第7回 次世代のための輝かしい日本の歯科界5:チタンの生物学的エイジングの発見が生体材料学の教科書を書き変える

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生物の成立にリンは不可欠と考えられてきた。DNAなどを構成するのにリンは不可欠は元素であり、そしてDNAがなければ生物体は成立しないからである。しかし、先週、12月第1週の科学雑誌サイエンスに、リンの代わりにヒ素を使う生物が発見されたというのだ。そしてそれは、カリフォルニア州の湖に住む細菌から発見された。生物の概念を覆す発見として米国でも大きく取り上げられた。

生体材料は、時間が経過してもその能力は変わらないと考えられてきた。生体材料を扱うのに、新しいだの、古いだのの概念はなく、またその前提がなければ、現在行われている市場での、販売形体も成立しない。しかし、昨年、チタンがもつ骨との結合能は、時間とともに低下することが発見されたというのだ。そしてそれは、カリフォルニア州のある大学からの発見であった。生体材料の概念を覆す発見として世界の常識となりつつある。

冒頭から、すこしおどけて書いてみたが、前回まで詳しく述べてきたチタンのバイオロジカルエイジングの発見は、この最近のニュースととても位置づけが似ていてことに私も驚いた。さて、今回は、月並みなことであるが、必要は発明の母であり、そしてその発明が発展につながるというお話をしたい。すなわち、これが歯科界の発展につながる一つの重要な突破口であるということである。このことがインプラントの世界で起きていることであり、過去数回にわたりお話させている話題であるチタンのバイオロジカルエイジングである。今回はそれがインプラントの世界、いやチタンの世界を越えて、それが生体材料において常識を覆す発見であることお話ししたい。

親和性レベルの定義とこれまでの分類 図1(クリックで拡大表示)

ではまず、読者の皆さんに質問をなげかけてみたい。生体適合性(バイオコンパティビリティ)の観点から、チタンは何に分類されるだろうか?生体適合性には3段階の分類があり、高い方から順番に、生体活性(バイオアクティブ)、生体不活性(バイオイナート)、生体許容性(バイオトレレンス)となる。図1を見ていただければわかるが、生体活性とは、ホストである生体の分子、細胞や組織と積極的に生物学的に好ましく作用しあうことであり、反対に、生体許容性(バイオトレレンス)とは、材料が生体と負の作用を起こすがそれが生体の許容の範囲にあり、生体材料の機能を著しく阻害する反応には至らないということである。両者の中間的な存在である生体不活性(バイオイナート)な材料とは、生体と作用を起こさないということになる。さて、質問にもどるが、チタンはこれまで生体不活性(バイオイナート)として分類されてきた。45年前のオッセオインテグレーションの発見以来、一貫してそうであり、言い換えるとそれがオッセインテグレーションのメカニズムであると説明されてきた。チタンはその表層に自動的に形成される酸化チタン層が化学的にみて極めて安定であるために、生体と何の作用も起こさないと考えられてきたのある。もう一度繰り返すが、オッセインテグレーションの発見以来、45年間、この説明に誰も何の疑いも示さなかった。

親和性レベルの定義とこれまでの分類 図2(クリックで拡大表示)

しかし、過去数回のコラムで詳細に述べたように、チタンのバイオロジカルエイジングの発見によって、新鮮なチタン面は、積極的にたんぱくを吸着し、さらに細胞をひきつけることが明らかとなった。4週以上時間が経過したチタン面と比較すると新鮮チタン面の能力は3-5倍に及ぶ。つまり、新鮮なチタン面は生体の分子や細胞と正の作用を起こしていることが新たにわかったのである。これまで、人類が対象としてきたチタン片、あるいはチタン製のインプラント材料は、充分に老化していたため、それらを生体と何の作用も起こさない材料と勘違いしてきたのである。我々のチームの研究にて、チタンは、それが新鮮面である場合という条件付きで、生体活性(バイオアクティブ)であるというが新しい定義が生まれたのである。ただし、充分に時間経過したチタンは、引き続き生体不活性(バイオイナート)の材料として残ることも付け加えたい。まさに生体材料の教科書は、図1から図2に書きかえられたのである

これらのチタン材に関する定義の改定は、すでに生体材料学における権威のある科学雑誌に複数認められていて、生体材料界におけるいくつかの歴史的ブレイクスルーをもたらした。一つ目は、整形外科あるいはデンタルインプラントの治療方針決定に直接関わるブレイクスルーである。図2にあるように、もしチタンが生体活性(バイオアクティブ)として位置づけることができるならば、それはHAと同じ働きをすることになる。HAはその表面荷電の特性により、たんぱくや細胞を引き付けるという作用をもつ。このことが、HAが生体活性材料に分類されている理由であり、この特性により、一部の日本の臨床家は、HAコートインプラントを使用する選択をする場合もあるのである。しかし、チタンが新鮮であって、生体活性に分類され、HA使用の長所を併せ持つことになれば話は別になる。このことは、比較材料学的に見て大きな進展であると同時に、今後のインプラント材の選択方針に大きな影響をもたらすことになる。現在使用しているチタン材が、コーティングなどの表面修飾をせずに、ただ単に新鮮にするだけで、バイオアクティブになるのならば、コーティングによってもたらされる負の要素である乖離や分解の心配をしなくてすむのである。感染に対する抵抗性も増すことが予測される。

次は、生体材料は時間とともに不変という常識を覆した点である。単純に言い換えると、この発見は、インプラント学やチタン学を越えて、生体材料学の教科書に時間というパラメータ、有効期限という概念を書き加えたということである。つまり、チタンという材質に何か修飾を加えたりしたわけでなく、通常管理の状態で時間が経過すれば、生体親和性が大きく変わるからである。チタンの生物特性は、形状、化学性状によって決定されると考えられていたが、時間の考慮なくしては、その把握ができなくなったのである。さて、ここから先は、本コラムシリーズの佳境に入っていくことになる。医学における対処法はほぼすべての場合2通りしかない。問題が生じた場合、それを予防するか、元に戻すかである。いずれにしても、必要は発明の母であり、それに背いたり、無視していては、発展は望めないということを申し上げて、次回に続けたい。

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