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こうした中、NPO法人日本・アジア口腔保健支援機構(JAOS)は、感染管理を単なる治療環境の手技や院内マニュアル指針の話に留めず、患者だけでなく、スタッフの健康を守る歯科感染制御を社会を支える「インフラ」として再定義しようとしている。JAOSの理事長で(医)秀真会・とつかグリーン歯科医院の理事長でもある渡辺秀司先生に、その真意と今後の展望を伺った。
感染管理で歯科医療をアジアの盾へ―歯科医療の社会インフラを目指すJAOSの挑戦
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「個人任せ」の限界‐現場に潜む構造的な障壁と徹底の難しさ
医療の中で感染管理の重要性が叫ばれながら、なぜ多くの現場で「徹底」が難しいのか。
渡辺先生は、現在の歯科業界における感染管理の状況について、以前に比べれば意識は向上しているものの、依然として現場の裁量に委ねられている部分が大きいと指摘する。
「普及はしていると思いますが、一部では完全ではないし、徹底されていません。徹底することが大事です。これには興味があるとか、こうしなきゃいけないというフィロソフィー(哲学)だけではなく、仕組みとして回していくことが不可欠です」
ドクターがどれほど「感染対策をしよう」とタクトを振っても、実際に手を動かすスタッフ一人ひとりにその意義が浸透し、運用として回り続けなければ意味をなさない。しかし現状では、医院経営に直接、影響しにくいことから、個々の医院や個人の意識に依存した「スタッフや個人任せ」の対策に留まっているケースが散見される。
一方で渡辺先生は、感染管理を“院内の話”として閉じず、「感染環境はそこで働く医療人の家族や社会に波及する」という視点で捉え直す必要があるとも語る。感染管理は、院内の安全確保にとどまらず、地域で暮らす人々の健康リスクを抑えるインフラ整備・「社会性」の話でもある――その問題提起を、日本だけでなく、アジアに向けるという考えが、JAOSの活動の根底にある。どの国においても安心・安全に歯科医療が受けられることが理想、それを日本から発信する。

感染管理の徹底を阻む2つの構造的要因
感染管理が「スタッフ任せ」になり、徹底されない背景には、二つの構造的要因があると渡辺先生は分析する。
- (1)コストの問題:グローバル基準には投資が必要
「感染管理ってお金かかるんですよ、はっきり言って。機械を整備したりランニングコストを詰めたりするには、相当な投資が必要です。でも、今の低い保険点数の中で、それらすべてを賄っていくのは経営的に容易なことではありません」
高度な滅菌・洗浄機器の導入などの初期投資に加え、ディスポーザブル製品の使用によるランニングコストも伴う。この経済的な負担が、現場の理想と現実の間に乖離を生み、結果として「徹底」を難しくしてしまう。理解ある歯科医院は採算を考慮しながら、いろいろ工夫し実践しているのが現状です。 - (2)教育と臨床のギャップ:コメディカルまで届く体系が乏しかった
渡辺先生によれば、専門的な口腔外科などでは厳格な管理が行われてきた一方、一般的なクリニックでは、コメディカル(歯科衛生士や歯科助手)までを対象とした「歯科に特化した体系的な教育プログラム」がこれまで乏しかったという。そのため、JAOSは歯科に特化した感染制御の道筋を考えそれが、歯科感染制御管理者検定につながった。「専門的な知識を増やすための個人資格はあっても、一般的なコメディカルまで含めて、専門的知識を身に着けるになる仕組みは他にありませんでした。患者様に寄り添いながら自分を守ため、感染管理(インフェクション・コントロール)を勉強する。この教育の空白が、現場の格差を生んでいるのです」
口腔外科のような専門環境を除けば、一般歯科における感染管理基準は個々の医院の判断に任されがちだ。教育の空白が、意識や技術の格差を拡大させる構造的な要因となっている。

「東洋の盾」へ―スタッフとその家族、そしてアジアを守るJAOSの信念
こうした課題に対し、JAOSはどのような理念を持って向き合っているのか。
渡辺先生は、JAOSの活動を単なる「資格発行」ではなく、歯科医療を社会的なインフラとして確立するための運動であると位置づけている。根底にあるのは、感染管理を「誰のために行うのか」という視点の転換だ。
「今までは患者さんのためというのが第1条件でしたが、今はメディカルスタッフの健康管理や、彼女たちが健康で仕事ができるようにすることがクローズアップされています。スタッフ、そしてその後ろにいる家族や
子供たちも含めて感染を予防していく。それがJAOSの立場です」
感染管理は、患者の安全のためだけでなく、働く人を守り、その生活圏(家族・子ども・地域)へと波及するリスクを抑える行為でもある。だからこそ、個々の善意や努力に依存するのではなく、「仕組み」で回り続ける形にする必要がある――JAOSの思想はここにある。
さらに渡辺先生は、「歯科が社会のキーワードになる時代が来ている」と語る。感染症は今後も新興感染症として次々に現れる可能性があり、歯科は“院内の衛生”にとどまらず、社会の感染対策の一端を担う役割へと拡張していく。その変化を見据えた上で、JAOSは歯科に特化した感染管理の標準化と人材育成に取り組んでいる。

教育現場から変える―アカデミック検定とは?
JAOSが課題解決の具体的な一手として展開しているのが、養成校の在学中に専門知識を身に付ける「アカデミック検定」である。渡辺先生は、就職後ではなく「在学中」に取得することに強いこだわりを持っている。
「在学中に行うのは、免許を取っているのと同じステータスにするためです。感染に関して知識と実務能力があるという証明があれば、就職時にも有利です。また、本人の自信にも繋がり、医療現場に送り出す親御さんも安心できると思います」。資格取得者が一人でも現場に入ることで、院内の意識・運用を引き上げる起点にもなり得る――その“波及効果”を、渡辺先生は重視している。
実際、検定後に学生が残す言葉には「感染管理は自分の仕事の誇りになる」という実感が色濃くにじむ。現在、学校法人神奈川歯科大学東京歯科衛生士専門学校・学校法人広沢学園 つくば歯科福祉専門学校・学校法人広沢学園 取手歯科衛生専門学校・学校法人小倉学園新宿医療専門学校・学校法人東邦歯科学院東邦歯科医療専門学校が受け入れている。これを日本の教育現場に広めることを目標にしている。
<神奈川歯科大学東京歯科衛生専門学校の受講生からの感想>
- 「患者さんや自分自身を守るためにはしっかりとした感染対策が必要だということがわかりました。今日学んだことを活かしてしっかり衛生的な歯科治療を行えるようにしていきたいと思いました。将来、歯科衛生士になったときは、患者さんの立場に立って衛生面を考えられるような歯科衛生士になりたいと思いました。」
- 「今回二種歯科感染管理者検定を受講して、歯科医院内における清潔、不潔や減菌物の扱い方など、臨床実習での話とつながることがあり、これからの臨床実習にも役立つことばかりで理解を深めることができました。また、国試対策としても過去問などを取り入れての授業だったので、とてもためになる授業でした。」
- 「一つ一つの説明がとても分かりやすく、今までなんとなく理解していたものの理屈を知ることができた為、知識に厚みが出たように感じています。今日学んだことを忘れることなく、感染管理を徹底できる歯科衛生士を目指したいなと思いました。」などの言葉が続く。渡辺先生は、「感染管理を学ぶことで、学生自身が歯科衛生士としての自分の立ち位置を理解できるようになる。それは、彼女たちが歯科医療に携わる意味を見出すきっかけになる」と語り、教育の持つ力に大きな期待を寄せている。

資格を価値に変える―取得した先をも見据える取り組み
JAOSの構想は、学びを資格として完結させることに留まらない。アカデミック検定合格者と、感染管理に注力している歯科医院を結びつける「歯科感染管理者・求人求職サイト」の開始も予定されている。
「採用に困っているクリニックは多い。しかし、JAOSの資格を持つ人材を採用することは、医院が社会的インフラとしての立場を明確にすることに直結する。同じ給料であれば、少し上げてでも欲しいと思われるような、社会的ステータスを確立したい」と、渡辺先生は展望を語る。
この仕組みは、現役学生だけでなく、一度現場を離れた歯科衛生士の復職支援としても機能する。
最新の感染管理知識を武器とすることで、ブランクのある歯科衛生士が自信を持って再就職できる「心のインフラ」を提供する狙いだ。JAOSは、資格を単なる知識の証明ではなく、キャリアを支える実利的な武器へと昇華させることを目指している。

日本からアジアへ広げる、感染管理が導く未来
渡辺先生とJAOSが描く未来は、日本国内にとどまらず、アジアへと広がっている。日本で培った高い感染管理基準を共通言語とし、日本の歯科衛生士がJICA(国際協力機構)などを通じてアジア諸国に赴き、現地の口腔保健を支援する構想である。
「アジアの発展途上地域で、歯科感染管理を理解した日本の歯科衛生士がブラッシング指導や口腔ケアを行う。そうした活動を連携して広げていきたい。将来的には、アジアの中に歯科衛生士の学校を作りたいという構想もある」と、渡辺先生は語る。
また、渡辺先生は医療のあり方そのものについても言及する。「健康を害すると、心理的にも社会的にも人は弱くなる。その根元にあるのが感染である。高齢になると免疫力は低下する。過剰な細菌感染を抑制し、プロバイオテックスとして細菌と共存することで健康を維持してこそ、人は正しく生きていける。
歯科医師や歯科衛生士は、単なる治療者ではなく、社会の健康の土台を支えるプライマリケアとして、総合診療の担い手であるべきだ」と、その考えを示した。最後に、次代を担う医療従事者へ向けて、渡辺先生は次のようなメッセージを送る。「感染管理を理解することは、自分の立ち位置を変えることになる。あなたが一人のスタッフとして医院に入ることで、意識改革という名のイノベーションを起こしてほしい。
それは多額の投資ではなく、正しい知識と誇りを持つことから始まる。信頼できる仲間と共に、歯科医療を通じて社会に貢献するという高い志を持って歩んでほしい。」

編集後記
今回の渡辺先生へのインタビューを通じて、感染管理というテーマが持つ意外なほどの「熱量」と「広がり」に強い印象を受けた。日々の診療において、滅菌や洗浄は「当たり前のルーティン」として処理されがちである。しかし、渡辺先生の言葉からは、そのルーティンこそがスタッフの家族を守る行為であり、日本とアジアをつなぐ「社会の盾」としての誇り高い活動であるという、新たな視座が浮かび上がった。
特に、学生たちが感染管理を学ぶことで「自分の立ち位置が見えた」と語る姿は、歯科医療という仕事の尊さを改めて認識させるものであった。感染管理を日本からアジアへ、そして世界へ。JAOSが描く壮大な未来図は、現場で働く一人ひとりの「正しい知識と誇り」という小さな一歩から始まっている。本記事が、読者にとって自身の仕事を「社会的インフラ」として捉え直し、次の一歩を考える契機となれば幸いである。



