第116回:歯科インプラントは万能かそれとも歯の保存に努力すべきか

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J Dent Res 2016年1月号は、インプラント治療の行き過ぎに警鐘を鳴らすものとなっており、編集長らの巻頭の論説欄、それに続く展望欄、そのあとにインプラント治療の最大の合併症であるインプラント周囲炎に関する論文3報が掲載されている。今回の表題は巻頭の論説のタイトルである。順次およその内容を紹介する。 まず論説欄は、Giannobile(ミシガン大学教授)とLang(チューリッヒ大学教授)連名の執筆である。歯科インプラントは過去30年にわたり歯科臨床で重要な治療法となっているが、最近のシステマティックレビューによれば、インプラント周囲粘膜炎およびインプラント周囲炎が19~65%発生することを示し、その治療は容易ではない。過去20年の歯科臨床の傾向は“患歯の保存”重視の低下である。歯周病学と歯科インプラントのトレーニングの乏しい人は一般的に歯の保存の努力をあまりせず、保存より抜歯を勧めることが多いという報告がある。多くの臨床家がう蝕、要歯内治療、歯周病変のようなあまり大したことのない歯科疾患でも抜歯を勧めることもまれではない。患者が患歯を抜歯して“最新でより良い”インプラントを入れることを勧められる多くの状況がある。最近、より多くの歯を保存するように診療のやり方を変えるべきだということが言われている。進行したう蝕や歯周炎で絶望的な歯にはインプラント補綴が必要であることは認められる。すべての歯科インプラントシステムの多くはインプラント周囲の生物学的合併症を起こしやすい。これらの合併症は非常に治療困難であるかまたは多くの場合除去となる。インプラントは良好な長期予後を示すという誤った思い込みは、いくつかの比較研究とシステマティックレビューで明確に否定されている。歯周病あるいは歯内疾患のある歯でさえ、インプラントの平均寿命を上回る可能性がある。 本稿は、抜歯しインプラントでの置換に急ぐことなく、天然の歯列を保存するための歯の治療の長い成功の歴史を再検討するよう促すことができるであろう。我々は、患者に対して最適な口腔保健ケアを提供するとき、各選択肢の得失を注意深く比較検討することなく、迷惑をかけている。我々は歯を保存するトレーニングを受けてきている。課題に対応しよう。もし我々が“患歯の早期除去”の考え方を選ぶとすれば、歯科医療従事者は一生涯にわたる機能的な歯列の保存についての専門知識の多くを失うことになろう。 次の展望欄は、Tarnow(コロンビア大学教授)執筆の「増加するインプラント周囲炎の発生:我々はいかに対処するか?」である。1982年に著者を含む全北米の多数の専門家がトロントでP.I.ブローネマルクからオッセオインテグレーションの考え方を学んだ時、我々はその新しいよく研究された技術に完全に圧倒された。実際のところ、インプラント周囲炎によるインプラントの喪失の可能性についての議論はなく、すべての議論は奇跡的なオッセオインテグレーションをいかにして達成するかについてであった。インプラントを失うのは未熟な外科技術あるいは咬合の過重負担のためとされた。 最も控えめに見ても現在挿入されているすべてのインプラントの約10%は、約10年以内に何らかのインプラント周囲炎を起こすであろう。このことは、インプラントの利用を止めようということではない。インプラントは、35年にわたり間違いなく患者の治療計画での最も重要な選択肢である。しかし、我々は現実に目をつぶることはできず、インプラントが顎骨と一体化(インテグレ-ト)して機能しているからすべてOKというわけにはいかない。実際のところ、生存率と成功率が重要な論点である。70%骨喪失のあるインプラントでも咬合に耐えられ、生存インプラントとして数えられることもあろうが、成功したインプラントとはいえない。このことは、インプラント数が増えていくと、インプラント周囲治療の必要性が飛躍的に増えていくことを意味している。 インプラント周囲炎のあるインプラントの平均の骨喪失はその全長の約30%という報告がある(Derksら、後出)。もしこの病気の進行を抑えることができず、またその進行がほぼ同じ速さであるとすると、これらの多くのインプラントは20~30年で失われるであろうといえよう。このことは、患者へのインフォームドコンセントの際に重要な点となるであろう。「適切な修復と歯科医と患者による適切なメンテナンスがなければ、インプラントは骨がなくなり、患者の生涯もたない可能性がある」、とはっきり説明せねばならないかもしれない。著者は、整形外科医が股関節置換手術をした患者に「インプラントは約15年しかもたない」と時々いうのを聞いていつも驚いている。我々歯科も、すべてのインプラントが患者の生涯もつと示唆する習慣を止めるべきである。 9年のインプラント周囲炎の罹患状況を調べたDerksらの論文(後出)は、インプラントの表面性状およびデザインが骨喪失の結果に影響することを示している。例えば、カラー部が研磨されている軟組織レベルのインプラントは骨レベルのものにくらべ、骨喪失が少ない。同論文によれば、一般歯科医によるインプラント修復はインプラント周囲炎の発生がずっと多い。このことは、清潔にできて手のかからない修復物のつくり方を一般歯科医に十分教えていないことを意味している。修復物の作製は適切な口腔衛生にとって決定的であり、そうでないとインプラント喪失が増えることは別の長期研究でも明らかにされている。インプラント周囲炎は、粘膜炎のレベルから骨レベルになってしまうと、治療するのは容易ではなく、また予知できない疾患になってしまう。したがって、適切なインプラントデザイン、適切な埋入、清掃しやすい正確なカントゥア、に基づく予防がカギであり、歯科医と患者による細心のメンテナンスケアが欠かせない。 次は、インプラント周囲炎の発生に関するDerksら(ヨーテボリ大学)の論文:「スウェーデンにおけるインプラント治療の効果:インプラント周囲炎の発生」。始めには596人の患者に2,367本のインプラントを埋入したが、インプラントの喪失72本およびその他の理由により、9年後に最終的に分析したのは588人、インプラント2,277本であった。ベースラインとなる初期のX線画像があったのは患者427人、インプラント1,578(69.3%)。それを基に求めた9年後の骨喪失の平均値は、患者ベースで0.63 mm、インプラントレベルで0.72 mmであり、骨喪失1 mm以上が20.4%、2 mm以上が9.9%であった。また、これら427人の患者では、インプラント周囲炎の兆候がない(プロービング時の出血/膿なし)のは23%、インプラント周囲粘膜炎(プロービング時の出血/膿のみで骨喪失なし)32%、インプラント周囲炎(プロービング時の出血/膿および0.5 mm以上の骨喪失)45%であり、14.5%が中等度/重度のインプラント周囲炎(プロービング時の出血/膿および2 mm以上の骨喪失)であった。インプラント周囲炎のあった393本のインプラントでの骨喪失の平均値は1.84 mm、中等度/重度のインプラント周囲炎のあった126本では3.57 mmであった。中等度/重度のインプラント周囲炎での骨喪失量は、インプラントの骨内部分の29.4%に相当した。歯周炎および4本以上のインプラントのある患者、いくつかのブランドのインプラント、一般歯科医の行った補綴治療は中等度/重度のインプラント周囲炎を起こす傾向が大きかった。また、下顎に埋入されたインプラントやクラウン修復物マージンが皮質骨から1.5 mm以下であるインプラントでもそうした傾向があった。インプラント周囲炎は一般的なものであり、患者およびインプラントに関連した因子が中等度/重度のインプラント周囲炎のリスクに影響することが示唆された。 次の2報はインプラント周囲炎の治療に関する論文である。まず、Carcuacら(ヨーテボリ大学)の論文:「インプラント周囲炎の外科的治療における全身および局所の抗菌剤併用療法:ランダム化比較臨床試験」。インプラント周囲炎の外科的治療においてインプラント表面を除染するため、重症のインプラント周囲炎患者を対象に、抗菌剤の全身投与および局所のクロルヘキシジン(CHX)使用の併用効果について、1年間の治療成績を調べた。6種類のインプラントが埋入された患者100人を抗菌剤投与、CHX処置の有無で4群に分けた。成功の基準は次のとおりとした:プロービング深さ5 mm以下、プロービング時の出血/膿なし、骨喪失0.5 mm以下。1年の追跡中にCHX処置の6本のインプラントが失われ、解析したインプラント数は178本となった。各群の成功率は次のようであった。併用群40.0、抗菌剤投与のみ65.2、CHX処置のみ37.5、両処置ともなし35.1%。6種類のインプラント全体の成功率は45%であったが、オッセオインテグレーションを向上させるためにサンドブラストなどにより表面を粗造化したインプラント(5種類)の成功率34%にくらべ、機械研磨表面インプラント(ノーベルバイオコア)のほうが79%と高かった。表面の違いによる成績をくらべると次のようになっている(成功例/症例数):機械研磨表面(ノーベルバイオケア)34/43、タイユナイト表面(ノーベルバイオケア)14/86、タイオブラスト表面(アストラ)4/9、オッセオスピード表面(アストラ)16/24、SLA表面((ストローマン)11/13。CHXの局所使用は、全体として治療成績への影響はなかった。抗菌剤投与の効果は、研磨表面インプラントでは認められず、粗造表面インプラントでは認められた。併用治療の効果は、研磨表面インプラントではなく、粗造表面インプラントでは認められたが大きなものではなかった。併用効果はインプラントの表面性状により異なるため、インプラント周囲炎の外科治療に併用処置を利用する場合には、対象とするインプラントを精査することが勧められる。 次の論文Jepsen(ボン大学)らによる「インプラント周囲骨欠損の再建:マルチセンター臨床試験」は、インプラント周囲骨欠損の再建に関し、インプラント周囲骨内欠損のある患者63人について、ドイツ、オランダ、イタリー、スペイン、スウェーデン、アイルランドのマルチセンター方式により、歯肉剥離・除染のみの対照群と、それに加えて多孔質チタン顆粒を適用した試験群を比較するランダム化臨床試験を行った。歯肉剥離、肉芽組織除去、インプラント表面をチタンブラシで機械的に清掃、過酸化水素で除菌した後、骨内欠損部に多孔質チタン顆粒(骨誘導能のあることがこれまでに報告されている)を適用した。患者は手術1日前から8日間2種類の抗菌剤服用、0.2%CHX洗口液で1か月洗口した。X線画像から求めた12か月後の垂直欠損深さの減少は、試験群の3.6 mm(欠損消散率79%に相当)は対照群の1.0 mm(22%)にくらべ有意に大きかった。プロービング深さの減少は試験群2.8 mm、対照群2.6 mm、プロービング時の出血は試験群では89.4%から33.3%、対照群では85.8%から40.4%に減少したが、両群で有意差はなく、両外科処置ともに臨床症状を顕著に改善した。結論として、インプラント表面のチタンブラシによる除染および抗菌剤投与を含む外科治療法は、進行したインプラント周囲骨欠損治療に有望であることを示したとしている。 最後に筆者のコメントを少し。Jepsenらの研究は、多施設で試験を行った点に大きな特徴があると思われるが、インプラント周囲再建術の効果を評価した最大規模のランダム化臨床試験であり、また対照群を今回のように設定した研究は極めて少ないと、著者らは述べている。また、インプラントのミクロ構造およびその他の表面性状が再建治療に与える影響については、今のところ臨床研究データはないが、インプラントの特性が治療成績に及ぼす可能性は排除できないとしている。この可能性は、Carcuacらの論文でも示唆されているように思われる。初期のブローネマルクインプラントは機械研磨表面であったが、その後タイユナイトと呼ばれる粗造化表面のインプラントも導入されたが、Carcuacらのデータによれば、それらの成功率はそれぞれ79%と16%となっており、前者の方が好成績である。オッセオインテグレーショを優先するあまり、インプラント周囲炎が多発するようになっているのではないかという気がする。粗造表面が骨から軟組織への移行部で不潔になりやすいことは想像できることである。Derksらの論文はスウェーデンにおけるインプラント周囲炎の発生状況の一端を明らかにしているが、インプラントの本家である同国での状況をみると、インプラント後発国である我が国でのインプラント周囲炎の今後が懸念される。 我が国でもインプラントの知名度が上がって来ているが、患者としての筆者は、冒頭の論説にあるように、まずは保存治療を優先してほしい。

(2016年1月29日)

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