早期発見のために! 歯科衛生士が抑えておくべき口腔がんの特徴

口腔がんの概念

日本では2人に1人はがんになり、4人に1人はがんで死亡すると言われています。昨年の死因の第一位は「悪性新生物」となっていて、まさに国民病の一つと言えるでしょう。この現象の一端を担っているのが口腔がんです。罹患者数と死亡者数の増加はG7の中でも悲惨な結果を表わしています。今回はこの口腔がんについて解説をします。
白血病などの血液のがんも、唾液腺、結合織のがんも口腔内に発症すれば口腔がんとなりますが、その数はごく稀です。一番多いのは、口腔粘膜(上皮)から発生する扁平上皮癌で約90%以上を占めます(世界共有の現象)。そのため今回この記事で述べる口腔がんは扁平上皮癌に限った内容とご理解ください(図1)(他の口腔がんについては専門書をご参照ください)。
口腔がん(扁平上皮癌)は約5年以上という長い期間、上皮細胞に刺激を与え続けてがん化し、決して一朝一夕では発生しません。高齢化による粘膜の劣化および慢性的な褥瘡や炎症性刺激は上皮基底層における細胞分裂を増加させ、細胞の分裂回数が多いほど異常な細胞発生(コピーミス)の確率は高くなると考えられています。このように正常な上皮細胞は、異常な細胞(異型細胞)、前がん病変(口腔潜在的悪性疾患)、上皮異形成、上皮内癌、そして浸潤癌へと分化していき、これを多段階発がん機構と言います(図2)。

日本の口腔がんの現状

発症部位からみると、世界的な傾向ですが舌がんが最も多く、日本では次いで下顎歯肉、口底、上顎歯肉、頬粘膜が挙げられます。舌がんの約60%は舌縁から発症し、その他は舌下面、舌尖、舌根からになりますが、舌背からは極めて稀です。口腔がん罹患者数の推移をみると30年前と比較すると約4倍以上、死亡者数でも30年前と比較すると3倍以上となります(図3)。
年度毎の死亡率をみると1980年頃は50%だったのが、2020年では36%となり医療技術の進歩による恩恵は受けているものの罹患者数の増加によって死亡者数は増えているのが現状です。もう一つの要因として進行がんでの発見が多いことが指摘されています。治療目的に基幹病院に受診する際には、すでにStageⅢ以上の進行がんを呈しています。自施設データですが、初診口腔がん患者の病態はStageⅢ以上が56%占めていました。このことは患者と歯科医療従事者の口腔がんに対する低い認識度が大きな原因となっていると考えます。
罹患者数の増加は後期高齢者以上のみならず、AYA世代(16-39歳まで)の口腔がんも無視できない現象があります。国立がんセンター情報サービスでは、毎年約100万人ががんに罹患し、AYA世代はそのうち約2.5%を占めると言われています。一方、AYA世代の口腔がん罹患者は全口腔がんの約7%を占めていました。誘因としては口腔機能発達不全症などによる低位舌、歯列不正・狭窄などの影響も考えられています。口腔機能低下症、口腔機能発達不全症の患者に対しても口腔がんを疑う目を持つことが必要です。

口腔がん患者の特徴

口腔がんは前述のように良性の粘膜疾患を経てがん化する過程をとります(多段階発がん機構)。そのため初期には痛み、痒み、違和感などの自覚症状はほとんどなく先ずは紅斑か白斑かの色調変化が一般的な所見となります。その後、隆起や潰瘍を形成したり、病変周囲に硬結を伴うこともあります(図4)。さらに進行すると知覚麻痺や運動障害を引き起こします。
認知度の低い口腔がんのため初期の段階で患者自身が気付くことは難しいので、一次予防としてセルフチェックの指導および患者教育、二次予防として早期発見のスキルアップを一般開業歯科医院にお願いしたいと考えます(図5)。
口腔内は凹凸があり可動性で視診と触診に難渋しますが、診察時には主訴以外の部位、口腔を隅々まで観察することを習慣づけましょう。多くの口腔粘膜疾患が存在し、口腔がんとの鑑別に苦慮することもありますが、経時的に経過を診ている歯科医師・歯科衛生士であればこそ発見できることが多々あります。今までにない形態的変化、色調と形態を見逃さないことが重要です。さらに適切な治療をしているのに治癒経過がいつもと違う場合も大事なサインとなります。
口腔がんは口腔外科専門医が診療すべき疾患と考え、多くの歯科医師・歯科衛生士は自分らのテリトリーを越えた他人事と考えていないでしょうか?専門医の治療は皆様の一般開業診療所の発見があって初めて開始されます。一般開業歯科医院で救える命があり、歯科医師・歯科衛生士の発見があって初めて我々の治療が成り立つ疾患です。皆様の診療所が第一発見の場、フロントランナーであり、診つける責務があることをご認識ください。

口腔がんを見落とさないために

口腔がんを見落とさないために、最低限歯科衛生士の皆さんが抑えておくべき口腔がんの特徴について、柴原先生に解説いただきました。

9月公開のウェビナーでは、実際の臨床の場で、どのように口腔がんを診ていくのかについてお話いただきます。

「口腔がんを見落とさない!歯科衛生士のための口腔がんの基礎知識と見方」はこちら>>

執筆者

柴原孝彦先生
柴原 孝彦 先生
<略歴>
  • 1979年 3月 東京歯科大学卒業
  • 1984年 3月 同大学歯学研究科修了(口腔外科、歯学博士)
  • 1986年 7月 国立東京第二病院歯科口腔外科に出向 厚労技官
  • 1989年 4月 東京歯科大学口腔外科学講座講師
  • 1993年 6月 学命によりドイツハノーバー医科大学に留学(客員講師)
  • 2004年 8月 東京歯科大学口腔外科学第一講座 主任教授
  • 2010年 6月 東京歯科大学千葉病院副院長
  • 2012年 6月 同大学口腔がんセンター長
  • 2020年 4月 同大学 名誉教授/同大学千葉歯科医療センター 客員教授/亀田総合病院歯科口腔外科 顧問
  • 2022年 4月 同大学千葉歯科医療センター長補佐
<所属学会>

日本口腔外科学会、日本頭頸部癌学会、日本口腔腫瘍学会、日本有病者歯科医療学会、日本口腔科学会、日本老年歯科医学会、日本小児口腔外科学会、日本顎顔面外科学会、日本癌学会、日本癌治療学会など。

<著書>

口腔がん検診 どうするの、どう診るの,クインテッセンス出版、東京、2007.  かかりつけ歯科医からはじめる口腔がん検診step1/2/3, 医歯薬出版、2013. エナメル上皮腫の診療ガイドライン、学術社、東京、2015.薬剤・ビスフォスフォネート関連顎骨壊死MRONJ・BRONJ、クインテッセンス出版、東京、2016. 最新口腔外科学、医歯薬、東京、2019. 知っておきたい舌がん、扶桑社、東京、2019.口腔がんについて患者さんに説明するときに使える本、医歯薬出版、東京、2020.蛍光観察法と口腔粘膜疾患、メデイア社、東京、2021.  衛生士のための看護学大意 医歯薬出版、東京、2023. 下歯槽神経・舌神経損傷、医歯薬、東京、2023. など

参考文献

  • ・独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報サービス2023
     http://ganjoho.jp/public/statistics/
  • ・WHO Mortality Database 2023,
     http://apps.who.int/healthinfo/statistics/mortality/whodpms/
  • ・Union for international cancer control, TNM
     classification of malignant tumours, eighth edition.
     Wiley Blackwell, 2018. 221.
  • ・日本頭頸部癌学会編:頭頸部癌診療ガイドライン、金原出版社、東京、2018、p7-76.
  • ・日本口腔腫瘍学会編:口腔癌取扱い規約、金原出版社、東京、2019、p8-148.
記事提供

© Dentwave.com

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