読売新聞 2013年9月24日
世界的にも有名な生命科学の基礎研究機関「大阪バイオサイエンス研究所」(大阪府吹田市、中西重忠所長)が、存亡の危機に立たされている。
運営費のほぼ半分を負担してきた大阪市が財政難を理由に、補助金を大幅に削減しているためで、五つの研究部門が来年度から二つに縮小され、人材の流出が進む。専門家からは、関西の生命科学や医学研究の地盤沈下を指摘する声も出ている。
同研究所は、1987年に大阪市制100周年を記念して設立された。脳や神経などの基礎研究を中心に実績を積み、今年5月末までの10年間に、科学誌ネイチャー、サイエンスなど世界の主要科学誌10誌に掲載された論文は計45本で、大阪大医学部などに匹敵する。
2001年には、97年まで研究部長だった長田重一・京都大教授の論文「健康な体を維持するための細胞の自殺」が、論文引用率で欧米の研究機関などを抑えて世界1位になった。長田教授はこの研究で、医学や生命科学で業績をあげた研究者に贈られる「慶応医学賞」の今年の受賞者に選ばれた。
研究所の年間の事業費は約12億5000万円で、うち、6億2000万円を補助してきたのが大阪市。常勤の研究部長ら50人余の人件費などに使われ、残りは国の科学研究費補助金(科研費)などで若手研究員らの給与に充ててきた。
橋下徹市長は、財政難のなか、「市レベルで同種の研究所を持つ自治体は例がない」(市健康局)とし、12年度から補助金を毎年25%ずつ削減、15年度まででゼロにする方針を決めた。
しかし、科研費などの外部資金は、常勤研究者の人件費には原則使えず、13年度は、脳神経回路ができる仕組みの研究で成果をあげた神経細胞生物学部門の榎本和生研究部長が任期を7年残して東京大へ移籍。
睡眠メカニズムの研究に取り組む分子行動生物学部門の裏出良博研究部長は、14年度から筑波大へ移る。東大阪市などの町工場と動物や魚の睡眠状態を調べる装置を開発した裏出部長は「高い技術を持つ町工場が多い大阪は、独創的な機器を作るのに最高の環境。去るのは残念」と悔しがる。
網膜の研究で知られる発生生物学部門の古川貴久研究部長は任期を終え、12年度に大阪大へ移籍。研究所は、これら3部門の後任部長を選定できず、閉鎖を決定した。14年度以降は、研究員も60人から15人へと減り、研究所はこのままでは2年もたないという。市健康局は「国などとの連携も視野に大阪の成長戦略の一つとして存続できるよう努力する」とするが、具体策は示していない。
都市行政に詳しい真山達志・同志社大政策学部教授(行政学)の話「生命科学や医学研究の分野で、関西は東京に引けを取らない水準にあり、大阪バイオサイエンス研究所は、その下支えをしてきた。6億円の支出は小さくはないが、人材流出を防ぎ、関西全体の浮上のためにも、市は研究所の存続に努力してほしい」
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