Dentwave編集部より:
スタッフの退職が続いたとき、どうして辞めてしまうのか、何がズレていたのか。その理由を正確に捉えるのは、簡単なことではありません。
今回の記事では、開業から10年目の渡部先生が実体験をもとに「辞めない・育つ組織」への転換点を語ってくださいました。「医院を“みんなのもの”に変える」という言葉には、先生ご自身の葛藤と実践が込められています。
マネジメントに悩んでいる方はもちろん、これから医院を成長させていきたいと考える先生方にも、ぜひ読んでいただきたい内容です。
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「また辞めた…」を防ぐために ― “わたしの医院”から“みんなの医院”へ ──過去の自分に伝えたい、マネジメントの転換点 ―

あのときの違和感に気づき行動していたなら・・・
歯科医院の経営で最も難しいと感じてきたのは、「人」に関わることでした。
私は新潟市郊外で開業して10年になりますが、3年前に経験した出来事は、今でも忘れられません。
スタッフ数が10人を超えた頃から、チームとの距離に違和感を覚えるようになりました。開業当初は、昼休みに全員で食事を囲み、新しい挑戦にも一体感をもって取り組んでいました。しかし、人数が増えるにつれて会話は事務的になり、院長としてどこか“壁”のようなものを感じ始めていました。
それでも「医院をもっと成長させたい」という想いから、私はセミナーや学会活動など外部に目を向け、院内の小さな違和感には目をつむっていました。そんな中、新卒から育ててきたスタッフ3名が退職を申し出、さらに3名が産休に入る事態に。現場は人手不足に陥り、残ったスタッフも疲弊。医院の雰囲気は急速に悪化しました。
辞める本当の理由は、価値観のズレだった
退職が相次いだ頃、私が何を発信しても以前のような反応は返ってきませんでした。
以前は、私の熱量に共感して「やってみましょう!」と前向きな声が自然に上がっていたのに、当時は「院長が決めたから仕方なくやる」という空気が漂っていたのです。
退職の背景を探るため、スタッフと「なぜ辞めるのか?」をテーマに、ループ図を使って原因を可視化してみました。すると、経営者である私、創業時からいる中堅スタッフ、新人スタッフの間に、仕事に対して求める価値観にズレがあることが明らかになりました。
10人という人数を超えたあたりから、年齢、性別、職種、ライフステージの異なるメンバーが集まるようになり、医院の中に多様な価値観のスタッフが混在するようになっていたのです。価値観のズレはある日突然生じたものではなく、少しずつのすれ違いから気づかないうちに次第に大きくなり、組織全体の歯車を少しずつ狂わせていたのでした。
「わたしの医院」から「みんなの医院」へ
私はどこかで、「どうせ育てても、また辞めてしまうのではないか」と考え、スタッフの育成よりも自分自身の成長にばかり時間とエネルギーを注いでいました。
しかし、急激な人手不足により、受付やメインテナンス業務まで自分でこなさなければならない日々が続き、さらに妻の入院という家庭の事情も重なって、心身ともに限界を迎えました。そんな状況になりついに、「一人でなんとかする経営」を手放すことを決めました。
最初に行ったのは、勤務医として5年目のスタッフに、No.2として医院経営に参画してもらうよう依頼することでした。彼女は大学の後輩であり、価値観が異なると感じていたため、それまでは弱みを見せて頼ることができずにいました。意外にも彼女はそれを引き受けてくれて、はじめは対話をしてもすれ違いが続いていましたが、時間をかけて率直に話す機会を重ねるうちに、少しずつ互いの考えや背景を理解し合えるようになっていきました。
やがて、私にとって彼女は、それまで一人で抱えていた責任や想いを「共有できる相手」となり、彼女をはじめとしたスタッフにとっては「自分たちの声を聞き入れてくれる院長」として、少しずつ新たな信頼関係が育まれていきました。
一人一人がすれ違い、嚙み合わなくなっていた組織の歯車が、ゆっくりと、しかし確実に噛み合い始めた瞬間でした。
私は自身で手放していた「スタッフへの信頼」を持ち直し、間違いを訂正し、弱みを認め、小さな信頼を積み重ねることで、「わたしの医院」から「みんなの医院」へと、変化の一歩を踏み出すことができたのだと感じています。
採用から退職までを“設計”する
“みんなの医院”への変革を進めていくなかで、私たちが取り組んだのは、
「うちの医院は、どんな価値観で動いている組織なのか?」
という問いを、スタッフと一緒に時間をかけてみんなが納得する言葉にしていくことでした。
それまでは院長である私の想いや感覚が“暗黙知”として存在していましたが、積極的に共有してはいませんでした。しかし、組織が拡大し、多様なメンバーが集まるようになり、そうした価値観の存在すら知らないスタッフも多く存在していました。それらを“言語化”し、誰もが理解できる言葉として共有する必要があると強く感じていました。
上記はいわゆる MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とも言われます。開業当時から存在はしていましたが、実際には形骸化しており、日々の判断や行動に生かされてはいませんでした。そこで私は、この3つの中で、特にメンバーに深く関わる**バリュー(価値観)**の再構築をスタッフとともに行っていくことにしました。まずは当院のバリューを人事理念と行動指針に分け、コアメンバーを中心に何度も対話を重ねながら、スタッフとともにスタッフが自分たちで納得できる言葉を作り上げました。
人事理念や行動指針を作り上げていく過程で、合わないと感じていたスタッフは自然と離れていきましたが、逆に共感する新たな仲間との出会いが増え、少しずつ医院の空気が変わっていきました。
この経験を通じて私が強く実感したのは、
採用から育成、評価、報酬、そして退職に至るまでの流れを一本のストーリーとして設計することの重要性です。
そして、そのストーリーの“背骨”となるのが、共通の価値観であるバリューなのです。
これは私がMBAの学びの中で得た HRM(人材マネジメント) の視点でもあります。これを医院経営に取り入れたことで、以前のような家父長的なリーダーシップで築いていた“集団”から脱却し、状況に応じたリーダーシップスタイルで作り上げる“チーム”へと変化していきました。
組織は“自然には育たない”
医院という組織は、成長とともに変化していきます。
そのとき、リーダーである院長自身の役割もまた、変化していく必要がある──それを私は身をもって学びました。
スタッフ数が増え、価値観が多様になり、院長一人の力ではすべてを把握しきれなくなる。そんな変化の波が押し寄せたとき、ひとりよがりのマネジメントや、リーダーシップでは、組織をチームにまとめて前に進めていくことはできませんでした。
医院を“わたしの医院”から“みんなの医院”へと育てていくためには、
スタッフを信頼すること、暗黙知を言葉で共有して形式知にすること、そしてそれにみんなを巻き込んで取り組んでいくことが重要です。
「あのときの違和感にしたがって行動していれば…」と思う瞬間も、ありました。
けれど、この経験があったからこそ、自分も医院も、真の意味で変化・成長することができたのだと今は感じています。
もし今、読者である先生が、スタッフとの関係や医院の空気に小さな違和感を覚えているとしたら、それは組織が成長するための“変化のサイン”かもしれません。
医院も、組織も、変わることができます。そしてそれを始めるのは院長自身です。
大切なのは、変えられなかった過去を悔いるよりも、
「これからどうありたいか」という未来に目を向け、いま変化すること
その一歩を踏み出す院長が、そしてその一歩によって幸せに働ける歯科医療者が、一人でも多く生まれることを、心から願っています。
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