第5回 歯質を蝕む胃酸:胃食道逆流症(GERD)と摂食障害

カテゴリー
記事提供

© Dentwave.com

歯科衛生士コラム 第5回 歯質を蝕む胃酸:胃食道逆流症(GERD)と摂食障害  

深川優子  歯科衛生士

連載にあたって

本連載の大テーマは「口腔内は人生を語る:Tooth Wear編」となっています.Tooth Wearは,その方のライフスタイル(食生活やストレスなど)が口腔内に反映されるものです.Tooth Wearを意識した口腔内観察は,口を通して,患者さんの人生を垣間見ることができます(第1回目より).2回目以降は,筆者の臨床経験などを交えて,具体的な内容に迫ってまいります.

胃食道逆流症(GERD) 1)

週に2回以上,胸やけや吐き気がある,げっぷが多い人は,胃食道逆流症(GERD:gestroesophageal reflux disease)の疑いがありますが,内視鏡検査でも分からないことがあるようです.原因は,食道と胃の境界部にある下部食道括約筋の弛緩,食道の蠕動運動の低下,腹圧の上昇,胃液分泌の増加,唾液の減少などが考えられます.症状として,胃の内容物が食道に逆流し,胸やけ呑酸(酸っぱい,苦いなどの味がする)などがあります.さらに進行すると,食道の粘膜がただれて「逆流性食道炎」となりますが,炎症の有無に関わらず胃酸が逆流することを総称して「胃食道逆流症(GERD)」と呼び,疾患として捉えます.では,なぜ胃酸が逆流するのでしょうか?以下に詳細を記載します.

①胃液逆流防止機能の低下

加齢により下部食道括約筋が弛緩したり,機能が低下したりすると,食道裂孔ヘルニアになります.食道裂孔は,胃と食道を固定し逆流を防止しており,これがゆるむと胃の一部が胸部に持ち上がってきます.食道と胃のつなぎ目(接合部)のしまりも悪くなり,胃の内容が簡単に食道に戻りやすくなります.

②食道の蠕動運動の低下,腹圧の上昇

食道の蠕動運動が低下すると,食道へ逆流した胃液を胃に戻すのが遅れ,逆流した胃液の食道滞留時間が延長されます.また,衣服などでお腹を締め付けていたり,重いものを持ったりすると,胃の内圧が高まり胃液が逆流しやすくなります.肥満の人や腹圧を高めるトレーニングをしている運動選手,ならびに複式呼吸を多用する歌手などは,腹圧が上昇しやすいので,胃酸逆流のリスクが高くなります.ちなみに腹圧を高める運動をする際に酸性のスポーツ飲料を摂取すると,げっぷが出る傾向にあり,酸蝕のリスクを高めます.

③胃液の分泌増加とピロリ菌

胃液の分泌が多くなると,逆流した際に食道の粘膜が損傷されます.反対に胃酸の産出能を阻害するヘリコバクターピロリ菌の感染も胃食道逆流症に関連します.胃の中に存在するピロリ菌は,尿素分解酵素(ウルアーゼ)を産生し,これにより胃酸から自己を防御する機能を有しています.アンモニアが分解して生じる水素イオンが胃粘膜を刺激し,委縮性の変化をもたらし,ひいては胃酸の産出を低下させます.胃潰瘍で70〜80%,十二指腸潰瘍で90〜100%のピロリ菌が検出され,胃癌の発現にも大きく関与しているといわれています.ピロリ菌を除去すると,胃粘膜の炎症が改善され,酸分泌細胞の作用の亢進も手伝って,胃液の分泌が増加されるようになるのですが,かえって胃食道逆流症が増加するそうです.

④唾液の減少

唾液の減少は,う蝕や酸蝕だけでなく,胃食道逆流症にも関連があります.唾液は,酸性の逆流物質を食道で除去し,中和するために重要な役割を果たします.唾液の流出が減少する睡眠中に起こる胃食道逆流は,食道からの酸の除去を遅くし,食道粘膜を損傷させてしまいます.胃食道逆流症の定型的症状は,食後2時間以内,あるいは就寝後や起床時に起こります.これは,胃液の分泌が午前2時ごろに多くなることによります.胃液は起きている時よりも就寝時など横になっている時に逆流しやすいので,唾液の流出が減少する時間帯は,酸蝕のリスクが高くなります.

摂食障害

内因性の酸蝕は,胃酸の逆流が原因となり発症しますが,逆流する手段として,胃食道逆流症の他に自らが胃酸を逆流させる行為が問題となっています.これを摂食障害といい,神経性過食症(過食症)と神経性食欲不振症(拒食症)に大別されます.過食症も拒食症も慢性的な嘔吐が酸蝕の主要因であると考えられています.主な特徴を表1,2に示しました.一般的に自分の体型と体重に執拗な関心を示す若い女性に見受けられる人格異常であると広く認識されています.両疾患は,唾液減少を副作用に持つ薬剤を服用しているため,酸蝕のリスクを高める可能性があります.この他に,摂食障害を伴わない自己誘発性嘔吐の症例が報告されています.これは,職業性の事情から体重をコントロールするために,嘔吐を繰り返す乗馬騎手,ダンサー,モデルなどの職種に関して,酸蝕のリスクを問題視されています.摂食障害の半数は,うつ病を合併し,多数は人格障害を合併していることから,経過観察が重要となります.以下に詳細を記載します.

①神経性過食症(過食症)

女性における生涯有病率は,約1〜3%,男性は女性の10%の発生率です.好発年齢は,神経性食欲不振症よりもやや遅く青年期後期あるいは成人期初期です.過食症は,セルフコントロールができない異常な食欲と持続的な摂食への没頭が存在し,これらの行為を発作的に繰り返します.肥満に対する病的な恐怖,嫌悪感から自己誘発性の嘔吐を繰り返します.また,下剤や利尿剤を乱用し,腸から食物を除去する排出行動を繰り返します.この排出行動を認める人と認めない人がいる点も見逃せません.ダイエットや激しい運動を行い,過食による体重増加を防いでいますが,拒食症のように著しい体重の減少はありません.

神経性過食症の特徴

*画像をクリックしていただくと拡大表示されます。

②神経性食欲不振症(拒食症)

神経性食欲不振症は,若年期発症型と思春期発症型に分類されます.若年期発症型は,10代後半から20代の女性において0.2〜0.5%前後の有病率です.特に10代前半の発症は心身のダメージが大きく,栄養障害により成長障害や骨粗鬆症,不妊,不育などの問題が見られ,死亡率も高い(1〜10%)重篤な心身症です.近年,発生数の増加と初潮前の低年齢化,さらに拒食症から過食症へ移行する例が増加してきていると報告されています.標準体重の70%くらいになると身体的疲労も多く,75%をきると入院対応,60%をきると強制栄養(経管栄養など)の適応,55%をきると死亡率が高くなります. 一方,思春期発症型は,14歳と18歳に好発年齢のピークを示します.男女比は,1:10で,女性の生涯有病率は,0.3〜1%です.遺伝,生物,社会,心理的要因が複雑に絡み合って発症します.うつ病(63%),強迫神経症(35%)を合併しやすいそうです.特徴として,頑固な体重減少(食物の回避,自己誘発性の嘔吐,過度の運動,下剤の乱用),体重もしくは体型への異常な認知と病的な没頭,などが挙げられます.体重増加を恐れるために,柑橘類や果汁を大量に消費する傾向にあり,外因性の酸蝕のリスクも高くなっています.拒食症の6〜10%以上の人が,10年後に何らかの原因により死亡するといわれています.

神経性食欲不振症の特徴

*画像をクリックしていただくと拡大表示されます。

③罹患率

平成17年の厚生労働省による国民健康・栄養調査「子どもの体型および生活習慣の状況」の報告では,男女ともに「肥満」「太りぎみ」あるいは「やせすぎ」「やせぎみ」の子どもがそれぞれ2,3割であり,体型の状況を年次推移でもると,男女ともに「普通」の者の割合が減少傾向にありました.また,低体重児(やせ)の者の割合(20歳以上の女性で,BMI<18.5)は,20〜29歳の女性が22.6%,30〜39歳が20.0%で,これは前回調査(平成7年)よりも8%の増加を示しています. 別の報告2)では,女子学生を対象とした摂食障害の推定発症率は,拒食症が0.3%,過食症が2.2%,これ以外の摂食障害は12.1%であり,この10年間に約3倍増加したそうです.過食症も拒食症も女性が90%を占めており,過食症が20〜30歳,拒食症が10〜20歳の年齢層に多いのですが,最近では,男性にも増えていると聞きます.興味深い点に,我が国ではテレビが普及してきた1960年代に拒食症が,コンビニエンス・ストアが増えてきた1975年以降に過食症が増えてきたことにあります.何でも手に入る飽食に時代に摂食障害が広まってきたのは何とも皮肉なことです.

まとめ

今回は,前回に引き続き内因性の酸蝕の要因である「胃酸」にフォーカスしてみました.胃酸が歯質を蝕む内因性の酸蝕は,いずれも疾患と関連していることをお伝えしました.胃食道逆流症にしても摂食障害にしても,詳細を究明すればするほど,奥が深いことを痛感しました.特に摂食障害は,生死に直結することもあるので,なお更です. 次回は,具体的な臨床写真を提示して,内因性の酸蝕の臨床像を解説します.ある意味,衝撃的な口腔内です.口腔内の観察を通して,全身の健康の危機を見つけることができます.改めて口腔内は人生を語るものであると思いました.

「参考文献」

1. 深川 優子.Tooth Wearの視点で考える〜歯が減るのはなぜ?〜.歯科衛生士,2008. 2. 小林 賢一.歯が溶ける!エロージョンの診断から予防まで.医歯薬出版,2009;33.

記事提供

© Dentwave.com

新着ピックアップ