歯界展望~今月の立ち読み記事~【Vol.139 No.2 2022-2 】攻める歯科医療 待つ歯科医療 ~長期経過症例から学んだこと~

 
医歯薬出版

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はじめに

 歯科疾患は細菌感染が主な原因であり,早期の治療介入が日常であることから,筆者自身は「攻める歯科医療」という認識に乏しい.一方,歯周治療を例にとると,歯周基本治療の反応,すなわち「病態の推移」を見ながら歯周外科の実施の是非や時期を決定している.それは症例ごとに個別の反応を示すからであるが,処置を通じて介入方法や時期の判断(待つ歯科医療)を行っているのであろう.欠損補綴においても,既往歴や欠損歯列の診断,テンポラリーレストレーションなどを通じて「病態の推移」を見極め,補綴設計に生かすことが望ましいと思われる.しかしながら,筆者の臨床では,患者の希望に沿いながら早期に治療方針を決定することが多く,術後経過で処置の妥当性を確認しているのが現状である.
 本稿では,前後的すれ違い傾向に対してインプラントで対応した症例を提示し,「攻める歯科医療」の経過観察から学んだことを考察したい.

症例の概要

  • 患者:67 歳,男性,会社員
  • 初診:2005 年5 月,友人の紹介で来院   主訴:上顎義歯の違和感が強い
  • 全身疾患:脳梗塞の既往あり(バイアスピリン服用),非喫煙
 患者は義歯床が舌に当たるのが気になるとのことで,インプラントで改善できないかと訴えた.患者の子どもは医療ジャーナリストであり,当初は別の歯科医院を紹介したようだが,半年間検討した後に当院で治療を受けることにしたという.

症例の診断

 パノラマX 線写真において,下顎角が張っているブレーキーフェイシャルタイプ(短顔系)であり,咬合力が強いと考えた.また,残存歯数17歯,Eichner B2,咬合支持4カ所,宮地の咬合三角では第3エリアであり,難症例の欠損形態である.歯式上では前後的すれ違い傾向であり, のブリッジごと動揺しており,咬合崩壊を生じていた.咬合支持歯のは失活歯でポストコアが太く予後不安であり,近い将来, 前後的すれ違い咬合に移行することが懸念される.左右側とも咬合平面の乱れが顕著で,顎堤吸収の大きい左側が咀嚼中心であることが推測された(図1)

義歯の既往(図2,3)

■上顎義歯(図2)
 2年前に上顎前歯が破折したことで初めて義歯を作製したが,その義歯が割れたため,二度レジン床義歯を作り直していた.当院来院2カ月前に,三度目の義歯を金属床で作製したという.前医が作製した義歯は支台装置の適合が素晴らしく,動きの少ない,よく検討された設計であると思われる.ところが,①発音しづらい,舌がつっかえる,②肉が噛みきれない,③取り外しが苦痛,という訴えがあった.

■下顎義歯(図3)
 4,5 年前に義歯を作製したが,欠損顎堤の疼痛が治まらず,調整して再製を4 回ほど繰り返した.上顎と比較すると支台装置は緩圧型の義歯であり, の人工歯を省くなど,前医の試行錯誤と苦労が読み取れる.現在普通の食事はできているが,せんべいなど硬いものは食べないほうがよいと言われ,守っているという.

患者の希望と処置方針のはざまで

 患者は上顎は義歯装着時の舌感の改善とインプラント治療を希望しており,下顎は義歯でもよい,とのことであった.一方,筆者の治療目標である咬頭嵌合位の回復と保持という観点からは,下顎にこそインプラント治療が不可欠であり,上顎の補綴処置は本来不要と判断していた.したがって,患者の希望と術者の処置方針を擦り合わせる必要があり,検討に時間を要したが,インプラントを用いた固定性修復とすることで合意を得た.万が一,患者の希望と術者の処置方針とが乖離している場合は,自院では治療するのは難しいことを伝えるなど,勇気ある撤退を選択することが肝要と考えている.

治療の進め方

 最初に,診断用ワックスアップを作製し,インプラント埋入の基準とした(図4). テンポラリーレストレーションで,咬合高径・咬合平面・咬合位・前歯の被蓋関係を確認しながら治療を進めることとした.特に,咬合平面の乱れに対しては,①下顎前歯のMTM,②咬合挙上,③補綴処置で対応することになった.インプラントの本数・植立位置を患者の希望とCT 画像をふまえて決断したが,当時,本数に関しては明確な根拠はなかった1).インプラントの本数は,植立部位や咬合関係,欠損形態,個別性などを考慮しながら最小限にすべきであるが,現在でも本数を感覚的に決定しているのが正直なところである.

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治療経過
 下顎左右臼歯部に4 本インプラントを植立し強固な咬合支持を獲得したのち,上顎前歯部にインプラントを植立した.予後不安歯だった の喪失は,術後対応を考慮すると結果的に本ケースにはプラスに働いたと考えている(図5).その後,テンポラリーの破損,咬合高径の低下に悩まされ,患者の咬合力の強さを実感することとなる.さらに,上顎前歯は固定性のインプラントに置き換えても舌感の違和感を訴えた(図6,7).下顎前歯はMTM およびテンポラリーの咬合挙上を行い,咬合平面の修正を行った.咬合挙上により舌感が改善され,咬合位に問題がなかったことから最終補綴物の作製に移行した(図8)

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※原則として著者の所属は雑誌掲載当時のものです。
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歯界展望 139巻2号 攻める歯科医療 待つ歯科医療 ~長期経過症例から学んだこと~/医歯薬出版株式会社 (ishiyaku.co.jp)
https://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=021392


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