第32回 イリノイ州立大学歯学部にて大学院講義―マラッセの上皮遺残の幹細胞―

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シカゴオヘア空港から成田空港に向かうNH11便にて帰国途中である。わざわざ便名を書くわけがある。今回、初めて便名に使われているNHの意味を知ったからです。NHの略を知っている人は多いのでしょうか?ANAグループは本年創立60周年を迎える。民間航空機会社を作ることを夢にして、1952年にヘリ2機で創業を開始した。その時の名前が「日本ヘリコプター輸送」この日本のNとヘリコプターのHをとってNHとなっている。創業当時の企業理念を忘れないためとも聞く。その後、待望の航空機を購入し、日本の東側の国内路線の定期便の認可が下りて、1957年に社名を全日本空輸と改称、翌年、西側の定期便を持っていた極東口腔と合併し、全国19都市を結ぶネットワークを完成させている。1986年に、悲願の国際線定期便へ進出、それまでは、国際線は、海外航空会社か日本航空しかなかったということになる。 もうひとつ、今回知ったことがある。成田空港までは、いつも成田エクスプレスを使っているが、渋谷駅に早く着いたことから、一本早い成田エクスプレスに乗れることがわかった。そこで、成田空港までの切符を変更してもらおうと、駅員に尋ねると自動券売機で切符の交換ができるという。実際にできたのだ。こんなことも私は知らなかった。どれぐらいの人が知っているのだろうか、私が無知なのかどうか不安になってきた。

今回は、シカゴにあるイリノイ州立大学・歯学部・口腔生物学講座の教授Thomas Diekwisch先生(Tom先生)から大学院の講義シリーズの一コマをお願いされて、シカゴに招待された。イリノイ州立大学の歯学部では、大学院生向けに、先進的な学問を教える講義のシリーズがいくつかあり、その中の一つの「Enamel」の講義シリーズの中で「Enamel Tissue Engineering」の講義が要望となっていた。 Tom先生とは、研究の領域が似ている。我々のグループがヒトの歯小嚢から採取した細胞を培養すると、細胞の形が異なるいくつかの細胞が存在することを突き止めた(論文1)。そこで、それらの細胞たちの解析をしている時に、Tom先生のグループはマウスの歯小嚢から採取した細胞の中に、形態の異なる3種類の細胞がいることを、我々より先に発表した。TOM先生との最初の出会いは、その後のIADRで、歯小嚢の論文のことを尋ねたことから始まった。「ヒトの歯小嚢組織では解析しているのか?」と尋ねた。 その後、2年前にQuintessenceから発行されている Oral&Craniofacial Tissue Engineeringの雑誌の中で、ドイツのクリスチャン先生とTom先生と共同で「periodontal tissue engineering」の特集を組んだ。そして、サンディエゴのIADRにて、3人で昼食を取りながら、その特集について話をした。そんな時に、今回の講義の話を頂いた。 一方でTom先生もエナメルの研究に従事している。彼が1989年に発表したHertwigs Rooth Sheathの論文は私の教科書となっている。Tom先生にエナメルの講義を頼まれて、断ることは考えもしなかった。ちょうどその時、マラッセの上皮遺残の上皮幹細胞を何とか見つけようとしていた時なので、講義までに、我々の仮説を明らかにしたいと強く思っていた(論文2)。 マラッセの残存上皮については以前にも、コラムで紹介しているので、第28回のコラムも参考にしてもらいたい。ここではその研究の続きにもなる。 マウスの胎児が生まれた後に、長い月日、マラッセの残存上皮を観察していると、日が経過するとともに少しずつ、その上皮群の大きさが大きくなるようである。大きくなるということは、その上皮群の中の細胞が分裂していることになる。マウスの歯根の発生を観察すると、生後10日目において、ヘルトビッヒの上皮鞘が断裂し、歯根表面に4−5個の上皮が細胞群を作っていることが観察できる。これが、マラッセの上皮遺残である。生後30日ぐらいになると、上皮細胞の集まりは、十個ぐらいになる。90日ぐらいになると、20−30個の上皮細胞に増える。しかし、その上皮群の数は日を追うごとに減少していることが分かった。つまり、マラッセの上皮遺残の上皮群の数は減少するが、その一つの群を構成する細胞数は増える。ということになる。また、他の研究グループからも同様に、マラッセの上皮群を構成する細胞数が増えることと、その群のなかで、アポトーシスが起きていることが報告されている。細胞数は増えるが、アポトーシスも起こしている。さらに、上皮群の数も減る。これは、矛盾した現象ではないか?これはいったいどういうことだろうか?という疑問が、この研究の始まりとなっている。 私の推測は、マラッセの上皮遺残の上皮群の中に、上皮幹細胞が存在し、ゆっくりと細胞分裂を起こしている。分裂した細胞の片方は、上皮幹細胞として残り(自己複製能)、もう一方は、ゆっくりと分化し、最終的には、アポトーシスが誘導され、消える。といった、通常の細胞生死のシステムがこのマラッセの上皮遺残の中にもあると考えた。言い換えると、消えていく上皮群の中には、幹細胞は存在しない、上皮群が大きくなる場合は、その上皮群の中に、幹細胞が存在する。これは、まさに今考えられている幹細胞システムと同じことになる。一般に、幹細胞システムは、幹細胞が、自己複製能によって、自分と同じ幹細胞と、非対称分裂によって、一時的増殖細胞(Transient amplifying cells; TA細胞、または前駆細胞)を作り出す。この一時的増殖細胞が、分化することで成熟分化細胞になると考えられている。 早速、マラッセの上皮遺残にも、この幹細胞システムの存在を明らかにすることを始めまた。まずは、組織学的にKI67陽性細胞を観察すると、生後32,90,270日において、マラッセの上皮遺残のなかにKi67陽性となる増殖期の細胞が確認された。次に、アポトーシスをTUNNEL法にて生後32、90、270日に確認すると、すべての時期において、TUNNEL陽性細胞が確認できた。最後は、上皮幹細胞です。さて、上皮幹細胞はどうやって確認しましょうか? 前述したように、幹細胞システムは、幹細胞とTA細胞と成熟分化細胞に分けられる。成熟分化細胞の大半は細胞増殖能を失っていると考えられている。一方で、幹細胞は極めて高い増殖能を示しすが、通常は、ほとんどの幹細胞が静止期にあると思われている。これに対して、TA細胞は、活発な増殖期にあり、やがて、成熟分化細胞に分化し、細胞死により消失する。このような幹細胞とTA細胞の増殖性の差を利用して、組織中の幹細胞を特異的に標識する方法として、label retaining cells (LRCs)標識法が考案された。この方法では、胎生期または出生直後に核酸アナログ(Bromodeoxyuridine;BrdU)を短期間投与して、細胞分裂中のDNAに取り込ませ、数か月間放置したのちに組織を取出し、核酸アナログを取り込んだ細胞を抗brdU抗体で検出する。この方法で標識されたBrdU陽性細胞は、静止期にある幹細胞と同定することができるわけです。TA細胞はBrdUを取り込んだ後に、細胞分裂を繰り返すことで、徐々に核酸アナログが薄まるので、標識されません。 今回、我々は生後2,3,4日のマウスの腹腔内にBrdUを投与して、生後10,32,90, 270日において、マラッセの上皮遺残内にてBrdU陽性細胞を検出することに成功した。つまり、上皮幹細胞の存在を明らかにすることができたことになる。従来、マラッセの上皮遺残は静止期の状態にいると考えられていたが、その上皮群は幹細胞システムによって、細胞のターンオーバーが行われていることになる。 マラッセの上皮遺残内に上皮幹細胞がいることになれば、もちろん、ヘルトビッヒの上皮鞘、サービカルループ内にも上皮幹細胞が存在していることになる。どこにいるのでしょうかね?また、この上皮幹細胞システムによるターンオーバーはどうして、生体の歯根膜の中の必要なのでしょうか?何らかの大事な機能を持っているに違いありません。 研究は仮説を1つ明らかにすると、それにともなって1つ以上の疑問が湧いてくる。研究に終わりがないとよく言われますが、本当に、そのように実感します。

写真1:Department of Oral Biologyの研究室の前にて、Thomas G.H. Diekwisch先生(中央)と筆者(右)University of Illinoi at Chicago. 2012年12月

写真2: フォーサイス研究所のオフィス棟のフロアーには,iPadがきれいに陳列されていた。 マラッセの上皮遺残は、経日的にその大きさが大きくなる。 左から生後32日のマウスの歯 生後90日のマウスの歯 生後30日の歯根膜内のマラッセの上皮遺残 生後90日の歯根膜内のマラッセの上皮遺残。

写真3: BrdU陽性細胞(赤)が検出できた。左:生後30日のマラッセの上皮遺残。 右:生後90日のマラッセの上皮遺残 緑:ケラチン陽性の上皮細胞、赤:BrdU 青:核染色、d:象牙質

参考文献 文献1:Stem cells isolated from human dental follicles have osteogenic potential.Honda MJ, Imaizumi M, Suzuki H, Ohshima S, Tsuchiya S, Satomura K.Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod. 2011 Jun;111(6):700-8. 文献2:Cellular turnover in epithelial rests of Malassez in the periodontal ligament of the mouse molar.Oka K, Morokuma M, Imanaka-Yoshida K, Sawa Y, Isokawa K, Honda MJ.Eur J Oral Sci. 2012 Dec;120(6):484-94.

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