連載コラム【Contemporary Periodontics】第3回 歯周病の病態生理学(Pathophysiology of Periodontal disease pathogenesis)

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 歯周病は非プラーク性歯周疾患を除き、歯周病原細菌によって引き起こされる感染性炎症性疾患であり、歯肉・結合組織や歯槽骨の破壊を特徴とする疾患である1。1965年にLöeら2の「Experimental Gingivitis in Man」と題された臨床研究の結果が報告されて、歯肉炎は、プラーク内のバイオフィルムによって引き起こされることが科学的に証明された。それ以来、歯周炎についてもプラークが重要な役割を果たすと考えられている。
 プラーク内のバイオフィルムはヒト1人当たり約150種が存在し、最大800の異なる菌種が同定されている3Socransky4は健康な歯周組織に存在する細菌と重度歯周炎罹患部から高頻度に検出される細菌を病原性の異なるグループとして分類した。その中でRed Complexに分類されている Porphyromonas gingivalis, Tannerella forsythiaはグラム陰性菌、Treponema denticola はスピロヘータであり、いずれもタンパク分解酵素の産生能を有することから歯周病罹患に関わる病原性が高い細菌であるとされている5。これらの細菌はプラーク形成過程の後期において初期に付着した菌上にリガンドを介して付着し、歯周ポケット内を浮遊していることが多く、長期に渡って成熟したプラークバイオフィルム中に存在する。このようにある特定の菌種が歯周炎に深く関与していることが示唆されている一方で、プラーク内細菌によるバイオフィルムという性質が関係しているとも考えられており、近年ではバイオフィルムを形成する細菌間の相互作用による影響も大きいことが分かってきている。

 さらに、これまで侵襲性歯周炎と慢性歯周炎では特定の歯周病原細菌に基づいて両疾患を識別することはできず、原因となるバイオフィルム内の細菌は類似していること6が示唆されており、特定の菌種が歯周病の発症を引き起こすかについては未だに結論が出ていない7,8。そのため近年では、単独の病原体自体が原因となるのではなく、“Dysbiosis”=共生微生物叢の不均衡によっておこるのではないかと考えられている。健康時では、歯周組織においては宿主の恒常性免疫とプラーク内の細菌叢が均衡している状態である。歯周炎では、これらのバランスが崩れることで、様々な細菌が破壊的な炎症を促進させ、相乗的に宿主の免疫過剰反応を引き起こすことで発症するというものである。近年では、プラーク内バイオフィルムにおけるキーストーン病原体(例えば、Porphyromonas gingivalis)が、初めに宿主免疫反応を破壊し片利共生の病原細菌が炎症反応を過剰に活性化することで”Dysbiosis”を引き起こし、組織損傷をもたらす活発な炎症状態をもたらすと考えられている(図1)。
 バイオフィルムが宿主免疫反応を刺激すると、TNF、IL-1、IL-6,8などの炎症性サイトカイン量が増加し、継続的なバイオフィルムによる攻撃は、リンパ球、主にTh17およびTh1によって媒介される適応免疫応答を活発化させる。次に、T細胞とB細胞は RANKLの発現を増加させ、単球-マクロファージ・破骨細胞前駆細胞の破骨細胞への分化、および破骨細胞の成熟と活性化 を刺激し、歯槽骨の骨吸収を促す。また、DKK-1やスクレロスチンなどのWnt経路のアンタゴニストが増加し、骨芽細胞分化が抑制され骨形成が減少する方向に働く。そして、歯周炎が進行している間は炎症を制限する制御性T細胞の数が減少するため、制御不能な炎症を引き起こし歯槽骨の骨吸収が進行し続ける。歯周病にとってバイオフィルムの存在は脅威なことが分かる。

 一方で、遺伝的および環境的な宿主因子が歯周疾患発生率に影響を及ぼすことも分かっており、歯周病は生活習慣病などと同様の病因を共有すると考えられている。危険因子には、宿主反応を悪化させる細菌の存在、全身疾患、喫煙、年齢、食事(高脂質)、および免疫不全などが含まれ、これらの要因は、個別に、またはより相乗的に組み合わせて作用することにより、歯周組織は歯周疾患の病態へと変化する9(図2)。また、新分類のグレードのリスク因子(喫煙や糖尿病)でも挙げられたように、歯周病は生活習慣病として位置づけられ全身疾患との関連性10が示唆されており、患者の健康を獲得・維持するためには歯周治療を中心とした治療が求められている。次回からは全身疾患と歯周病との関わり(ペリオドンタルメディスン)について考察していく。
参考文献

1.歯周治療の指針2015 特定非営利活動法人 日本歯周病学会 編
2.Löe, H., Theilade, E. & Jensen, S. B., Experimental gingivitis in man. J. Periodontol. 36, 177–187, 1965.
3.Lourenco, T. G. et al., Microbial signature profiles of periodontally healthy and diseased patients. J. Clin. Periodontol. 41,
1027–1036, 2014.
4.Socransky SS, Haffajee AD, Dental biofilms:difficult therapeutic targets. Periodontol, 2000 28, 12-55, 2002.
5.Feres M, Teles F, Teles R, et al., The subgingival periodontal microbiota of the aging mouth. Periodontol, 2000 72, 30-53, 2016.
6.Mombelli, A., Casagni, F. & Madianos, P. N.; Can presence or absence of periodontal pathogens distinguish between subjects with chronic and aggressive periodontitis? A systematic review. J. Clin. Periodontol. 29 (Suppl. 3), 10–21, 2002.
7.Perez Chaparro, P. J. et al., Newly identified pathogens associated with periodontitis: a systematic review. J. Dent. Res.
93, 846–858, 2014.
8.Perez Chaparro, P. J. et al., The current weight of evidence of the microbiologic profile associated with peri-implantitis:
a systematic review. J. Periodontol. 87, 1295–1304, 2016.
9.Hajishengallis G, Chavakis T, Lambris JD. Current understanding of periodontal disease pathogenesis and targets for host-modulation therapy. Periodontol 2000. 2020;84.14–34; 2020.
10.Beck JD, Philips KH, Papapanou PN, Offenbacher S.; Periodontal Medicine: 100 Years of Progress. J Dent Res. 98, 1053-1062, 2019.

     
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第2回 歯科保険治療の進め方
(略 歴)
和泉 雄一(いずみ ゆういち)
1983年 東京医科歯科大学大学院歯学研究科修了 歯学博士
1987年 ジュネーブ大学医学部歯学科 講師(~1989年 9月)
1999年 鹿児島大学歯学部 教授(歯科保存学講座2)
2007年 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 教授(歯周病学分野)
2015年 日本歯周病学会理事長
2019年 総合南東北病院オーラルケア・ペリオセンター長
2021年 福島県立医科大学 特任教授

デンタル文京白山、東京医科歯科大学 臨床准教授 秋月 達也 先生
東京医科歯科大学 歯周病学分野 非常勤講師 井川 貴博 先生

(主な所属学会)
日本歯周病学会(名誉会員、歯周病専門医・指導医)、日本歯科保存学会(名誉会員、歯科保存治療専門医・指導医)、WCOI Japan 理事、口腔病学会名誉会員、ITI Fellow、American Academy of Periodontology (International Member、Editorial Advisory Board)、Asian Pacific Society of Periodontology (Councillor)

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© Dentwave.com

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