第122回:清涼飲料の酸蝕性と酸蝕症

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暑くなると飲み物を摂りたくなるが、飲み物の種類によっては酸蝕症への注意も必要となる。最近、米国、英国の歯科医師会雑誌がこれに関する話題を取り上げているので紹介しよう。 まずJADA 4月号のタイトルは「米国における飲料のpH」。市販されている非アルコール性、非乳製品飲料のpHは2.1~7.4であり、pH4.0以下の飲料は歯に害を及ぼすとされている。口腔内pHが臨界pH(注参照)の5.5以下になるとエナメル質表面は脱灰し始めるが、pHが4.0以下になると歯の表面が侵され、pHが1下がるとエナメル質の溶解性は10倍、pH4.0から2.0になると100倍エナメル質が脱灰することになるという。飲料の酸蝕性には、pHが主要な決定的因子であることが明らかにされているが、クエン酸は酸として酸蝕性を示すが、pH6になるとクエン酸イオンとしてキレート作用による脱灰を起こす可能性もある。 市販飲料のpHが低いのは酸が添加されているためであるが、それは砂糖の甘さとのバランスをとるために酸味、ピリッとした独特の風味を与えている。リン酸は、コーラ飲料に酸味を与え、細菌やかびの成長を抑え、保存性を高めるために、クエン酸は、ピリッとした風味を与え、保存料として、リンゴ酸は、多くの非炭酸性飲料(フルーツドリンク、強化ジュース、スポーツドリンク、アイスティーなど)の固有の風味を高めるため、あるいは人工甘味料を使った炭酸飲料にも味を強化し、ほかの調味料を減らすために、それぞれ添加されている。 論文では379種類の飲料を購入し、開封直後にそのpHを測定した。試験した飲料の種類(著者らの分類)とそれらのpHの全体をまとめたのが表1である。コーヒーを除き、いずれの種類の飲料でもpHの最低値は2~3となっている。試験した飲料の39%がpH3.0以下で強酸蝕性、54%がpH3.0~3.99で中酸蝕性、7%がpH4.0以上で弱酸蝕性と考えられた。pH2.4以下の最も酸性の強い飲料は4商品あった。日本でもなじみのありそうな飲料のpHの具体例を表2に少し示す。

表1 試験した飲料の種類とpH

表2 市販飲料のpHの例

クエン酸が添加されている商品が最も多く、次いでリン酸、それに次いでリンゴ酸であった。(こうした情報は飲料の容器のラベルに記載されており、それを利用したとあるが、論文には各商品について具体的には記されていない。そこで、筆者がインターネットで成分を調べたものを表2に載せた。米国で販売されている飲料では、主要な飲料成分が具体的に明らかにされている。ところが、我が国で販売されているコーラ飲料などでは、リン酸、クエン酸といった具体名はなく単に酸味料となっており、どのような酸が添加されているか不明瞭である。調べてみると、欧州の各国ではリン酸が添加されていれば、リン酸あるいはEU内で使用するために決められている食品添加物の分類番号E338がラベルに記載されている。) Brit Dent Jの4月8日号の論文では、英国で販売されている9社のコーラ飲料を取り上げ、砂糖入りのレギュラータイプと無糖のダイエットタイプの製品の合計71製品について、開封直後および開封20分後のpHおよび滴定酸度、フッ化物イオン濃度を測定している。滴定酸度は、サンプル50 mlを0.1M NaOHで滴定して、pHが5.5あるいは5.7になるまでのNaOHのml数とした。(pH5.5と5.7は、それぞれエナメル質と象牙質の臨界pHである。) レギュラータイプとダイエットタイプをくらべると、前者は、pHで有意に低く、滴定酸度で有意に高かった(表3)。開封直後と開封20分後を比較すると、pHでは有意差はなかったが、滴定酸度は20分後に有意に低下した。(筆者:論文には書かれていないが、開封して放っておくと炭酸ガスが抜けるが、炭酸は弱酸のためpHにはほとんど影響しない。しかし、滴定酸度には影響してそれは低下する。)

表3 レギュラータイプとダイエットタイプのコーラ飲料のpH、滴定酸度、p値

pHはレギュラー2.10~2.55、ダイエット2.43~3.23であり、9種類の製品の酸蝕性は似ていたが、それらに添加されている酸の製品数は次のようになっている。レギュラーではリン酸6、リン酸/クエン酸3、ダイエットではリン酸/クエン酸5、リン酸/クエン酸/リンゴ酸2、リン酸1、リン酸/リンゴ酸1。レギュラーはリン酸添加製品が多く、ダイエットにくらべ、pHが低く、滴定酸度も大きく、酸蝕性が強いものが多いといえる。酸の強さは、リン酸が最も強く、次いでクエン酸、リンゴ酸はそれより少し弱い。pHには強い酸であるリン酸の影響が大きく現われるが、滴定酸度にはリン酸、クエン酸などの酸全体の濃度が反映される。なお、フッ化物イオン濃度は0.02~0.24 mg/L(平均0.09)と低く、レギュラーとダイエットタイプで有意差はなかった。 ついでに、我が国における酸蝕症の罹患状況について記す。東京の4か所の歯科診療所に定期的に通院する、無作為に選んだ1,108人(15~89歳、平均年齢49.1歳)について調べた報告がある(北迫ら:J Dent 2015年4月号)。年齢区分別の罹患率は表4のようになっており、全体の罹患率は26.1%(エナメル質19.3%、象牙質6.8%)であったが、年齢により罹患状況に違いが認められた。若年者ではエナメル質での罹患が著しく、逆に高齢者では象牙質での罹患が多かった。この傾向には、併せて行った食習慣の調査結果から、前者では酸性飲料、後者では酸性の果物をそれぞれ多く摂ることとの関係が示唆された。

表4 酸蝕症羅患率(%)

酸触症について、北迫は2015年の日補綴会誌で次のようなことを述べている。「過去10年以上にわたり、酸蝕症の啓蒙活動を推進してきたが、「当院では酸蝕症をあまりみかけません」との意見をいただくことがある。この背景として、酸蝕症の病名や原因は認知しているものの、その診断・定義基準が不確かであり、初期のエナメル質段階が見落とされ、臨床症状と口腔内所見が比較的明確な象牙質段階で気づく場合が多いのではないかと推察される。」。この推察およびJ Dentの論文を考えると、一般開業医では酸蝕症がかなり見過ごされている可能性がある。今後は、初期エナメル質段階から酸蝕症というとらえ方も必要な時期になっているように思われる。 コーラにはリン酸が添加されていることは知ってはいたが、それがどの程度のpHなのか今回初めて知った。現在は清涼飲料を飲むことはないが、かって飲んだコーラやその他のソフトドリンクの中に、飲んでから歯がギシギシするような感じのものがあったことを思い出した。これは今にして思えば、酸蝕の結果だったのだろう。同じような感覚はクエン酸の多い柑橘類を食べた時にも起きる。酸蝕症のリスクを下げるには、pHが低く、滴定酸度の高い飲料はできるだけ避けることが役立つであろう。例えば、同じコーラでも、コカコーラとペプシのpHと滴定酸度を比較すると、pHは2.42と2.50、滴定酸度は5.0と4.66と異なっており、ペプシのほうがやや酸蝕性が弱い傾向にある。これは、コカコーラがリン酸のみであるのに対してペプシにはクエン酸も添加されていることが影響していると考えられる。

(2016年7月31日)

注:

エナメル質の臨界pHというのは、エナメル質のカルシウムが溶液中でちょうど飽和しているpHである。溶液のpHが臨界pH以上であると溶液はカルシウムが過飽和となってカルシウムが沈着する。逆に、溶液のpHが臨界pH以下であると溶液はカルシウムが不飽和となって溶液が飽和するまでカルシウムが溶ける。
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