよく共存する歯科医師にならなければならないことを真剣に考えなければならない時代に入ったと思うのである。 では、バランスのとれた歯科医師の一方の部分である職業としての歯科医師としてどうあるべきなのだろうか? 職業である以上、提供したサービスに対し報酬をとることは当然のことである。報酬をとる以上、顧客のニーズにあったサービスを適切な価格で誠心誠意提供してゆくこと。この2点につきると私は思う。 この2点を達成するためには、安定した経営は絶対に欠かせない要件となる。安定した経営のためには、常に相手の立場にたって考えることができなくてはならないし、無駄を省いた合理化をしなければならない。信頼できるスタッフも育てなければならない。そのためには長期のビジョンや、事業計画、予算計画、資金計画、人事計画など、従来企業が当たり前のように取り組んできた事項について、歯科医院もまた取り組まなくては生き残っていけなくなってしまったと言うことだ。 こんなことを書くと、「医は仁術」であり、そんな利益を追求する企業とは違うと反論する人があるかもしれない。繰り返すが、歯科医師として医療人のモラルは無くしてはいけない。しかし、職業としての歯科医師を考えずに医院を経営してゆくことは不可能になりつつあるのだ。この点をはっきり歯科医師(とくに院長)が認識しないと、ある時は医療人であったり、ある時は職業としての歯科医であったりして、「言っていること」と「やっていること」が矛盾してしまい、患者やスタッフからの信頼が得られない。当然医院自体もうまくゆかなくなってしまう。読者の皆さんにはこの点をもう一度考えてもらいたいと思っている。

新しい価値の創造

価値が変化したと述べてきたが、一般企業ではこの価値変化にどう対応しているのだろうか。一般企業は価値変化に対応するため、すごいスピードで今まで築き上げてきたものを自ら壊し、再構築(リストラクチュア)している。そうでないと生き残っていけないからだ。 例えば、今や自分の企業を成長させる要素は自分の会社では保有していない。製薬会社を急成長させる新薬の開発は自分達が持っていない研究分野の会社(ベンチャー企業)に頼らざるを得ない。一昔前であれば、製薬会社はそのベンチャー企業をお金でいとも簡単に傘下に納めることができただろう。しかし、今ではその会社とパートナーシップをもって提携してゆかかなければ、新薬を開発できないのだ。つまり、企業経営者は従来の資本主義の価値観を捨て、新しい価値を創造し始めたのである。これは、情報化社会のコア(核)が知識とスピードであることに由来する。

知識型社会の到来

産業革命後20世紀後半まで、労働力は資本(お金)で買うことができた。しかし、いまや情報化社会のコアである知識は人の頭の中にある以上、お金では買えない時代が到来した。経営学者のP.Fドラッガーはこれを知識型社会と命名している。 知識型社会におけるマネイジメントはオープンでなければならない。と同時に、対等な関係つまりパートナーシップを築くことが必要である。 つまり、目標を達成するためには常に自分の強みと弱みを理解しそれをオープンにでき、弱みをパートナーシップで補ってもらわなければならない。この関係では上下はあり得ない。また、支配するものも、支配されるものもあり得ない。そこで、企業経営者は旧来のヒエラルキー(階層組織)を自ら壊し、新しい組織や顧客に対する価値観を構築し始めている。さらにインターネットはこのような仕組みをさらに加速させている。 私も、本稿を書く中で、見知らぬドクターからメールを受け取ることがある。私は医院経営について知っている限りのことをそのドクターにメールを通して伝えることができる。 私はそのドクターの開業場所もどんな人かも知らないが、そのドクターの抱える医院経営についての問題を知ることができるのだ。これは、あくまでもネット上で、真実が語られていればの話だが。 このように、これからは相手がなにを望むか、相手にとっての価値は何か、目的は何か、成果は何かでマーケティングをしてゆかなくてはならない。 医院でも同じことだ。スタッフを旧来の従業員というカテゴリーで扱っては「自ら動くスタッフ」として育たない。院長はそのスタッフにとって、自分の医院に勤める価値は何か、目的は何か、成果は何かをいつも考えてゆかなくてはならない。 1日の中で、人は多くの経験をし、知識を得ている。しかし、その個人の経験や知識だけで物事を判断したり、やろうとするより、スタッフが同じ時間で経験してきたことや知識をあわせることでより共通の価値観のある高度な判断や行動がとれる。こうすることで、スタッフが共通の価値観を築き、新しい院内の文化を構築することを私は過去のコンサルティングを通して身をもって体験してきた。これこそが知識型社会の到来を示すものなのである。

患者にとっての価値

一方、同じ意味で患者にとっての価値は、供給者(医院側)にとっての価値や質とは違うものであることがある。医院では患者を.満足させようとする{上からのモノの見方}。しかし、肝心なのは患者が.満足すること{下からのモノの見方}である。 ある医院での出来事だが、衛生士がいつものように患者のために口腔内カメラを使い治療前にいかにブラッシングがされていないかを説明した。そして、患者に今後きちんとブラッシングをするよう促した。すると患者は「そんなことはわかっています。だから治療に来たんじゃないですか!」と言い、チェアを立って帰ってしまったというのだ。衛生士は何が起こったか理解できず立ち去る患者を見ながら立ちつくしていたというのである。 このことから分かるのは、医院側では、患者の普段のケアに価値観をおいていたのだが、患者側では、普段ケアが行き届かないからきれいにしてくれることに医院の価値観をもっていたのである。このように、医院サイドで患者さんがどうしたら満足するのかと考えるのではなく、患者が本当は何を望んでいるかを十分に理解する必要がある。もちろん、前述の例で、そんな患者は自分の医院に来なくても良いと思っているなら別だ。ただ、職業としての歯科医であれば、できる限り多くの患者さんを診ることが患者のニーズを的確にとらえる機会を与えてくれていることを忘れてはならないはずだ。 医療を食べ物屋と比較するのもなんだが、高級割烹料理店のような経営をしたいと思っている歯科医も多いと思う。つまり、1日の客数(患者)はあまりとらず、自分の吟味した最高の食材(技術・サービス)を最高の値段で提供するような。しかしそのような店はよほど他の店との差別化がされていないとやっていけない。なぜなら、最高の食材(技術・サービス)を最高の値段で出すのは当たり前だからである。当たり前である以上誰でもできるのだ。逆に、最高の食材(技術・サービス)をできるだけ安価で提供するのが求められる価値なのである。そのためには、あらゆる努力をしなければならない。そこに本当の意味での新しい価値の創造が必要になってくるのだ。 歯科医院の場合は、利益を上げることが最終目的ではない。利益は職業としての歯科医が生活するために必要なものであって、余剰なものは人材の育成や自己投資するべきである。それがひいては患者さんに還元される。しかし、利益が無ければ、生活もできないし、自己投資もできない。結果患者さんに対し還元されるものはない。 このように、これからは新しい価値を医院経営の中で築きあげることが求められる。 そのためには、これからの10年間、20年間で歯科界がどうのようになっていくか想定しておく必要がないだろうか?

これから歯科界で起こること

1.アウトソーシング(業務の外部委託)企業がでてくる 2.女性歯科医の勤務医が増える 3.保険者(保険組合)が強大化する 4.任意保険が導入される

アウトソーシング企業がでてくる

いままでもレセプトの請求事務については、事実上アウトソーシングされていた。 しかし、これからは、受付業務、経理業務、人事業務に関してはますます外部委託が進むと思う。受付業務は医院本来の治療技術に関する部分と切り離して考えることができる。つまり、より専門性をもったサービス提供ができる人材が育ちやすいからである。経理業務につても、今までのように税理士任せではなく、給与計算や日次・月次といったレベルで処理をしてくれた上で、アドバイスをくれるような企業が出てくるだろう。そして、ドクターは治療に専念することができるようなる。

女性歯科医の勤務医が増える

今後歯科大を卒業してくる人の4割は女性である。従来は女性というだけで開業医は嫌い、女性歯科医はなかなか勤務する場所がなかったのが実状である。しかし、これからは勤務医の高い給与が望めない中で女性歯科医を使うドクターが増えるだろう。もちろん、そのためには女性歯科医の勤務しやすい環境を整えることが必須条件とはなると思うが。 例えば、短時間勤務が可能であったり、託児所を持っていたり、審美的な診療に特化していたり、復帰研修などが整備されているなど。逆にそうした職場環境をそろえることのできた医院には比較的安い賃金で女性歯科医が勤務することになろう。

保険者が強大化する

保険者は今や瀕死の状態にあることは周知の事実である。このため、保険者は基金や国保から送られてきたレセプトをさらに厳しくチェックしている。また、今年に入っては高齢者負担の支払いを拒否する保険者も現れた。これも、支払う側の財源が枯渇し始めているからである。米国では保険者の集合体ともいえるHMOが強大な権力をもっている。 すなわち、医療機関に対し、各症例ごとの処置内容を厳しく審査し、給付の範囲を超えていれば医療機関に費用を支払わないなどということもある。日本もマネジドケアの導入など欧米型の医療保険が論じられているが、いずれにしても保険者は自らの生き残りをかけ強大化せざるを得ない。また、現行の制度を維持する以上厚生省も後押しするはずだ。

任意保険の導入

これは保険者の問題とも関連するが、現在の組合保険や国保では財政が破綻してしまうため、どこかの時点で任意保険を導入せざるを得なくなるだろう。今後は厚生省としても、保険者が破綻してしまったのでは制度の維持ができない。 また、患者は自己負担が増えてくるので、過去にあった日産生命や明治生命の歯科保険とは違った形での任意保険に加入するようになるだろう。

自己増殖型歯科医院を目指して

前述した、類推される点についてどのように対処してゆくのが良いかは皆さんと一緒に考えていきたいと思う。実際は相当なスピードでいろんなことが起こるような気がする。ことに及んでは、自らの現状を踏まえ、予測される将来に備えておくことが大事ではないだろうか。 さて、ここまでいろんなことを書いてきたが、要するに医院の目指すビジョンを明確にし、新しい価値に対応した院内文化を築き、医療人としての歯科医師と職業としての歯科医師のバランスをとりながら、安定した歯科医院経営をしてゆくことが自己増殖型歯科医院と定義できる。そうした歯科医師が一人でも多く世の中で活躍することを祈らずにいられない。私自身もそうした先生方のお手伝いができればと思う。最後になるが、読者の皆さんからは励ましのメールなどを数多くいただいた。今後は、当社のホームページをご覧頂き、質問などあれば遠慮なくメールしてもらいたいと思っている。

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