第8回 実験的歯科医院奮闘記(8) 好事魔多し!
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さて平成19年の秋が深まった頃,お陰様で私のクリニックも順調に収入が上がってきた.今までがひどすぎたと言えば,それっきりなのだが,増えることは大変よいことで,右肩上がりのグラフを見ては喜んでいた.
こうなったら一気呵成にと思うのは誰しもで,今まで患者さんを1時間1人のペースで拝見してところを,12月からは30分に1人にすることを考えた.実際,やることは30分でも十分なので,さらに収入を上げるためには,この程度のことはしなくてはとスタッフにも宣言した.受付も,「その方が患者さんがうまく回転していいです」とか何とか言って,わがクリニックは30分1人体制を敷いた.もちろん,一般開業の方から比べれば,それでも何と悠長なことをやっていると言われそうだが,うまく回転すれば,単純計算で収入は2倍になるわけである.
もう1人のドクターには主に保険診療をお願いし,私はもっぱら自費診療を行っていた.平成19年も押し詰まった頃,ある患者さんからクレームを受けた.下顎6番の近心根を抜歯し,残った遠心根を冠タイプにし,前方の5番は既に2級のコンポジットレジンが充填されていたので,そこを利用して6番と連結した.選んだ材料はハイブリッドセラミックスで,やや強度に問題があるものの,接着をきちんと行えば何とか行くだろうと読んだのである.
患者さんは削ることを嫌っていたので,まあ,ほとんど削除しないままに印象を取って,技工所へ提出した.そうしたら,担当の技工士さん曰く,連結部のクリアランスが弱いので,これでは出来ませんと言われてしまった.仕方なく白金加金で製作して,硬質レジン前装にすることを患者さんの了解(?)の下に進めた.
そして,セットする当日,患者さんから5番に金色が見えるから嫌だと言われてしまった.「えっ!それはないでしょ?今までちゃんと話していたでしょ?」と言いたいところをグッと我慢して,「いや,削らないと白くすることができないので,こうしたんですが・・・・」. 「元々ここは白かったのに,先生が勝手に外して後ろの歯と繋げたのではないですか?」,「おいおい,そんなこと何回も話していたじゃないですか」という言葉も飲んだ.何しろ患者様は神様だ,さらに我慢した.
つまり,私は説明したつもりでいたのだが,患者さんは理解していなかった.インフォームはしたがコンセントが得られてなかったのである.時間を30分にした影響かもしれない.この患者さんに言い訳とも付かない説明をグダグダしていると,次の患者さんの時間があっという間に過ぎてしまった.何とか,話を次回に持ち越して次の患者を部屋に入れたのは実に30分後であった.そのときの患者さんの顔はいまだに忘れられない.えらい剣幕なのである.大学病院では,その程度は当たり前みたいなものだが,その常識が残念ながら,ホスピタリティを売りにしているクリニックでは全く通用しない.結果は,患者さんを一人失った.
1時間に1人体制から,30分1人にしたお陰で,確かに収入は伸びたが,本来私が求めていた優雅な環境で,ゆったりとした診療,それが結果としてお互いの利益に繋がるのだと言うところからは全く外れてしまった.好事魔多し.患者が来ればよいというものではないと,深く思い知らされた次第である.
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