歯界展望~今月の立ち読み記事~【Vol.131 No.2 2018-2 】TOPIC 歯周病病態形成における喫煙の影響-免疫応答の側面から

 
医歯薬出版

喫煙はさまざまな疾患の発症・進行と関連していることが多くの疫学研究を通して明らかになっており,歯周病の進行に大きな影響を及ぼす環境因子である.本稿では,喫煙が歯周病の発症・炎症の遷延化・歯槽骨吸収に及ぼす影響について,われわれが行った基礎研究や前臨床研究を紹介・概説する.
喫煙と歯周病

 今から半世紀以上前の1965(昭和40)年,8割を超えていた成人男性の喫煙率は,2017(平成29)年には28.2% まで減少した(図1)1).しかし喫煙に対する規制が進む昨今,依然として3割弱の男性(女性は1割弱)が喫煙習慣を有することに加え,統計には表記されない無数の人々が受動喫煙に曝されている.喫煙者は非喫煙者よりも歯周病罹患率が高く歯槽骨吸収がより進行し,歯周基本治療の効果が低く歯周組織再生に対しても負の影響を及ぼすことが報告されている.


喫煙が抗原提示細胞に及ぼす影響

 免疫担当細胞は相互に機能制御を行いながら生体の恒常性維持に関与しており,抗原提示細胞は免疫担当細胞による免疫制御において中心的な役割を果たしている2,3). 抗原提示細胞は外来異物などの抗原を取り込むと活性化され,リンパ節に到達し貪食した抗原を消化分解して,ナイーブT 細胞に対して抗原提示を行いヘルパーT細胞への分化誘導により外来抗原に対する獲得免疫を成立させる.
 われわれは,喫煙習慣をもつ歯周病患者の病態が非喫煙患者よりも進行する一因は,喫煙によって免疫系が撹乱するとの仮説のもと,タバコ煙のガス相・粒子相共に多く含まれるニコチンが抗原提示細胞の分化にいかなる影響を及ぼすかを検討した.
 末梢血液中の単球を分離した後,ニコチン非存在下で分化させた樹状細胞を対照群,ニコチン存在下で分化させた樹状細胞をニコチン群として,サイトカイン産生能,T細胞増殖能,Th1/Th2 分化について検討した.その結果,ニコチン群は対照群と比較してTh1型免疫応答を強く誘導するIL-12 の産生量の抑制,抑制性共刺激分子の発現によるT細胞増殖能の抑制,Th1サイトカインであるIFN-γ産生の減弱とTh2サイトカインであるIL-5/IL-10 産生の増強を認めた4,5).この傾向はマクロファージにおいても同様であった6)

 これらの結果より,喫煙によって体内に取り込まれたニコチンは免疫応答をTh2 型に偏向させると考えられる(図2).喫煙者ではニコチンによる血管収縮作用により末梢の炎症病変部での血液循環の不全,それに伴う歯周組織局所への免疫担当細胞の遊走数の低下,さらにTh2型免疫応答への免疫偏向による貪食細胞の活性低下・炎症の遷延化など,局所のみならず全身性の免疫機能の変化により,非喫煙者と比較して歯周病変の進行・悪化が顕著な傾向を示すものと思われる.
 なお,ニコチンは細胞表面に発現している,多数のサブユニットから形成されるニコチン様アセチルコリンレセプター(nicotinic acetylcholine receptor:nAChR)に結合し,シグナルを細胞内に伝達する.単球においても多くのnAChR サブユニットが発現している7).nAChR の非選択的アンタゴニストであるd- ツボクラリンで前処理した単球をニコチン存在下で分化させて得られた樹状細胞は,前出のニコチン群と比較して,IL-12産生量,T細胞の増殖活性,Th1型サイトカイン産生を増強した4).この結果から,ニコチンによるシグナルは単球に発現しているnAChR を介していることが明らかとなった.

マウス実験的歯周病モデル

 喫煙習慣を有する歯周病患者の歯周病病態増悪や治癒遅延,再生療法が奏功しないことを示す臨床研究報告は数多く存在する.その一方,喫煙者の生体内変化を検討するために必要と思われる,実験動物での歯周炎発症から治癒に至るモデルの構築はほとんどなされていない.
 喫煙が生体内に及ぼす影響には,口腔,咽喉,肺にタバコ煙が直接曝露して,局所粘膜の損傷や機能障害を起こす直接的な為害性と,粘膜面からタバコ煙成分が吸収され,末梢血液中にタバコ煙成分が全身的に循環することにより,ヒト体内に為害性を及ぼす間接的な作用があげられる.われわれは後者の影響についてマウスを用いて検討した.
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 ニコチンを腹腔に前投与したマウスの上顎左側第二臼歯周囲を絹糸で結紮することで歯槽骨の吸収を誘導するマウス実験的歯周炎モデルを作製した8).その結果,リン酸緩衝液を投与した群(対照群)の絹糸結紮側と比較して,ニコチンを前投与した実験群では歯槽骨吸収が有意に増加し(図3),破骨細胞数が増加した9).また,所属リンパ節である顎下リンパ節において破骨細胞分化因子であるreceptor activator of NF-kappaB ligand(RANKL)の遺伝子発現も,対照群と比較してニコチン前投与群においてRankl 遺伝子発現が有意に上昇した.マウス実験的歯周病モデルにおいてニコチンの前投与により破骨細胞への分化誘導がより促進され,歯槽骨の吸収が進行することが示唆された.

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※原則として著者の所属は雑誌掲載当時のものです。
<掲載号はこちら>
歯界展望131巻2号TCHの正しい理解のためのQ&A/医歯薬出版株式会社
https://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=021312


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