第1回 口腔内は人生を語る:Tooth Wear編

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歯科衛生士コラム 第1回 口腔内は人生を語る:Tooth Wear編 深川優子  歯科衛生士

歯科衛生士も臨床経験が長くなると,う蝕ではない歯質の異変に遭遇することがあります.う窩もなく,歯周組織も健康に見えるのですが,歯が異常に擦り減っている光景です.特定の部位というよりも,唇頬側面,舌側,口蓋側,咬合面など,歯面全般に現れます.これは,欧米では10年以上も前から研究されている「Tooth Wear」というもので,う蝕,歯周病に次ぐ第3の疾患と呼ばれています.

しかし,我が国では,Tooth Wearの詳細は熟知されておらず,異変に気付かれた方の戸惑いが想像できます.臨床の現場でTooth Wearが着目されるに至ったのは,発症要因が多岐に渡っており,長寿化による残存歯の増加,ライフスタイルの欧米化,ストレスなどが関連していることにあります.Tooth Wearは,その方のライフスタイル(食生活やストレスなど)が口腔内に反映されるものです.Tooth Wearを意識した口腔内観察は,口を通して,患者さんの人生を垣間見ることができます.

昨年,Tooth Wearに関して,連載の機会に恵まれました(クインテッセンス出版「歯科衛生士」).今回も歯科衛生士の視点で捉えたTooth Wearの情報や詳細などをお伝えしていく予定です.コラム投稿の場でありながら,学術的な内容になると思いますが,本連載により歯科衛生士の臨床の幅が広がり,かつ視点が変われば本望です.

Tooth Wearが注目される背景

Tooth Wearが着目される一因として,長寿化による残存歯の増加があると前述しました.そこで,まずは我が国の歯科疾患の現状をみていきましょう.2005年の歯科疾患実態調査(厚生労働省調査)1) によれば,5歳以上15歳未満の1人平均DMF歯数(DMFT指数)は,近年減少傾向を示しています.今回の調査における12歳児のDMFT指数は1.7本で,WHO調査(2004年)2) によるグローバル平均は1.6本と,世界的にも遜色のない結果となっています.

一方,歯周病の罹患率に関して,若年者においては,歯肉に所見のある者,診査対象歯のない者が少なく,高齢になるにつれ歯肉に所見のある者および対象歯のない者が多くなっています.60歳以上の各年齢階級では,4ミリ以上の歯周ポケットを持つ者の割合が前回調査(1999年)よりも増加する傾向にありました.また,現在歯数においても各年齢階級で前回調査より増加しています.これゆえ診査対象歯がより多く残存したために,前回調査よりも4ミリ以上の歯周ポケットを持つ者の割合が高くなったと推測できます.

次に長寿化を裏付ける平均寿命の年次推移を調べてみましょう.2007年簡易生命表(厚生労働省調査)3) のデータによれば,1950年の平均余命(0歳の平均余命をその年の平均寿命とする)は, 男性で50年,女性で54年でした.その当時は,う蝕や歯周病が重症化する前に命も尽きていたと予想されます.これと比較して,2007年の調査では,男性で79年,女性で86年となっています.つまり57年間で29〜32年も寿命が延びたことになります.医学とともに歯学も進歩し,う蝕は減り,歯周病は増えたけれども,適切なセルフケアとプロフェッショナルケアの両立で,予防管理が可能になったのです.

長寿化と残存歯の増加は,歯科業界に新たな問題を提起することになります.つまり残存歯数の増加は,これを生活に使用するということで,実に様々な影響を受けることになるのです.Tooth Wearは,ライフスタイルに影響される多因子性疾患とも呼ばれ,21世紀の新たな課題となりました.

Tooth Wearとは

(図1)Tooth Wearの分類: 「酸蝕」「摩耗」「咬耗」の 他に「アブフラクション」も属する

先述しましたが,Tooth Wearとは,う蝕原因菌によらない歯質表層の損失(溶解)で,ライフスタイルに大きく影響されます.では,Tooth Wearとは具体的にどのようなものなのでしょうか.Tooth Wearは,「酸蝕」「摩耗」「咬耗」の3つに分類されます(図1).一般的に「酸蝕(侵蝕ともいう)は,酸による化学的な歯質の溶解で,摩耗は歯以外の物理的な方法・手段による擦り減り.咬耗は,歯と歯との接触による擦り減りである」と定義されています.

(図2)酸蝕の特徴的な臨床像: 酸によるエナメル質表層の 溶解で,象牙質が透過している (参考文献4より引用)

(図3)摩耗の特徴的な臨床像: 辺縁歯肉と歯頚部によく見られる. 不適切なプラークコントロールが原因

具体的に「酸蝕」は,主に食事由来,胃由来の酸が原因で,歯質が溶解することです(図2).「摩耗」は,不適切なブラッシング(歯磨剤も関連)で,歯が擦り減ることをいいます(図3).

(図4)咬耗の特徴的な臨床像: 上下顎が緊密に咬合し,切端ある いは咬合面が平坦となっている

「咬耗」は,上下顎が緊密に咬合することにより,歯が擦り減りますが,ブラキシズムなども関連しています(図4).通常,「酸蝕」「摩耗」「咬耗」が単独で症状を呈するというよりも,複数の要素が組み合わされ,重症化する傾向にあります.最近では,第4の因子として,咬合のひずみによる「アブフラクション」もTooth Wearの範疇に属するようになりました.

次回からは,個々の詳細説明と症例写真を提示し,口腔内に潜むリスクや状況などを解説していきたいと思います.

「参考文献」

1. 厚生労働省医政局歯科保健課.平成17年歯科疾患実態調査.東京:厚生労働省,2006. 2. 厚生労働省大臣官房統計情報部.平成19年簡易生命表.東京:厚生労働省,2007. 3. WHO Oral Health Country/ Area Profile Programme. http://www.whocollab.od.mah.se/ (2009年3月7日アクセス) 4. 深川 優子.Tooth Wearの視点で考える〜歯が減るのはなぜ?〜.歯科衛生士,2008.

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