第37回:ホルムクレゾールをめぐる論争

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British Dental Journal(BDJ)の2009年1月10日号の目次をながめていたら、投書欄(Letters to the Editor)に“Formocresol alternatives”(Dr.Duggal)と“Formocresol: A plea”(Dr.Lewis)というホルムクレゾール(FC)に関する投書2件が目に留まった。まだFCはもめているのかと思いつつ目をとおしてみた。両者ともにFCは小児に使うべきではないという立場であり、2008年の同誌に掲載されたDr.Lewis自身およびFCを容認する立場のDr.Milneの投書に言及している。 2007年11月シカゴで開催された歯髄治療に関するシンポジウムにおいて、Dr.Milneとそれと対立する形のDr.Waterhouseの間でFCをめぐる論争が行われており、その内容はJournal of Endodontics2008年34巻7S号に掲載されている。これらの論文は前記の投書では引用されていないが、Dr.Milneの“FCは時代遅れか?安全性にかかわるエビデンスの見直し”はかなり説得力のあるレビューとなっている。それにくらべ、1981年からFCの発がん性、催奇形性などに警鐘を鳴らしているというDr.Lewisの発言は説得力を欠いている。2008年にはFCの遺伝毒性が明らかになっているとして引用している論文も見てみたが、そのデータの解釈にはかなりの疑問があり、彼の説得力を高めるものとはなっていない。Dr.Lewisについて少し調べてみると、2008年にBDJ5月号に投書したのと同内容のものが米国の三つの州および、アイルランドの歯科医師会雑誌の4〜6月号の投書欄にも掲載されており、この執拗さには驚かされた。 我が国ではFC離れが進んでいるようであるが、なぜであろうか? JADA1978年96巻5月号に掲載された“FCによる歯髄切断後のホルムアルデヒドの分布”あるいはそれに引続くJournal of Dental Research1980年59巻3月号の“FC処置した歯髄切断部からのホルムアルデヒドの全身への分布”の論文の影響を強く受け、何となく不安に駆られての結果ではなかったかと推測している。そこで、両論文を改めて読んでみたが、要約するとおよそ次のようになる。放射性の炭素14(14C)で標識したホルムアルデヒド(14C FA)をFCに混ぜ、それをサルあるいはイヌの歯髄切断面に投与し、14Cを分析して分布状態を調べたところ、投与した14C FAの5〜10%が切断面から吸収されたが、吸収は5分以内に終了し、血中の14C濃度は15〜30分でほぼ一定となった。14Cは全身に分布していたが、肝、肺、腎での濃度が高く、筋肉では低かった。30分後には尿、呼気(炭酸ガス)中にも排出された。こうした結果からすると、FAは断髄面から確かに吸収されるがそれは極々微量であり、それも体内では急速にギ酸、さらには炭酸ガスに変化するため、FA濃度は急激に低下するといってよく、FC歯髄切断術に不安をいだく理由は乏しいように筆者には思われる。 我が国でのFCの扱いにくらべ、米国では事情が全く異なっていることを示す2005年の調査結果がある(Pediatric Dentistry2008年30巻1号)。それによると、生活歯髄切断に関して、回答のあった小児歯科のある48の歯学部では76%がFC、24%が硫酸鉄(FS)を教え、689人の米国小児歯科アカデミー認定歯科医では81%がFC、18%がFS、1%がその他を使用となっている。米国ではFCが圧倒的に多く、我が国ではお馴染みの水酸化カルシウム(CH)は出てこない。 小児の生活歯髄切断にはFC、CH、FS、MTA、レーザーなどが使われているが、信頼性が高いとされる比較臨床試験での成功率を比較してみると次のようになる。J Endod2008年34巻S7号に掲載されているレビューの中に文献データが表としてまとめられているが、その表からX線的評価による成功率を取り出して筆者が平均したものを紹介すると、FC 86%/CH 73% (3); FC 83%/FS 87% (7); FC 88%/MTA 97% (6)(カッコ内は平均値算出に用いた論文数)となっており、CHが最も劣り、FCとFSは同等、MTAが最もすぐれた結果となっている。こうした結果からするとMTAがよいように思われるが、これは高価すぎて一般使用にはなじまないとされており、第一選択はFCと同等の成績を示すFSというのが筆者の見解である。FSは、強酸性であること、レジン系材料では重合阻害を起こすことには注意が必要であるが、FCのような安全性にかかわる懸念や蒸散の問題がない利点がある。 FSとしては15.5%硫酸鉄水溶液が我が国でも市販されている(アストリンジェント、ウルトラデント・ジャパン)。この使用目的として、海外の説明文書には止血、生活歯髄切断なども記されているが、我が国での添付文書では“支台歯形成、印象採得などの際に、歯肉を圧排するために一時的に用いる”となっている。使用上の注意にはもちろん“本製品を所定の用途・用法以外には使用しないこと”となっている。しかし、この点に関しては、あるメーカーのボンディング材の使用上の注意には“硫酸鉄系の止血剤は本品を変色させ、接着強さの低下を招く恐れがあるので使用しないこと”という記載がある。これをみると、我が国でも“医師の裁量”により“目的外”にもFSが使われつつあるのかなという気がしている。 “小児へのFC使用をやめる科学的根拠はいまのところない”とするDr.Milneの見解は妥当だと思われるが、FCの蒸気に繰り返し曝される歯科医療従事者への影響やレジン系材料の硬化を阻害する(クレゾールの影響)という点からは、FCはできればやめたほうがよいと考えている。さらに、我が国では主流らしいCHの使用に疑問を感じている。上記のようにCHの臨床成績はよいとはいえず、また場合によっては象牙質を脆弱化させるという問題(CHにより根部象牙質の強度が低下するという報告が近年いくつか出されている)があるためである。米国ではFSの使用が増えているそうであるが、我が国でもFSへの移行が徐々に進むのではないかと思っている。 (2009年2月25日) 追記: ・2年ほど前に書いた第15回コラムも併せて読まれることをお勧めしたい。 ・ホルムアルデヒドの毒性、安全性について関心をお持ちの方には昨年4月食品安全委員会が公表した清涼飲料水評価書「ホルムアルデヒド」が参考になる :http://www.fsc.go.jp/hyouka/hy/hy-tuuchi-formaldehyde200427.pdf
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