第28回 フォーサイス研究所にてセミナー「マラッセの上皮遺残細胞について」

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フォーサイス研究所(http://www.forsyth.org/)は、マサチューセッツ州のケンブリッジにある。筆者が2000年から1年間研究員としてお世話になった研究所であるが,当時はボストンのフェンフェイにあり,2年前に移転した。筆者にとっては10年ぶりのボストン訪問となる。今回のコラムはフォーサイス研究所からセミナーの依頼を受けたので,その発表内容である。

3月5日,シカゴ経由でローガン空港に到着。ボストンへの直行便も4月にはできるようだ。この時期は,大リーグもシーズンオフ,ボストン交響楽団もニューヨークへツアー中とのことで少し物足りない時期だ。ボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイパークは,メジャー最古の球場で,左翼が短く,グリーンモンスターと呼ばれる11メートルもあるフェンスは有名である。芝生の球場でもあることから雰囲気はとても良い。留学時は,野茂投手がレッドソックスに在籍し,フォーサイスから歩いてフェンウェイパークに行けたので,頻繁に観戦に行った。

ボストン交響楽団は1881年に創立され,夏に開かれるタングルウッド音楽祭は良く知られている。当時の音楽監督は小澤征爾さん,1973年に13代の音楽監督として就任され,2002年にウイーン国立劇場の音楽監督に就任されるまで務められた。シンフォニーホールを訪れる男性は正装で,開演までバーでお酒を楽しんでいる。私もシンフォニーホールに出かける時はジャケットとネクタイを着用した。小澤さんがボストンの市民に愛されているエピソードがある。フェンウェイパークに野球観戦に行った時のことである。私の後ろに小澤さんが座っていた。すると,バックスクリーンに,"今日は小澤さんが来ている"と小澤さんの映像が長い時間映し出されて,観客は拍手で歓迎した。

フォーサイス訪問の第一目的は,旧友との共同研究打ち合わせであった。その旧友が1時間のセミナーを企画してくれたのである。旧友は私のボストン生活の中で、最も影響を受けた方で研究の面白さと意義を教えてくれた。ボストンへの留学は私の人生のターニングポイントとなっている。旧友は人生をどう生きるかを考えながら研究し,自分の可能性を求めて,迷うことなく自分の道を見つけてまっしぐらに走っていた。人生に勝負を賭けていたと言える。今となっては,研究は持続的に生き甲斐を与えてくれるものであり,当時,臨床と研究のどちらが,生き甲斐を強く与えてくれるだろうかと真剣に考えていた。皆さんも,自分の人生に影響を与えてくれた人がいると思うので,いつまでも大事にしたいですね。

40代も後半になると,自分は「年だ」という感覚を持つ人も少なくないと思うが,そう思ってしまうと,自分の内に潜むエネルギーを閉じ込めてしまうことになるので,言葉は悪いですが,常識から少し外れてみることが良いと思う。少し外れると違った生きがいを見つけることもできますよ。

セミナーの演題は「マラッセの上皮遺残の新規機能」。"マラッセの上皮遺残"の名称を覚えていますか?少し,復習をしましょう。ヘルトビッヒの上皮鞘は歯根のセメント質形成時に歯小嚢細胞の通り道を作るために断裂する。断裂した上皮鞘の一部は消失するが,一部は歯根膜組織中に残存する。どうして残るのかは明らかとなっていないが,その残存した上皮細胞塊を"マラッセの上皮遺残"と呼んでいる。このマラッセの上皮遺残は生涯歯根膜組織中に存在することが知られているが,どうして断裂するのかなど,不明なことも多く残されている。

もうひとつ本題の前に,復習です。ヘルトビッヒの上皮鞘の由来についてである。歯冠を形成する時期のエナメル器は内エナメル上皮,外エナメル上皮,エナメル芽細胞,星状網そして中間層など時期にもよるが,数種類の上皮細胞によって構成されている。しかし,歯冠形成期から歯根形成期になると,その様相ががらりと変わる。エナメル芽細胞,星状網そして中間層の細胞層が消失し,内エナメル上皮と外エナメル上皮の2層の細胞層に変化する。この2層の上皮層をヘルトビッヒの上皮鞘と呼んでいる。ここで,当然ではあるが知っておかないといけないことは,歯冠形成期の内エナメル上皮細胞はエナメル芽細胞に分化し,エナメル質を形成するが,ヘルトビッヒの上皮鞘の内エナメル上皮細胞はエナメル芽細胞に分化することは無く,エナメル質も形成されない。当たり前のことだが,歯根が形成されてからは,エナメル質はできないということである。つまり,歯が放出してからは,大人の体には,エナメル芽細胞を作ることができる細胞がいない。では,"歯の一部のエナメル質を再生させるにはどうしたらよいでしょうか"というのがこの研究の始まりです。

歯を再生させるには,エナメル質を作る上皮細胞と象牙質やセメント質を作る間葉細胞が必要です。前述したように,大人の体からエナメル質を作る上皮細胞を探す必要があります。そこで,マラッセの上皮遺残細胞に着目したのです。ブタの乳切歯の歯根膜組織を採取し,その組織を培養すると上皮細胞が増えてきます。その上皮細胞と歯髄細胞を担体に播種して,ヌードラットの大網内に移植するとエナメル質が形成することを報告しました。すなわち,実験的にマラッセの上皮遺残細胞がエナメル質を形成する能力を持っていることを明らかにすることができたのです。

その後,マラッセの上皮遺残細胞がどうしていつまでも歯根膜に残っているのかを考え始めました。エナメル質を再生させるために行き残っているとは考えられませんから。マラッセの上皮遺残の働きとして,歯根嚢胞の最表層の上皮層はマラッセの上皮遺残由来と考えられています。また,約30年前にすでにマラッセが培養にて増殖することも分かっていますが,歯根膜組織の中では静止状態にあると考えられていました。最近の研究では,マラッセの上皮遺残は時間の経過に伴いその細胞塊が大きくなること,一方で,その細胞塊の一部はアポトーシスを引き起こしていることなどが報告されています。まだまだ,分からない事が多い不思議な細胞なんです。この細胞塊がどうして,大きくなるのかを明らかにしたいと考えています。

写真1: ケンブリッジにあるフォーサイス研究所。チャールズリバーはすぐ前。

写真2: フォーサイス研究所のオフィス棟のフロアーには,iPadがきれいに陳列されていた。

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