第6回 内因性の酸蝕の臨床所見

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歯科衛生士コラム 第6回 内因性の酸蝕の臨床所見  

深川優子  歯科衛生士

連載にあたって

本連載の大テーマは「口腔内は人生を語る:Tooth Wear編」となっています.Tooth Wearは,その方のライフスタイル(食生活やストレスなど)が口腔内に反映されるものです.Tooth Wearを意識した口腔内観察は,口を通して,患者さんの人生を垣間見ることができます(第1回目より).2回目以降は,筆者の臨床経験などを交えて,具体的な内容に迫ってまいります.

内因性の酸蝕の臨床所見1)

内因性の酸蝕の臨床像には,大きな特徴があります.逆流した胃酸は,上顎前歯の口蓋側を溶解するのが一般的です.嘔吐をもたらす要因(医学的疾患,薬剤の副作用,大量飲酒による嘔吐,反芻など)は,全て口蓋側の歯質溶解に密接に関係しています.嘔吐および胃酸の逆流による口腔内の影響は,同様の所見が認められます.具体的には,胃酸や吐しゃ物により上顎前歯口蓋側面の辺縁歯肉付近から無規則に溶解されます(図1).酸蝕が活動性であった場合,歯面にはステインの沈着がないのも特徴です.ゆえにステイン付着の有無は,酸蝕診断の有力な情報となります.また,上顎前歯部ほどではないですが,上顎臼歯部の口蓋側にも症状が現れることがあります.下顎前歯部の舌側は,舌の保護があり,上顎ほど影響を受けないと聞きます.部位特異性を除けば,歯質の損耗パターンは,外因性の酸蝕と類似しています.

神経性過食症の特徴

 

(図1)代表的な内因性の酸蝕の臨床像:     上顎前歯口蓋側面の辺縁歯肉付近から     無規則に溶解される

 

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1. 摂食障害による酸蝕の臨床所見

摂食障害の嘔吐が原因で,口腔内に現れる症状は,う蝕,知覚過敏,酸蝕などが挙げられます.特に上顎前歯の口蓋側における酸蝕が顕著です.他にも上顎前歯部の崩壊による前歯部の開咬,臼歯部咬合面におけるカップ状欠損(cupping),修復物と隣接する歯面との段差,口腔乾燥症,口角炎,味覚低下,唾液腺腫脹(エラが張ったような容貌になる)などがあります.

2. 胃食道逆流症による酸蝕の臨床所見

胃食道逆流症が原因で,口腔内に現れる症状は,口腔の灼熱感,舌の鋭敏化,非特異的な痒み,歯の酸蝕,知覚過敏,酸蝕による臼歯部崩壊による咬合高径の低下,前歯部切端のチッピング(による審美性の低下),顎関節や咀嚼筋の疼痛などがあります.

Tooth Wearの視点を持った歯科衛生士の話

私の話を熱心に聴いてくださる歯科衛生士は,Tooth Wearの視点を身につける事ができます.これは,ある歯科衛生士の話です.初診に来られた患者さんの口腔内をチェックした際,全歯がほぼ修復されている口腔内で,1本だけ酸蝕が疑われる天然歯(口蓋側の異変)に目を留めたそうです(図2).内因性の酸蝕を疑った彼女は,“胃酸が逆流していないですか?”と質問しました.患者さんは“凄い!なぜ分かるのですか?内科の先生にも言われたのよ”と非常に驚かれました.そして“これからもあなたに管理を任せたい”と言われたそうです.まさに1本の歯で信頼関係を結ぶことができたのです!このことを彼女は,とても喜んで報告してくれましたが,同時に私の喜びでもありました. ライフスタイルに起因する酸蝕は,今後増加の傾向にあると予想され,現場でも注目され始めています.現段階での対処は,二次予防のステージにありますが,今後,Tooth Wearの視点を持つことにより,歯科衛生士の活躍の場である一次予防のステージに引き上げることも可能です.

神経性過食症の特徴

 

(図2)代表的な内因性の酸蝕の臨床像:     胃酸の逆流がある口腔内     (山本典子 歯科衛生士提供)

 

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まとめ

酸蝕の概念を知った私は,口腔内を診る目が変わってきました.従来は,プラーク・う蝕・歯周組織・歯石などに注視していたのですが,現在は,歯質を面で捉えた観察に時間を割いています.酸蝕の概念を知り,改めて予防処置に当たると,実に多く遭遇するものです.胃酸の逆流に起因する内因性の酸蝕は,酸性の飲食物摂取に起因する外因性の酸蝕よりも遭遇する機会は少ないかもれません.ましてや摂食障害による酸蝕であることを疑った際に,歯科衛生士として何ができるだろうかと戸惑う事もあります. 実際に臨床の現場で,そのような患者さんに歯科医師が“よく吐いたりしますか?”などと直球勝負を挑んでいることがありますが,患者さんは決まって「いいえ」と答えます.なかなか認められないのは当然です.なぜなら,自己誘発性の嘔吐に関する質問は,極めてデリケートなのですから.このように摂食障害による嘔吐を見極めるのは困難ですが,薬剤の副作用で,嘔吐および胃酸が逆流されている方も結構いらっしゃいます.寿命が伸びた現在,様々な慢性疾患などで長期薬剤を服用されている方が増えました.当たり前のことですが,初診時に既往歴と薬歴(薬剤の名前・種類)を確認し,情報提供することが重要です.そして,薬剤は,長期である場合,種類が変更されることはよくあります.メインテナンス時などに再確認しましょう.特に酸蝕に関しては,医歯薬による一元管理の重要性が叫ばれます.

「参考文献」

1. 深川 優子.Tooth Wearの視点で考える〜歯が減るのはなぜ?〜.歯科衛生士,2008.

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