第2回 心の豊かさと健康教育

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歯科衛生士の役割は、ムシ歯や歯周病を発症させないことです。そのためには知識や技術はもちろん、慢性感染症の専門家として生活習慣病の倫理学を学び健康教育できることが必要不可欠になってきています。しかしこのような働きをすることが歯科衛生士の役割であると認識されるにはまだまだ時間がかかるのかも知れません。   それゆえ私の偏見かもしれませんが、「臨床経験者」「子育て経験者」などの歯科衛生士に雇用者は過大な期待を持っているように見受けられます。私はある歯科医師から「長岐さんは子育ての経験があるから、親御さんや子どもとのコミュニケーションが出来ている」と言われたとき、経験しているから出来るという評価にムッ!!ときた事を覚えています。何故ならば、子育ての経験をしても何も学ばない親だってたくさんいるし、その経験がなくても素晴らしいコミュニケーションを持つ人はたくさんいます。    また、歯科衛生士は歯科医師の指示のもとで仕事をしていきますが、患者さんの誤ったプラークコントロールや悪い生活習慣を改善していくには、担当である歯科衛生士自身の考え、指導方法があるものです。この成果を一言で「モチベーション」と表現されますが患者さんのモチベーションを高めるには、コミュニケーション能力と倫理学が必須なのです。 つまり、自分自身の経験などから得られた基本的な考えをしっかり持っている人を、雇用者・歯科医師が見極め評価すべきであり、教育制度にも組み込まれていく必要があるのです。   ●ここで一つの事例を紹介していきます。  T君5歳。上顎前歯部6本はすでに残根状態。上下左右の第一、第二臼歯は根治が必要。待合室でも騒ぎ、ユニットにはなかなか座らないし、実に落ち着きのない患児。  話し方や落ち着きのない行動をとる彼を、私は知的障害児?とも思ったほどだ。しかし、彼の生活環境を知ることにより私の取るべき役割と方向性は決まった。  T君の父親は日本人、母親は日本人ではない。だから母親に彼の口腔内状況を説明しても伝わらないことがたくさんある。母親は仕事をしているため、祖母がT君を歯科医院に連れてくることもある。祖母の話す言葉は方言訛りで、私にも理解できない。こんなにも言葉や文化の違う生活環境の中で初めての子育てはT君の母親にとってはかなりストレスであり、解らないままただひたすら子どもを愛し育ててきたのだろう。T君の落ち着きの無さ、ムシ歯だらけの口腔内という結果がまさにそれを物語っている。    もちろん彼の今の状況では治療はできない。まずはユニットに一人で大人しく座れるようになることを目標とした。私はまず彼とのスキンシップから始めた。例えば名前を呼んで手を広げ抱きしめる。「私はT君が好きだよ。」こんなメッセージが伝わるスキンシップとコミュニケーションだ。  数回目には、彼は一人でユニットに座れるようになった。しかし、まだ落ち着きがない。ユニットのライトを勝手に触る。人の手からミラーを奪い取る。ここから私は彼に厳しくしつけを始めた。勝手にライトを触っていたずらすると、「T君、歯医者さんには先生と衛生士さんだけしか触れないものがあるんだよ。解る?」「うん」勝手にミラーを奪ったときも「黙って獲らないで、貸してって言ってからでしょう」「か・し・て」。子育てには「しつけ」が必要なのだ。もちろんこの間、ムシ歯についての話(病因論・予防方法・生活習慣についての説明)をしながら少しずつ母親へも知識を教えていく。    トレーニングを始めてから5回目に治療が出来た。左上D・E二本を麻抜した。その日は3歳の弟と祖母の三人で来院した。いつものように彼は独りでユニットに座った。麻酔をするときも一つ一つ説明し、私は彼のそばを離れなかった。時々不安がる素振りは見せたが、ゆっくり話しかけ今日はどんなことをするのか説明すると彼は大人しく治療を受けた。無事治療は終わった。  夕方、勤務先から母親が医院に電話をかけてきた。わが子がきちんと治療を受けられたか心配しての状況確認の電話だった。私は「とても上手に治療を受けましたよ。いっぱい褒めてあげて下さいね。」と伝え、母親と一緒にT君の成長振りを喜んだ。    このような一連のトレーニングは、「臨床経験者」「子育て経験者」なら簡単に出来る事なのかも知れません。しかし、次のステージである健康教育をしていくにはやはり経験値だけではなく、倫理観が必要だと私は考えています。  T君6回目の治療。今日は右上D・Eの麻抜。今日は母親と来院してきた。名前を呼ぶと一人で入ってきたもののやや母親に甘え、「ママも。」と一緒に診療室に入るよう駄々をこねた。私は「上手に出来て終わったらママを呼ぼうね」あくまでも親子分離のスタンスをとった。前回同様麻酔をしたが、今日の彼は泣いた。しかし、暴れたり騒いだりはしていない。このまま治療は出来る。しかし、彼の母親はT君の泣き声が聞こえたらしく診療室に入ってきた。私は彼女に目で合図した。「大丈夫ですから待合室で待っていてください。」一旦は顔を引っ込めたもの彼女にはわが子の泣き声を聞くに堪えられないらしくついに「T君、頑張って。ママここにいるよ。Tは偉いものね。おやつ食べてもブクブクうがいするものね」訳の解らない励ましの声かけを始めだした。あげくの果てには「甘いもの食べたら歯磨きちゃんとするんだよ」「このムシ歯治せばもう大丈夫だからね」などなど・・・。  治療が無事終わると母親は息子を抱きしめ「ママちゃんとT君のそばにいたからね。頑張ってムシ歯退治できたね。」私は多少泣いても、T君が一人で治療を終えられた達成感を味わいさせたかった。「一人でできる!」自信をつけさせたかった。しかし、母親はわが子が可愛そう、可愛いばかりに愛情の意味を履き違えてしまっているのです。    今後彼が聞き分けの無いことを言ったとき、結局この母親は目先のことだけから彼の我まま(要求)を受け入れてしまうのでしょう。ある母親にこんな質問をされたことがあります。「どうしてうちの子(6歳)は泣いて嫌がって治療が出来ないのでしょうか?」  私は少々辛口と思いながらも「お菓子が欲しいよと、ダダをこね、我慢できない子が、黙って治療できると思いますか?」と答えたことがあります。その母親は素直に「そうですよね・・・。」と納得していましたが。    ムシ歯だらけの患児の口腔内を見ると「愛情と厳しさ」のもつ意味を私は気づいてもらうコミュニケーションを図りながら歯科治療・予防を通し心身ともに健やかになる健康教育を実践していこう!それが私の使命だと感じているのです。 そしてこれからは単にバイオフィルムの除去が出来るだけではなく「心の豊かさ」を提供していくことが出来る歯科衛生士が求められていくのではないでしょうか。

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