第2回 美味しい物にはリスクがある!?:酸蝕編
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歯科衛生士コラム 第2回 美味しい物にはリスクがある!?:酸蝕編 深川優子 歯科衛生士
連載にあたって
本連載の大テーマは「口腔内は人生を語る:Tooth Wear編」となっています.Tooth Wearは,その方のライフスタイル(食生活やストレスなど)が口腔内に反映されるものです.Tooth Wearを意識した口腔内観察は,口を通して,患者さんの人生を垣間見ることができます(第1回目より).今回からは,筆者の臨床経験などを交えて,具体的な内容に迫ってまいります.
酸蝕とは
酸蝕は,外因性と内因性に大別されます.今回は,Tooth Wearの中でもライフスタイルと密接な関係のある“飲食由来の外因性の酸蝕”にフォーカスしてみます. 飲食物は酸蝕において最も関連が深い因子として考えられます.重要なことに飲食物の因子は酸性の食物と飲料が,一般的にはTooth Wearを懸念することなく最も多くの人々に普通に消費されるため,最大のリスクとなりえることです.
(表2)酸蝕に関連のある飲食物のpH①(参考文献1より引用)
(表3)酸蝕に関連のある飲食物のpH②(参考文献1より引用)
美味しい物にはリスクがある
酸蝕の可能性が高い飲食物とpHを表1〜3に示しました1).酸性飲料は迅速に唾液のpHを下げるとの報告があります.これらの表で注目すべき事柄として,“ヒトは適度に酸っぱくて甘い物を好む傾向にある”ということです.ただ甘いだけ,酸っぱいだけの物はそう好かれません.酸味と甘味のバランスが取れている飲食物として,柑橘類や炭酸,非炭酸に関わらない酸性飲料(ソフトドリンクやアルコールなど)などがあり,のど越しが良いことから,万人に好まれています.この事実がTooth Wearの発症と重要な関連があることに着目すべきです.では逆に酸性でなく,アルカリ性の物であれば安心と思われるかもしれません.しかし,アルカリになると,味覚的には“苦い”もの(重曹など)が多く,美味しい物は少ない,好まれないといわれています. また,酸の種類によっても酸蝕を引き起こす能力(酸蝕能)に違いがあります.一般的にソフトドリンクには,クエン酸かリン酸が含まれています.クエン酸はリン酸よりも酸蝕能が大きく,リン酸ではエナメル質に対する酸蝕がpH3,象牙質ではpH4で発症します.一方,クエン酸はpH1.5〜2.5の間では,エナメル質に対する酸蝕能は,塩酸や硝酸の2倍といわれています.また,カルシウム,リン酸,フッ化物は,酸蝕から歯質を保護するものです.ヨーグルトはpH3.8と低いですが,カルシウムやリン酸を多く含んでいるので,酸蝕を起こさないといわれています.飲料の緩衝能が大きければ大きいほど,唾液による酸の中和にはより長い時間がかかることになります.
なぜヒトはお酢を飲むのか?
モデル,ダンサー,競馬の騎手などのように体型・体重の維持・管理が必要な職種の方,または個人の考えで野菜や果実類しか食されない方も酸蝕のリスクは高いと予想できます. しかし,酸蝕のリスクは,これらの人に限定されず,一般人にも急増しているという事実があります.これを裏付けるのが昨今の健康志向である「お酢を飲む」というブームです.お酢は,表3によれば,pH2.4-3.4とエナメル質の臨界pH5.5をはるかに下回った強酸性です.調味料に使うお酢は大変酸味が強く,飲めたものではありませんが,最近では,お酢ブームにあやかり,フルーツ酢などのようにジュース感覚で飲める美味しい飲料が多く発売されています.東京では,駅の構内などに「黒酢バー」や「お酢スタンド」が開設されている程,気軽に飲めるようになりました.私の患者さんの中にも,健康志向により,就寝前の習慣として「はちみつ入りのリンゴ酢」を飲まれる方がいます.健康習慣としてお酢を飲まれる方は,“甘いものを食べていないし,ブラッシングはちゃんと行っているから,まさか歯にとってマイナスになることはしていない”などと思っているでしょう.客観的には,妻が夫の健康を労わり,疲労回復のためにリンゴ酢を供される姿に温かいものを感じます.
クエン酸,酢酸の効果
では,ヒトはなぜお酢を飲むのでしょうか?以前,“お酢は身体を柔らかくする”と聞いたことがあります(酢漬けイカのイメージ!?).果たして真相は如何に?まずは,身体に良いとされているクエン酸,酢酸の効果を調べてみましょう.
様々なメリットがあるクエン酸の働き2)
調理に使用する食酢には,主成分として4〜5%の酢酸が含まれています.この酢酸は,体内に入るとクエン酸になって働きます.食酢には酢酸のほか,クエン酸,リンゴ酸,コハク酸等が含まれています.疲労回復や運動時にお酢を飲んだり,レモンスライスを食べたりすることが身体に良いとされる理由に,クエン酸の摂取があります.クエン酸は,エネルギーの生成システムを活性化するとされており,ゆえにスポーツ選手も積極的にクエン酸を摂取しています. では,なぜクエン酸を摂取すると,疲労が回復するのでしょうか?これは,クエン酸回路(TCA回路)と呼ばれるメカニズムが鍵となります.“クエン酸回路はエネルギー生産工場である”とイメージすると良いでしょう.飲食物から摂取された栄養素は,クエン酸を含む8種類の酸(アコニット酸,イソクエン酸,アルファケトグルタル酸,コハク酸,フマール酸,リンゴ酸,オキザコ酢酸)に分解されます.この過程でエネルギーが生産されるのです.中でもクエン酸は,このエネルギー工場を活性化させる役目を担います.クエン酸回路が活性化していれば,エネルギー代謝も活発化します. 運動を続けていると,クエン酸回路の働きが低下し,疲労物質である乳酸が生成されます.しかし,近年の新しい見解に,乳酸は疲労物質ではなく,クエン酸の働きにより,再びエネルギー源(アセチルCoAの生成)に変化するとあります.疲労回復にお酢やレモンが良いとされるのは,クエン酸のダブル効果(クエン酸回路の活性化および乳酸をエネルギーに変える)を期待してのことでしょう.「運動→疲労→乳酸の生成→クエン酸の摂取→エネルギー代謝の活発化」というパターンになります. これらの働きの他にもクエン酸摂取には,様々なメリット(キレート作用,抗酸化作用,体をアルカリ性に保つなど)があるようですが,先述の疑問“お酢を飲むと身体が柔らかくなる”ことはないようです.
歯科衛生士として留意したいクエン酸の摂取方法
今回参考にしたHPでは,健康のために積極的なクエン酸の摂取を推奨しています.しかし,歯科衛生士としては,クエン酸が酸蝕を引き起こす能力が高いという事実を見逃せません.昨今の健康維持・増進,医療費削減などの政策,これに追従する健康ブームを否定するわけではありませんが,歯にとってリスクの高い健康方法は,検討する余地があります.決して,酸性飲料を飲むなと言うわけではなく,飲み方の工夫とブラッシングのタイミングが重要となります.前者は,一気に飲み干すなど口腔内に滞留させる時間を減らすこと.これは,歯質が溶解される時間を短くします.後者は,摂取後少なくとも30分以上時間を空けてブラッシングをします.この意図は,酸成分で脆弱化した歯質を歯ブラシで機械的に損傷させないことにあります.いずれにしても,クエン酸を摂取した後は,酸性に傾いた口腔内のpHをなるべく早く中性に戻すために,まめに飲料水を摂取することをおススメします.これは,飲料に限らずクエン酸を含む柑橘類を食べた後も同様です. 皆様の周囲に酸性飲料や柑橘類を多く食べられている方がいたら,酸蝕のリスクを検討する必要があるかもしれません.
「参考文献」
1. 深川 優子.Tooth Wearの視点で考える〜歯が減るのはなぜ?〜.歯科衛生士,2008. 2. クエン酸とはgooヘルスケアより http://health.goo.ne.jp/column/woman/kotoba/0005.html (4月13日アクセス)
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