予防中心の枠組みつくれ 口の中から健康増進を

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大阪大教授 林美加子—識者評論「これからの歯科医療」 

歯科は医療の中で軽視され続けた分野

共同通信社  2013年8月21日

高齢化が進むにつれて医療保険制度の在り方に関心が集まっているが、歯科や口腔(こうくう)保健を念頭に置いた議論があまり聞かれないのは残念だ。

日本の歯科医療保険制度は、国民の誰もが歯科医療を受けられるという点で先進各国に誇るべき制度だが、悪くなってからの治療が主体であり、残念ながら国民の健康な生活習慣づくりに貢献しているとは言い難い。

厚生労働省は現行の制度が行き詰まる前に、予防中心の枠組みに早急に移行すべきである。

その方が政府にとって経済的であり、国民にとっても健康的であることは疑う余地がない。

25年余り歯科医療に携わってきた筆者の実感によると、歯科は医療の中で軽視され続けた分野であり、患者さん自身も痛くなるまで歯科を受診しない傾向にある。

しかし、口は全身の健康を映す鏡である。虫歯や歯周病は細菌による持続的な感染症であり、その影響は全身に及ぶことが明らかになっている。

また昨年発表された日本の疫学研究でも、歯が多く残っている高齢者は、脳の働きが活発であることが示されている。

予防の重要性については、スウェーデンの30年にわたる臨床研究により、歯に付着したオーラルバイオフィルム(プラーク)の除去をはじめとする適切な処置を受ければ、虫歯や歯周病の大半は予防できることが証明されている。

正しい歯磨きや健康的な食生活など、良い生活習慣を確立することで口腔の状態を改善し、ひいては健康の増進につなげようという考え方を「オーラルヘルスプロモーション」と呼ぶ。

こうした考え方に重点を置いた医療を展開している歯科医もいるが、日本の歯科医療保険制度では「削って詰める」などの治療は対象になるが、予防処置のほとんどはカバーされていない。

大きく削ってかぶせる治療を施した歯は、削っていない歯より寿命が短く、早く失われることが分かっている。

しかし、日本の制度では予防より治療に圧倒的に多くの財源が費やされているのだ。

これを変革しなければ、厚労省や日本歯科医師会が掲げるスローガンである8020(80歳で20本の歯を維持する)の達成ができるはずがない。

歯科の保険財政は、高齢者への高額な治療がかさみ破綻をきたすだろう。

変革の具体案として次のような制度を導入してはどうか。

国民一人一人に社会保険番号のようなIDを発行し医科・歯科、それぞれのかかりつけ医に登録する。

歯科医療は18歳まで無料とし、かかりつけ医では、虫歯などの原因になる口の中の細菌レベルや唾液の量、状態などを分析して個人ごとにリスクを評価し、リスクに合わせた定期健診と予防的な処置を受けられるようにする。

指導に基づき健康的なライフスタイルを実践した人が支払う医療費は低く設定し、喫煙などリスクが高い習慣を持つ人は高額負担とするのである。

加齢とそれに伴う病を防ぐことは容易ではないが、われわれ自身のため、ひいてはより良い社会および財政のために、オーラルヘルスプロモーションから健康長寿の実現に努めることは可能である。

はやし・みかこ 87年大阪大卒、98年博士(歯学)。12年より現職。専門は歯科保存学。

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