期待と責任の中で診療-南三陸町・南三陸病院(特集 震災から5年)

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建物の4階まで津波が押し寄せ、入院患者と職員の74人が犠牲になった宮城県南三陸町の公立志津川病院跡には、出入り口の名残のコンクリートがあるのみで更地となっている。以前の取材では見られなかった、3階に相当する高さの盛り土が辺りに幾多と存在する。自らが車のハンドルを握り、町を案内してくれたのは、南三陸病院歯科口腔外科の斎藤政二氏。公立志津川病院は、高台に場所を移して公立志津川病院仮設診療所、公立南三陸診療所と姿を変え、昨年12月14日に南三陸病院として本設に至った。「町民はいまだに仮設住宅に住んでおり、ほとんどが仮設の建物で仕事をしている中、本設の建物をいただいた。うれしい半面、ものすごいプレッシャーを感じている」と、斎藤氏は期待と責任の中で必死に診療に当たっている。 提供:日本歯科新聞社
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