第1回 はじめに

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経営関連コラム 第1回「はじめに」 渡辺慶明 氏

 私が歯科医院の経営コンサルティングをはじめて、はや10年になる。その当初は税務申告に関するものや、新規開業に関する書籍や論文がほとんどであった。しかし、急増する歯科医院の中で医院を存続させることが難しくなってきた5年程前から多くの歯科経営に関する本が出版されるようになった。本誌もこの時期に創刊され、実に機を得た発刊だと感心したことを覚えている。

 この歯科医院急増の原因は、昭和40年代に厚生省から出された昭和60年までに人口10万人あたりの適正歯科医師数50名を確保するために、大学の新設や入学定員の増加をはかったことにある。しかし、昭和58年には目標は達成され、今度は逆に将来の歯科医師過剰が問題となり、平成7年度から歯科大の入学定員を減らし、歯科医師の新規参入を20%削減する策(昭和60年厚生省健康政策局歯科衛生課監修「歯科医師数を考える」)をとらなくてはならなくなったことは、周知のとおりだ。

 この結果、5年ほど前から「他の医院との差別化」や「患者管理のためのリコール」などが声高にいわれ始め、歯科向けノウハウ本に多く登場するに至った。

 ところが、こうした旧来型の「医院サイドからみた経営改善」は通用しなくなってきた。それというのも企業がモノを作れば(企業側の価値観)売れる時代から、顧客が求めるモノ(顧客側の価値観)を作らないと売れない時代へと、価値観そのものが逆転してしまい(顧客指向の企業経営)、今や歯科経営にもこの顧客(つまり患者)指向の荒波が押し寄せてきたと判断できるからだ。

 このシリーズでは特にこれから到来するであろう患者指向を中心に、やる気・思いやりといった抽象的な表現ではなく、私が過去に携わったコンサルティングクライアントの実話をもとに、具体的な方法論を会話形式ですすめていきたいと思っている。

 但し、クライアントとの守秘義務に基づき医院名・人物等は架空のものとさせていただくことをご了解願いたい。

 それでは、皆さんもコンサルティングを受けている気持ちで読み進んでいただければと思う。

 第1事例

自ら考え、行動するスタッフはこうして作る 私は、ある日A歯科医師からこんな手紙をもらった。 「拝啓いかがお過ごしですか? ─中略─ 最近スタッフの動きが悪く、特に患者さんのキャンセルがでた時など空いた時間に掃除や次の治療準備などをするように指示しているのですが、私の思う通りに動いてくれません。また、リクルート雑誌がスタッフルームに置いてあり、衛生士がやめたがっているようです。私としては3年間一緒に仕事をしてきたスタッフですので、率直な意見を聞くつもりなのですが、何か良い方法があったら教えてください。」 A歯科医師は都内近郊に開業して3年目、チェアは3台、スタッフは衛生士1名、歯科助手2名で治療にあたっている。診療時間は午前9時30分から午後1時、昼休みをはさんで午後2時から午後7時までの診療である。 私は早速院長に電話を入れた。 「もしもし」 「ハイ、A歯科医院です。」 「私はコンサルタントの渡辺ですが、院長先生はおられますか?」 「ハイ、ちょっとお待ちください。」 電話の応対はキチンとしているのだが、どうも声に元気がない。イヤイヤやっている感じだ。私は手短に院長に伺うスケジュールを打診し、〇月×日に伺うことにした。 〇月×日午後7時。 私が伺った時は、まだ診療中だったので、待合い室で診療が終わるのを待つことにした。 待合室を見回すと、壁に国保の保険証の変更案内が貼られていたが、その端は切れてボロボロの状態であった。また、よく見るとそれはなんと去年の案内。観葉植物プラントも置かれていたが、その土の表面には枯れた葉っぱや、ゴミがたまっていた。 30分程待ってようやく診療が終わり患者さんがでてきた。続いて院長先生が「ヤー待たせてしまってすみません。これから後かたづけですので、奥の院長室の方へどうぞ。」と屈託のない笑顔ででてきた。 私はうながされるままに、院長室へ。 通りすがりに、スタッフ達に挨拶し、スタッフも会釈でかえした。スタッフについては開業時に、院長先生と一緒に面接したので、顔や名前はわかっている。 「ごぶさたしています。開業当初は大変お世話になりました。あのころは無我夢中で走っていた感じで、ようやく医院も落ち着いてきたと思ったら、今度の手紙に書いた様な有様です。」 私は挨拶もそこそこに本題へ入った。 「院長先生、スタッフの動きが悪いとのことですが、具体的にはどういうことですか?」 話を要約すると次のようになる。 最近どうもスタッフがうまく動いてくれない。自分が目をくばっている時は良いのだが、目をはなすと本を読んだり、スタッフ同士でぺちゃくちゃやっている。 また、目に付いたときに注意をするが、その後のスタッフとのコミュニケーションが悪くなり気まずい思いがする。さらにいちいち注意をすると診療に身が入らず、非常に疲れるというのが院長先生の悩みなのだ。 私はこの話を聞いて、次の点を指摘した。

1: スタッフの動きの悪い原因は何か  ・院長はスタッフになにを求めているのか?  ・スタッフが自分のやるべき業務を理解していないのではないか?

2: 目をはなしているとだらけてしまう  ・逆に、スタッフ達は見られている時、なぜ仕事をしているのか?  ・院長はスタッフに誰のために仕事をしているか理解させているのだろうか?

3: 注意すると気まずい思いがする  ・院内コミュニケーションルールが定められていないのではないか?

4: 全体として、努力をした成果がスタッフ達に還元されているか?  では具体的な話に入りましょう。

 「院長院長先生、最初に唐突なことを聞くようですが、院長先生はスタッフにどんなことを期待しているのですか?」 「そうですね、まず業務を完全に理解して、医療人としてのモラルをもって患者さんに接してもらうということでしょうか?」 「難しい言い回しですね。おそらくスタッフに今の言葉を伝えられたとしてもほとんど理解できないのではないでしょうか?」 「そうかな。そんなに難しいことでしょうか?当たり前の事ではないですか?」 院長先生はここで考え込まれてしまいました。つまり、ご自身では当たり前と思っていることが何故スタッフに伝わらないのかを院長先生自身が理解していないからです。 当たり前のこととは何でしょうか?これは院長先生の価値観でモノを見たときの話です。つまり「私の考え方は正しいからその価値観にあなたも従いなさい。」ということなのです。 ひと昔前までは、それでとおりました。もちろん病院の最高責任者は院長ですから「私の価値観」の押しつけがいけないとは言いません。しかし、今日のように価値観の多様化している時代では、院長が自分の価値観を押しつける以上、スタッフには1から10まで指示しなければなりません。

ビジネストレンド

一般企業の事例

かつて流通革命をおこしたダイエーが、いま大きく変わろうとしている。 ダイエーでは中内氏の強烈なカリスマのもと、戦後の高度成長期をものすごい勢いで成長してきた。 しかし、その急成長の陰で、1兆7000億円を越える巨大な債務を抱える企業になってしまった。それは、社員が「難しいことは、会長に任せておけば、会長が何とかしてくれる。とにかく会長の言う事を忠実に実行すれば良いのだ」という企業風土こそが仇になり、今日のダイエーになってしまった。 昨年、オーナーであった中内氏は引退した。その引退表明で、自らの半生を振り返って「今日のダイエーがうまく行かないのは、私の存在そのものだ。」という言葉であった。 まさにこの一言こそ、従来的価値観が変わり、新しい仕組みが必要になったことを示している。 歯科医院経営も全く同じである。開業すれば患者がくる時代から、患者が医院を選ぶ時代になったことを再認識し、スタッフを自ら考え行動できる人材に育成する必要に迫られている気がするのだが……。

 「院長先生、当たり前のことがスタッフにつたわらない以上、何からなにまで指示しなくてはならないのですから毎日疲れますね!」 「そうなんですよ。当たり前のことを自分から気づくようになってくれるとすごく楽なんですけどねー…。」 院長はふっと何かを思いだしたように、宙に目を走らせた。 私が過去に携わった多くの医院の院長が同じ事を言う。つまり、スタッフが自ら自分の分身のように考え、行動してくれたらと思うのだ。 これは、理想であるが現実は不可能である。なぜなら、経験や育ってきた環境が違う以上、全く別の人格を持つ個人であるからだ。では、どうしたら自ら考え・行動できるスタッフを作ることができるのか? それは<当たり前の事をスタッフと一緒に考え・共有する> ことです。 つまり、自分の価値を押しつけるのでなく、スタッフと一緒になって、医院全体の価値観を築くことなのです。これができれば、スタッフは自ら定めた価値観に従い行動するわけですからいちいち院長が指示する必要はなくなります。その意味では、スタッフも顧客の一人であるという認識を持つことが大切です。 私は、1つの提案を院長にした。 「院長先生、皆がもっとわかりやすいように今の話を分解してみましょう。第1に院長先生の言われる業務はきちんと明文化されていますか?」 「開業当初にミーティングをした内容がそれにあたるかもしれません。」 「ならば、それをスタッフ達主導でマニュアルの形に仕上げてみてはどうですか?」 「しかし、マニュアル作成なんてやったこともない仕事がスタッフにできるでしょうか?」 「できますよ。何故ならすでにスタッフは現場でこなしているからです。但し、そこに共通の価値観、つまり何故その仕事をしなければならないか?を作らないと、ただの業務表になってしまいますが。それと、院長先生自身も必ず出席して方向性を示すようにしなければなりません。」 「わかりました。それでは次回にスタッフも同席できるよう話しておきましょう。」 「院長先生、そのときの会議ではどんな発言があってもかまわない雰囲気作りが必要です。よく行われる医院の会議のように院長が気にいる返事を探すような会議では意味がありません。ですから多少院長の耳が痛い内容の話が出ても、それを理由に現行の給与やその他の待遇に影響させないことをスタッフに約束して下さい。」 「わかりました。」 私は帰り際に、次回の会議日を院長先生と決め、院長先生にはご自身が悩まれた「当たり前のこと」をもう一度文章にまとめてもらうことにし、スタッフには「自分が治療を受けたい歯科医院」の条件と「勤務したい歯科医院」の条件を記入できるシートを渡し、次回の会議までに各自作成してくるようお願いした。また、そのシートの記入に当たっては、院長との約束を明記し、スタッフ自信の価値観で書いてきてくれるよう依頼した。

今回のポイント

・スタッフは自分の思ったとおりには動かない ・ 院長が当たり前と思っていることは伝わらない ・価値観を押しつけではなく、医院全体の価値を築く ・スタッフが本音で語る会議の開催する

 コンサルティングシートNO1

 ≪勤務したい歯科医院の条件・治療をうけたい歯科医院の条件≫  このシートの左側に自分が勤務したい歯科医院の条件を10個記載して下さい。 また、右側には自分が治療を受けたい歯科医院の条件を10個記載して下さい。 なお、このシート記載に当たっては院長先生にどんなことを記載しても給与や待遇に影響しないことを約束してもらっています。 遠慮しないで気楽に書いて下さい。

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