医療改革でドイツ福祉国家体制を変容させる可能性

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東京歯科保険医協会第37回定期総会(6月20日)講演

 

<中川勝洋会長の挨拶>

 

 土田先生を講演にお呼びした一番の理由は、3年前に診療報酬改定で、保団連の方と一緒に土田先生にお会いし話をさせていただいた。 その際のちょうど3年前、協会としてドイツ、イギリス歯科医療事情を調査してきたので、その内容について報告したところ、中医協会長であった土田先生が興味を示された。お話の中で、歯科がどのようにあるべきかについて、土田先生からアドバイスをいただいた。 先生は、中医協会長をお辞めになったら1年間、ドイツに研究に行かれると話されていたので、帰ったら是非、お話を総会でしていただきたいと構想を温めていた。講演を受けていただき、大変ありがたく思っている。目で見て、肌で感じたことを話していただけると感じている。

ドイツにおける医療保障の動向

—競争強化と「連帯と自己責任の原則」の変容—

早稲田大学商学部 土田武史教授

 ドイツの公的医療保険競争強化法は、ドイツ福祉国家体制を揺るがすものである。 この強化法は、「医療保険における市場競争の拡大」という視点でとらえると、医療保険の基本原則である「連帯と自己責任」を変容させる。公的医療保険競争強化法で、今後どのようなことが予想されるのか。あるいは、これはどのような意味をもっているかである。 「競争強化」とは何か。 これは、「疾病金庫の格差」「疾病金庫の選択権の拡大」を意味している。1993年から医療保険構造法に基づき、被保険者は疾病金庫を自由に選べるようになった。一番大きな改革であった。保険料率が高く生きていけない疾病金庫は、合併して生きるようになった。病気の人を多く抱えている疾病金庫、多くの失業者を抱えている疾病金庫、高齢者が多い疾病金庫もあった。そこで、競争条件を平等にした。リスクの構造調整を導入した。リスクが高い疾病金庫からリスクが低い疾病金庫に金を回す。性別、年齢、被扶養者数、所得、被保険者数などのファクターで疾病金庫を平均化した。リスクの高いところから低いとこころへならした。リスクによる不平等を解消した。 しかし、疾病金庫を移ることで、嫌な思いをする人もいた。 リスクの高い人は、疾病金庫から歓迎されない。若くて所得が高い人、健康な人は、疾病金庫から歓迎される。2000年ころから改革の方向へ向かった。しかし、それがなかなかうまくいかなかった。疾病金庫の運営による成果(黒字/赤字)をめぐる競争、医療基金による「罹患率加味のリスク構造調整」を経て交付金を配布した。医療保険財政の改革として、各疾病金庫が保険料率を決定する方式を廃止し、全国一律の法定保険料率を導入した。 2009年1月から、医療基金を創設したが、連邦保険庁が疾病金庫に予算を配分した。保険になじまない給付(妊娠・出産等の母性保護に関する給付、子の病気時の傷病手当金、家事援助)に対する連邦補助金を増額した。 また、2009年1月に医療保険料率を14.9%から14.0%に引き下げることを決めた。政府はもともと疾病金庫を競争させたい、選ばせたいと考えていた。年齢、性別によるリスクグループ化、障害年金によるリスクグルプ化、罹病率によるグループ化など奇妙な競争が設定された。罹病率によるリスク調整は色々もめた。 また、配った予算が正確ではなかった。赤字が出たら、追加保険料を徴収できる。政府は疾病金庫が合併を繰り返し、疾病金庫の数が減り、調整しやすくなることを望んでいる。 2008年12月に病院財政改革法が成立し、20091月に施行した。厳しい病院経営に対応するものである。病院の収入増加策を進める。また、保険給付の価格では、選択タリフの導入である。糖尿病、乳がんなどについて、特別のガイドラインにより医療を提供する。統合的医療は、保険医(外来)と病院(入院)の連携による医療提供である。 また、家庭医主導の医療が導入されている。家庭を自分で持ちたいと思う人は、その選択タリフを導入する。 他には特定疾患や予防の特別プログラム、自営業者などに対する傷病手当など民間保険に近い。免責タリフは、給付費の一部を加入者が負担する。法定給付の拡大は、在宅看護の拡大である。 また、病院における外来の拡大、予防接種の法定給付として、行うための指針を策定した。医薬品の安全性と経済性の向上では、医薬品の費用対効果評価の促進で、その成果を公表する。 保険医(外来診療)の診療報酬、診療契約、診療支払方式を改革した。統一評価基準を大幅に改定した。外来診療を包括化した。また、保険医の診療を「家庭医による医療」と「専門医による医療」に区分した。家庭医による医療は、診療行為に関係なく、診療した患者1人につき定額の「被保険者包括報酬」を四半期ごとに支払う。18歳以下1665点、19歳〜45歳1470点、46歳〜70歳1660点、7歳以上2155点。 糖尿病などには、特別の被保険者包括報酬。 特定疾患など質の高い診療を行った場合は、質の加算を行う。専門医による医療は、基礎包括報酬プラス加算包括報酬。専門医の資格、設備、治療内容に対応して点数を設定している。新たな診療報酬制度の導入と予算制を廃止した。罹病率を加味した診療報酬総額を設定した。保険料算定基礎額の伸び率を上限とされてきた診療報酬総額を、医療ニーズに基づいて設定した。医療ニーズを被保険者数と罹病率で判断する。各州の疾病金庫連合会と保険医協会が共同で診療報酬総額を決定する。実際の診療報酬総額が設定額を超えた場合は、原則として支払いはおこなわない。 各保険医の標準給付量の設定。 診療科別に各地の罹病率に対応して、保険医1人当たりの標準給付量を点数で表示する。 財政的刺激による医療供給量の調整(2011年以降)。 保険医需要計画と比較して、医師が過剰または過少な地域では、全国一律の評価基準に加えて地域ごと評価基準を加えることのより、医師不足を調整する。 診療契約・診療支払い方式の改革は、疾病均衡と保険医との個別契約の導入。ただし、報酬支払額の算定については疾病金庫連合会の方式による。家庭医中心の医療の促進は、疾病金庫は家庭医を中心においた診療契約を結ばなければならない。不統一な理念による複雑な改革内容といなっている。疾病金庫の財政運営など連邦政府による関与が著しく拡大した。 民間医療保険に公的医療保険と同等の対応を強制することで、公的医療保険の優位性を低下させ、疾病金庫との競争条件の均等化を図った。民間医療保険間における老齢積立金の携行を認め、民間医療保険間の競争を強化。病院機能を拡大(外来の拡大)し、病院財政を改善する。 以上のことから、ドイツ医療保険の特徴であった多元的分権構造が変容、ないしは解体する可能性が大きい。 被保険者の疾病金庫選択、疾病金庫と母体企業(団体等)との関係の希薄化、疾病金庫の合併で、職場、職業、地域等をベースとした小共同体的な組織が崩壊する可能性が大きい。連帯の基盤は崩壊する。 社会保険を支えてきた連帯を変容させ、ドイツ福祉国家体制を変容させる可能性もある。

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