第3回 スタッフが動いた

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経営関連コラム 第3回「スタッフが動いた」 渡辺慶明 氏

前回までのあらすじ

 A歯科医院のコンサルティングをはじめた私は、スタッフ自ら考え行動するような仕組みを作るため、スタッフ自身に考えさせ、医院全体の共通の価値観を作ることができるような会議を主催するように院長に依頼した。 その会議では本音で話ができるようルールを定め、今までになく活発な議論ができた。 院長には、会議に望むスタッフの気持ちや、会議の進め方を理解してもらった。 また、事前に記入してもらったコンサルティングシート1(6月号参照)「自分が勤務したい医院の条件」と「自分が治療を受けたい医院の条件」を集計し、その双方のなかで優先順位をつけ、できることをまとめるようスタッフに依頼した。

スタッフ自ら考えたエチケットリスト

 これまでの会議を通して、スタッフは自分が行きたいと思う歯科医院を具体化してゆけば、自分たちが望む職場環境もつくれるということをある程度理解したようだ。 そのためには自分たちでルールを作り、自分たちで実行してゆくことが大事であり、人に言われてやるのは誰でも気が進まないもので、また達成感も感じられないということがようやくわかり始めたのを私は感じた。 そこで後日、私は行きたい医院の条件の4番目にランクされている清潔な病院を実現するためには何が必要であるかを院長を交えスタッフ達と打ち合わせた。 その結果、Cさん(衛生士)からは「感染しやすい場所をランク付けして特定する」、Dさん(歯科助手)から「院内のエチケットリストを作る」という意見が出てきた。 Cさん(衛生士)の提案は少し専門的な知識が必要になるので、A院長と相談の上、資料を集め、Cさんが中心となってまとめることとなった。 また、Dさん(歯科助手)の提案については、どうしてDさんがエチケットリストを作ろうとしたのか聞いてみた。 「Dさんのイメージするエチケットリストはどんなものですか?」 「えーと、外食レストランのトイレに行ったときに見たんですけど、何時に、誰がここを掃除したかチェックしてあるやつです。」 「ああ!私もみたことある」 「はじめて見たときにこのレストランはすごく清潔な感じがしたんです。」 「つまり、院内に同じようなリストがあれば患者さんに同じ気持ちになってもらえるということですね。」 「はい」 「じゃ、どうしてそのレストランでのエチケットリストを作ったのかその訳を考えてみたらどうかなあ」 「たぶん、いつも掃除を忘れてしまう場所なんじゃない」 「それか、掃除した人に責任を持たせるためかも」 「お客さんへのアピール!」 いろんな意見が出てきた。 ここで読者のみなさんにも考えていただきたいのは、様々なメディアを通して紹介されているいわゆるノウハウををその意味も理解せず、ただ院内に持ち込んでいないだろうかということだ。 つまり、スタッフに何の目的の為にこのエチケットリストを作るのかということを考えさせずに、ただノウハウとして院内に持ち込んだらどうなるだろうか? たぶん最初は、言われたことだからやるでしょう。でも、そのために残業しなければならないとしたら、スタッフは手を抜き始めます。また、それが何のために行われているかがわからないために、サービスの質が一定でなくなります。つまり、DさんとCさんの作業の仕上がり状況に差が出てしまうことになる。 みんなで話し合った結果、A歯科医院でエチケットリストを作る理由は

1.常に清潔のレベルを保つため 2.常に清潔のレベルを保つため 3.常に清潔のレベルを保つため

 となり、誰の為に作成するのかという対象者は

1.患者さん 2.自分たち

ということになった。 また、評価の対象は院長先生に週に1度リストに基づきレベルが保たれているかチェックしてもらうことにした。

実際の作成手順

 では、スタッフ達と私が進めた具体的なエチケットリストの作成手順をここで紹介しよう。作成にあたっては上記の理由と対象者に留意できるような作業手順を私の方から提案した。

スタッフが進めたエチケットリスト作成の手順

1.院内の図面を簡略化して画く 2.チェック場所を区分してブース分けする 3.ブースごとにチェックする項目をすべてカードに書き出す 4.患者さんの動線を書き込む 5.患者さんの目線で実際に目に付くところをあげる 6.チェックする項目の優先順位を決める 7.チェックすべき項目の作業時間を書き出す 8.チェックするタイミングを決める 9.リストにして各場所に置く

1.院内の簡略図 これは読者のみなさんの場合医院を設計した図面が残っていればそれを応用してもらっても良い。無ければ簡単に書き起こしてもらいたい。このときに留意するのは水廻りと空きコンセントの位置を記入すること。これは後述する実際の作業時間を考える時に大きく影響してくるからだ。

2.チェック場所を区分してブース分けする 待合室、受付、患者さん用トイレ、玄関、チェア、スタッフルーム、準備室、院長室など各場所を区分してブース分けする。このブースはスタッフが朝または診療後に掃除をする場合、一カ所のコンセントから掃除機が届く範囲を最大の単位とした。これは、カウンセリングの結果、掃除は大きく分けて、掃除機、ぬれ拭き、から拭きの3つに分かれており、そのうち頻度の高いのが掃除機を使用したものであったため。もし、ぬれ拭きの時に水廻りからの距離がこの範囲を越える場合はその範囲をブース単位としても良い。

3.チェック項目のカードへの書き出し このブースの中で自分が患者だったら、清潔さを保ってもらいたい場所や物を各自にあげてもらい、そのすべてをカード1枚1枚に記入してもらった。カードを利用するのはスタッフがお互いに相談せず、現在自分がこのブースで行っていることや、本来やるべきだと思っていることを記入してもらうためだ。この作業で、他のスタッフがここのブースをどんなふうに掃除しているのかお互いに知ることになる。たとえば、自分はトイレの鏡をいつも乾拭きしているが、他のスタッフはぬれ拭きしているなど。

また、この時点では、まだ優先順位はつけていないことに留意されたい。なぜなら、スタッフにはまず患者さんの立場で考えてもらっているからで、実際に自分が作業することを想定させていないからだ。これは、自分が掃除をする事を想定すれば大して気にならないという判断が働いてしまい、瞬時に患者から院内のスタッフへと思考が切り替わり、チェックする場所が甘くなってしまうのを避けるためだ。

4.患者さんの動線 これは私の方で提案した。一般的に患者さんは院内をうろうろすることはない。したがって、患者さんの目につくところが優先順位が高いところであって、極端に言えばスタッフルームや院長室の掃除は月に1回すればよいということもありえる(ただし、従業員の快適な職場環境を重点的に考えればまた違った結果がでるだろうが)。

5.患者さんの目線で実際に目に付くところをあげる 実際に各自に患者さんだと思って院内を歩いてもらい、どこに目線が行くかを調査した。

6.チェックする項目の優先順位を決める 3で記入したカードのどれが4の患者動線、5の患者目線を考慮した結果、一番大事なのか優先順位をつけていった。この作業は、スタッフの掃除に対するの共通価値観を築くことになる。つまり、A歯科医院でのエチケットリストに基づき行われる作業の質(クオリティー)を一定にすることができるのだ。

7.チェックすべき項目の作業時間を書き出す やるべき項目(抽出されたカード)が決まったたら、その作業にかかる平均時間をカードに書き加える。これは、清潔さには際限がなく、たとえば先ほどのトイレの鏡を例にとると、「ぬれ拭きのあと抗菌剤をかけ、さらに曇り止めをしたあと乾拭きする」などということになってしまうことがある。確かにその方がいいに決まっているが、実際の作業時間を考えると鏡一枚に15分などということになってしまう。この場合の解決方法は2つある。1つはコストをかけてでも抗菌曇り止めの鏡に交換してしまう。もう一つは、日常は乾拭きにとどめ、月に1回の作業とする。つまり、患者さんサイドでの要求と今度は実際のスタッフの作業量を考慮しなければ、限られた時間内での作業として完了しない。

したがって、この作業時間の記入で朝の30分の間にいかに効率的に院内を清掃したらよいかをスタッフ全員が考えるようになる。

ここで、院長先生に理解してもらいたいのは万一コストをかける結論がでた場合どうするかということである。このコストは惜しむべきでないと私は思う。もちろん法外なコストは無理だとしても、スタッフ自身が考えた結果のコストであれば、スタッフ達もそのことを理解し、空いた時間で他の効能をあげようと自然に努力するはずだから。それを、コストのかかることはすべてダメということになれば、スタッフは結局「患者さんのため」という大義名分のもとうまく使われているだけで、自分たちの職場環境のことなんか院長は考えてないんだということになってしまう。

8.チェックするタイミングを決める 次に、チェック箇所の汚れ具合を考え、どれくらいのタイミングで作業をするかを決めてもらった。これは、汚れてもいないのに掃除するのは意味がないからだ。また、診療の空き時間を利用してできる作業もある。朝やること、夜やること、診療空き時間中にやること、週末にやること、月末にやることなど、これらを日々チェックできるようなリストにまとめ上げ、A歯科医院エチケットリストとした。

参考までに、できあがったエチケットリストの一部を紹介しておく。 ちなみに、◎は朝、■は夜、△は診療の空き時間に行うようになっている。 また、リストは各ブースごとに作成し、各ブースに備え付けた。

考えた証

読者の皆さんにはエチケットリストの項目の表現に注視してもらいたい。たとえば、一番最初にでてくる{ゴミは捨てたか?}という表現だが、普通こうしたリストを作ると、ただ単に{ゴミ箱}と場所やモノを記載する場合が多い。では何故A歯科医院ではこのような表現になったのだろうか? これは、前述したエチケットリストを作る理由の3番目に出てくる“忘れないため”と誰のために作成したのか“自分達(スタッフ)のため”が反映された結果である。つまり、エチケットリスト作成していく過程でただ単に{ゴミ箱}と記載したのでは自分達が何をどうするのか忘れてしまうということになった。ではどうすれば良いのか。最終的に考えた出したのがこのような<行動そのものを織り込んだ表現にする>ことだったのだ。 A歯科医院で他のマニュアルやノウハウにない独自のエチケットリストの作成ができたことは本当にスタッフが自ら考え行動することが実践された証である。

実際の運用

さて、できあがったエチケットリストを院長先生のところへもって行き、チェックしてもらった。 「すごいのができたね!」院長は笑顔でうなずき、できあがったリストに目を通した。 「ええ、でも実際にやってみたら不都合なところもあると思うんです。その時はまた、みんなで再度チェックし直すつもりです。」そう言ってスタッフは退室した。 「先生、今回の作業では皆本当によくやってくれたと思います。」 「実際、うちのスタッフがここまでやるなんて思ってもみませんでしたよ!」 「あとはこのエチケットリストを院長先生が1週間に1回曜日を決めてチェックするようにしてください。」 「わかりました。これでいつも医院はきれいになってるわけだ。」 「そうでもないでしょう。しばらくするとわかると思いますが、このエチケットリストも作業のひとつになり、本当はやってないのにやったというサインをするようなこともあると思います。そのときは、先生が何故やってないのかと怒るのではなく、自分たちで決めたことを守れないのはどうしてか?と叱るのが一番良いでしょう。また、運用はあまりきつくならないようにする方が賢明です。人間誰しも息の詰まるようなものは耐えられませんから。」 「確かにそうですね。じゃ“僕がいつも見ているよ”という気持ちが伝われば良いのですね。」 「そうです。それでいいんです。スタッフ達はやっていないのは自分達であることを一番良く知っているはずですから。」 「なるほど。」 「まさに、これこそが自分たちで決め、自分たちで行動することに他ならないのです。さて、今回は行きたい病院の4番目にランクされている清潔な病院をテーマにエチケットリストを完成させましたが、このあと提案シートの中の痛くない病院や受付の応対が良いなどのテーマに取り組んでいきましょう。きっとすばらしい医院になると思いますよ。」 「そうしましょう。」院長は満面の笑みで答えた。

今回のポイント

・現場が一番患者さんの気持ちを知っている! ・頭で考えず、実際に現場を再現しよう! ・ノウハウはその意味を理解してから導入しよう! ・決まったリストの運用は厳しくしない

コンサルティングシート3

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