第107回:う蝕乳臼歯の治療の見直し

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3年以上前の第71回で「う蝕乳臼歯処置の新たな選択肢」について記したが、これはいわばその続きである。それは、う蝕乳臼歯を既製金属冠(Preformed Metal Crown、PMCと略)で修復する新しい方法、すなわちHall Technique (Hall法)の紹介であった。Hall法は、局所麻酔は行わず、う窩からの食物やその残渣のエア/水シリンジでの除去程度でう蝕は除去せず、歯形成も行わず、適切なサイズのPMCを選んでグラスアイオノマーセメント(GICと略)を盛り、それを歯面に被せ、指圧あるいは子供自身の咬合力で合着する、という、筆者にとってはかなり非常識的とも思える方法であった。Hall法がその後どのような評価を受けるのか注目していたが、最近相次いでHall法に関わる論文が発表されたので紹介する。

まずJADA145巻12号(2014)の米国インディアナ州サウスベンドで開業の小児歯科医およびインディアナ大学歯学部からの論文。う蝕乳臼歯治療をステンレススチール冠(SSCと略)を用い、従来法(SSC装着前にう蝕の完全除去と歯質の削除)およびHall法で行い、臨床的およびX線的成功率を比較した。成功率は、Hall法では65/67症例で97%(観察期間:4~37月、平均15月)、従来法では110/117症例で94%(観察期間:4~119月、平均53月)であり、両法の成功率は同じであると結論している。

次はJ Dent Res 93巻11号(2014)の論文。ドイツ・グライフスヴァルト大学小児歯科部門において小児歯科の専門医7名と卒後研修生5名が次の三つの治療法についての訓練を受けたのち、3~8歳の小児169名の乳臼歯咬合隣接面う蝕の治療についてランダム化比較臨床試験を行い、1年後に臨床成績を比較した。①従来法(必要に応じて局所麻酔、う蝕の完全除去、コンポマー(Dyract)で修復)、②Hall法(GICでSSCを合着)、③無修復法(局所麻酔せずにバーで隣接面う蝕病変を開放、侵されたエナメル質を除去、プラーク除去のための窩洞形成、回転ブラシでプラーク除去、フッ化物バーニッシュ(Duraphat)適用、親・子への歯みがきおよび食事の指導)。

臨床的失敗率は軽微な失敗(修復物脱落/再治療必要、可逆性歯髄炎、う蝕進行など)と重大な失敗(不可逆性歯髄炎、膿瘍など)に分類した。結果は次のようであった。追跡期間11か月以上(平均12か月)の小児148名(88%)のうち、少なくとも一つの軽微な失敗が認められた症例数は従来法11(7%)、無修復法8(5%)、Hall法1(1%)、少なくとも一つの重大な失敗の症例数は従来法5(3%)、無修復法4(2%)、Hall法0(0%)であった。軽微および重大な失敗率ともに従来法と無修復法では有意差は認められず、Hall法のみ有意に成功率が高かった。

上記J Dent Resの論文と合わせて、Int J Paediatr Dent 25巻1号(2015)には、各治療法に対する小児、親、歯科医の反応を分析した報告がある。各治療法に対して否定的態度を示した小児の割合は、Hall法13%、無修復法21%にくらべ、従来法は37%と有意に大きかった。なお、有意差は3~5歳の幼児では認められたが、6~8歳の小児では認められなかった。小児の感じる痛みの強さが“非常に弱い”あるいは“弱い”の割合は、無修復法88%、Hall法81%、従来法72%であった。治療のしやすさは、“非常に容易”あるいは“容易”とする歯科医が無修復法89%、Hall法77%で従来法の50%とは有意差があった。歯科医の経験(専門医と卒後研修生)は小児の反応に影響しなかった。親の“子どもは満足”とする評価は、Hall法75%、従来法65%、無修復法61%であったが、有意差はなかった。子どもの反応は80%以上の親により“非常によい”あるいは“よい”と評価された。親の評価は3治療法で有意差はなかった。

歯科医の治療の選択肢に関する回答は、従来法72%、従来法によるSSC修復、無修復法7%、その他4%であり、Hall法は0%であった。Hall法は治療しやすいと評価されているにもかかわらず、選択肢になかったのは、Hall法が本臨床試験での一治療法として歯科医に教えられた馴染みのないものであったためとしている。しかし、本臨床試験後にはグライフスヴァルト大学小児歯科部門ではHall法および無修復法が日常的に行われており、両法がより受け入れられ、その利用が増加していると記されている。

このドイツからの報告とやや似たような論文として、Hall法に対する学生の反応を調べた論文がEur J Dent Educ 17巻1号(2013)に掲載されている。英国シェフィールド大学歯学部小児歯科では2008年Hall法を学部教育に導入したが、この新しい治療法に対する学生の経験状況とそれに対する反応を調べた論文である。2005、2009、2010年の卒業生53~75人について分析した。2009年、2010年の卒業生は病院外の異なる3診療所で合計20週間、病院では全ての年の卒業生が16回x 3時間の小児歯科の治療を行った(なお、2005年卒業生は病院外での研修は行っていない)。

2005年卒業生は病院で合計241修復治療を行ったが、PMCは1症例のみであり、残りはコンポジットレジン(CR)、GIC、アマルガムがそれぞれ89、82、69症例であった。PMCは病院と病院外診療所において、2009年はそれぞれ12(0.7%)と65(18.1%)症例、2010年には27(1.1%)と167(36.9%)症例であった。病院での症例の多さにくらべ、病院外診療所では大幅に少なかった(図1参照)。PMCの平均経験数は2005、2009、2010年でそれぞれ0.03(0-1)、0.63(0-5)、1.15(0-9)であり、経験者数は1.9%、59%、75%と増加した。学生はHall法についてそれなりの有意義な経験をしたとし、前向きな評価をしている。しかし、今後の病院外でのPMC修復の実施については、臨床的サポートがなくなる可能性(病院外診療所の歯科医はHall法についてまだ理解に乏しいという)や治療時間・費用(PMCのコスト)の増加の懸念、別にGICという使いやすいものがある、などの意見も記されている。全体的なまとめとして、Hall法の導入はう蝕乳歯の治療の選択肢としてのPMCの利用に著しい影響を与えているとしている。

本論文の考察は、アマルガム修復が減少していることに触れている以外は、PMCに関することに焦点があてられている。しかし、筆者にとっては英国での小児歯科治療の一端をうかがえて興味深く、簡単なコメントを記しておきたい(図1参照)。減少したとはいえアマルガム修復の多さには驚いた。病院と診療所では2009年と2010年での変化が対照的にみえる。すなわち、病院ではアマルガムの微減、PMCの大幅な増加、CRとGICのかなりの減少であるのに対し、診療所ではアマルガムの減少、PMCの微増、GICとCRの増加となっている。一般診療所でのGIC多用は際立っているが、一般診療所歯科医のHall法の理解、教育、研修が進まないと、この傾向は当分続くことになりそうなことを上記調査結果は示唆している。

107回コラム図

3年ほど前の筆者にとってはHall法はかなり非常識的とも思える方法であったが、今回いくつかの論文を読み、歯科界での認知度はまだ低いものの、Hall法の有用性を認めざるを得なかった。一方、Hall法同様に低侵襲な治療法である無修復法のことは今回初めて知った。論文の結果をみるかぎり、それはHall法と同程度に有用らしいのだが、残念ながらそれに関する文献がほとんど見当たらない。無修復法は2011年のオランダ語の雑誌に初めて報告されたようであるが、その雑誌は国内ではある大学の図書館にしかないというほどに情報の入手はかなり難しいのが現状である。無修復法が今後Hall法のように検証が進められ、認知されるようになるのか注目したい。

 最後に、我が国でのう蝕乳臼歯の治療であるが、筆者はその実態にまったく不案内であるが、シェフィールド大学の例から類推すると、一般診療所ではGIC修復が多いのではないかと推測している。保険診療の対象となっている乳歯金属冠修復は歯冠形成を前提にしているようであるが、Hall法が受け入れられる余地はあるであろうか?Hall法によれば、患者の苦痛は少なく歯科医の治療の手間が減ることから、患者と診療者の双方にとって利点が多く、また歯医者さん嫌いの子供を増やさないためにも役立つと思われるのだが、これは筆者のような実際の臨床や保険での扱いを知らない者の言なのかもしれない。これは、とくに6歳以下の子供(この年齢層には保険では点数が加算されている)で治療を嫌がった子供の割合がHall法は従来法の約1/3であったという上記報告に鑑みてのコメントである。グライフスヴァルト大学からの報告を読むと、Hall法に対して“食わず嫌い”の状態であった様子がうかがわれるが、我が国の臨床家もそうした状態から徐々に脱するのを期待したい。                                                                   (2015年2月28日)

 追記:Hall法にご興味のある方は、概略ついては第71回コラム、詳細については「Hall法マニュユアル」を参照されることをお勧めします。

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