第27回 歯根膜組織由来および歯肉組織由来の間葉系幹細胞‐その2‐

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 今週の東京は冷え込みますね。道の傍らに寄せられた雪も融けないですね。今回は前回の続きとなり,歯根膜と歯肉のお話です。 今までに,歯根膜の線維芽細胞と歯肉靭帯を形成する線維芽細胞の比較実験の報告は多いです。中でも今回注目される結果は,アルカリフォスファターゼの活性とコラーゲン産生能を比較すると歯根膜が歯肉よりも高いということです。では,今はどのように解釈されているのでしょうかというのが,このコラムの話となります。 話を少し戻します。間葉系幹細胞という言葉がまだ定義されていない時代,筆者がまだ大学院に入る前です。筆者は30歳に博士課程に入りましたから,15年ぐらい前になります。既に歯根膜組織内の細胞の培養は可能でした。歯肉の結合組織由来の細胞も培養可能であり,歯根膜組織由来の細胞には石灰化形成能があるが,歯肉組織由来の細胞には石灰化形成能は無いと考えられていました。成体の組織を考えると歯根膜の細胞はセメント芽細胞や歯槽骨の骨芽細胞に分化することから石灰化形成能はある。しかし,歯肉の結合組織由来細胞は,歯肉内で石灰化することは無いことから,石灰化能は持たないということで,培養実験と成体の現象は一致しています。しかし,ここ数年それが一変したのです。 今回のトピックは,歯肉の結合組織内にも間葉系幹細胞が存在し,その間葉系幹細胞は石灰化能を持つようです。15年前の常識が覆されてしまう報告が次々と出てきてました。

  2009年に「Immunomodulatory properties of human periodontal ligament stem cells 」の論文が出されました。その結果を見ると,歯根膜由来の細胞と歯肉由来の細胞に対して骨芽細胞と脂肪細胞への分化を試みています。この実験では,歯肉由来の細胞は骨芽細胞にも脂肪細胞にも分化しないことが示されています。しかし,同年に発表された「Mesenchymal stem cells derived from human gingiva are capable of immunomodulatory functions and ameliorate inflammation-related tissue destruction in experimental colitis」では,歯肉組織由来の細胞は骨細胞にも脂肪細胞にも分化するようです。しかし,その細胞を移植した時には,硬組織形成は認めませんでした。歯根膜組織由来の細胞はハイドロキシアパタイトなどの材料に混ぜて移植すると硬組織形成能を持つことが知られています。  2010年「The lamina propria of adult human oral mucosa harbors a novel stem cell population」が出されました。歯肉の粘膜固有層由来の細胞は軟骨細胞,骨芽細胞,脂肪細胞に分化し,移植すると石灰化組織が形成されることをレントゲンにて確認しています。同年,「Multipotent progenitor cells in gingival connective tissue」も発表され,歯肉組織内の線維芽細胞には石灰化形成能は無いが,歯肉組織内の未分化な細胞には石灰化形成能が観察されたようです。  これらの事象を確認するために,抜歯した歯に付着する歯肉組織から採取した細胞中に培養条件を変えることで,骨芽細胞様細胞に分化することが分かったのです。数年前までは,歯肉から単離した細胞を培養しても石灰化を観察することは無いと言われていました。この違いの理由はなんでしょうか。

 ここからは筆者の考察です。歯肉の結合組織(粘膜固有層)には、成熟した細胞の線維芽細胞と未分化な細胞の間葉系幹細胞が存在していると考えられます。線維芽細胞はコラーゲンなどを分泌し,組織構築の基となり,線維芽細胞は間葉系幹細胞から分化した細胞でです。推測できると思いますが,間葉系幹細胞から成熟した線維芽細胞に成る過程には、多くの段階があり、間葉系幹細胞から少し分化した細胞、また、その少し分化した細胞、また、その少し分化した細胞、そして、最終分化する一歩手前の線維芽細胞など、多くの種類の細胞が結合組織には存在していると思われます。 多くの種類の細胞が存在していることは分かっていただけたと思います。次に考えることは,これらの多くの種類の細胞は,間葉系幹細胞の性質を持ち続けているのか,いつ,線維芽細胞の性質に変わるのかという点です。  間葉系幹細胞から少し分化した細胞は線維芽細胞に近い性質をもち、すでに、間葉系幹細胞の性質を失っていると思われます。いいかえると、少しでも分化した細胞は脂肪細胞に分化できなくなり、線維芽細胞にしかなれない性質を持つと推測しています。  また、違う点から考察します。それは,細胞の増殖能についてです。最終分化した線維芽細胞は、すでに,細胞分裂する能力は持っていません。その一歩、もしくはもう一歩前の細胞は増殖能を持っていると考えています。  また、別の点から考察します。では,それらの細胞の比率を考えると、線維芽細胞と間葉系幹細胞の比率は圧倒的に線維芽細胞が多いと思います。つまり,骨芽細胞や脂肪細胞に分化できる間葉系幹細胞の割合はかなり低いと思われます。  これらの考察をまとめると,歯肉の結合組織から単に、細胞を単離して、多くの細胞を一度に、同じ培養皿に播種すると線維芽細胞が増えるのでしょう。これが,おそらく15年前の培養方法だったと思います。一方で、細胞を播種する密度を薄くして、コロニーを形成する細胞だけの培養を試みると,未分化な細胞が増殖し骨芽細胞や脂肪細胞に分化できる細胞を獲得できたと思われます。これが,幹細胞の概念が生まれてからの培養法になります。コロニー形成とは、培養条件下で、一つの細胞から増殖する能力を持つことを確認する方法で,コロニー形成能を持つ細胞は間葉系幹細胞の特徴と考えられています。一方で、線維芽細胞の増殖様式は、このようなコロニーは作らず、分裂して、ばらばらに増えると思われます。  もう一つの理由は,単に,骨芽細胞や脂肪細胞に分化誘導に適する試薬が格段に良くなったのかもしれません。培養条件の進歩によって、可能になることが増えたとも言えます。 さまざまな培養条件下において,細胞は多種の細胞に分化できることが知られてきました。歯根膜の間葉系幹細胞も、骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞そして神経細胞にも分化します。しかし、実際に、歯根膜の間葉系幹細胞を移植して、損傷した軟骨や神経が修復されるかは疑問が残されています。動物実験では成功しているようですが、長期的に観察された例はありません。幹細胞が将来医療に役立つことは明らかでしょうが、それがいつなのかはまだ未知です。

写真1 画像クリックで拡大表示 培養皿の中で細胞がコロニーを形成する。コロニー形成能を持つことは,間葉系幹細胞の特徴の一つと考えられている。

写真上段左:1つの細胞が分裂して二つになる。写真上段:徐々に自己複製をしながらコロニーを形成する。 下段左:コロニーは徐々に大きくなる。下段右:コロニーが大きくなるとコロニーの中心部の細胞の形態は変化する。これは,分化が始まったと考えられる。

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