第20回 「培養皮膚」の完成

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 20年ぶりに歯学部の組織学の講義に出席しました。組織学は顕微(ミクロ)解剖学と呼び、肉眼(マクロ)解剖と区別しています。講義室に入ると、そこは、とても新鮮で懐かしく思えました。生徒の姿勢はわれわれと変わっていませんでした、特に後の席の学生は。

 今回のコラムでは培養という技術を用いて増殖させた培養細胞がすでに臨床応用されている培養皮膚の話をさせていただきます。   皮膚の表層は上皮細胞で覆われています。昔の授業を思い出してください。上皮組織では細胞間質が少なく、密に連結した一枚のシート状の細胞群といえます。皮膚の上皮は重層扁平上皮で角化しています (図1)。一方で、口腔内の粘膜上皮は角化していません。角化重層扁平上皮は結合組織に面している方から基底細胞層、有棘細胞層、顆粒細胞層そして角化細胞層となっています。そして、皮膚の上皮幹細胞は基底細胞層に存在していることが現在ではわかっています。

図1 皮膚の構造

 

 培養皮膚の完成までの道のりは、まずハーバード大学医学部のGreen教授らによる研究が始まりでした。彼らは、培養している表皮細胞を顕微鏡で観察している時に新しい現象を発見しました(1)。表皮細胞が、混在している繊維芽細胞より勢いよく増殖しつづけていたのです。表皮細胞を培養する際には、通常、皮膚を表皮と真皮にわけ、表皮細胞だけを培養するのですが、完全に真皮と表皮を分離することは困難で繊維芽細胞が表皮細胞に混入します。表皮細胞と繊維芽細胞を同時に培養すると、繊維芽細胞の増殖能が高いことから、結果として上皮細胞は増殖できず繊維芽細胞だけが増殖します。このことからこれまで表皮細胞のみを培養することは難しいとされていました。しかし、正常の皮膚由来のものではなく、ネズミの腫瘍から採取した3T3-J2とよばれる特殊な繊維芽細胞と表皮細胞を共培養すると、3T3-J2細胞が表皮細胞の増殖を妨げずに、積極的に表皮細胞を増殖させることがわかりました。この大発見により、あらかじめ細胞を培養するシャーレの表面に3T3-J2 細胞を播種して放射線又は制癌剤によって3T3-J2細胞の細胞分裂を停止させた後に表皮細胞を播種すると、3T3-J2細胞上で表皮細胞だけが増殖し培養することができることになりました(図2)。一般に共培養に用いられるこのような細胞のことをフィーダーレイヤーと呼んでいます。更に実験を進めると、ヒトの表皮細胞も3T3-J2細胞と共培養することで、増殖が可能であることがわかりました。

図2

 

 さらに、この培養方法の特徴は、表皮細胞がシャーレにいっぱいになった後(コンフルエント状態)にも、さらに増殖を続けて重層化することです。したがって、約20日培養を続けると、表皮細胞は約5-6層に重層化して薄いシート状の構造を作り上げます。そしてこのシートはシャーレから剥離できる機械的強度を持っているのです。

 現在ではこの完成した培養表皮シートを体の皮膚欠損症例に移植することに成功しています。即ち、このシートを使うことで全身熱傷などの広範囲表皮欠損症例に対して、十分な移植組織の確保が可能となるわけです。具体的には切手大の皮膚より全身を覆うほどの移植組織が培養によって作製できるといわれています。このような培養表皮移植の長所として、少量の細胞から大量の移植組織が作製できることです。現在では、培養皮膚の研究は全世界で行なわれるようになり、表皮だけのシートでなく真皮層を組み合わせたものも考案されており再生医学の最先端分野となっています。

 現在、日本ではジャパンティッシュエンジニアリング(J-TEC)社がこのフィーダーレイヤーを用いる技術によって作られる培養表皮シートの製品化を進めています。 また、われわれもこの手法を使って歯の上皮細胞を培養していますので、この研究の話は次回させていただきます(2)。

 参考文献   1) Rheinwald, J. G., and H. Green. Formation of a keratinizing epithelium in culture by a cloned cell line derived from a teratoma. Cell 6:317-30. 1975 2) Honda, M. J., T. Shimodaira, T. Ogaeri, et. al. A novel culture system for porcine odontogenic epithelial cells using a feeder layer. Arch Oral Biol 51:282-90. 2006

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