カナロコ by 神奈川新聞 2013年9月13日(金) 23時15分
神奈川歯科大学(横須賀市)を退学処分となったのは無効として、元大学生の男性=当時(44)が同大に1500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、横浜地裁(遠藤真澄裁判長)は13日、「退学処分は重すぎる」として同大に約1200万円の支払いを命じた。
判決によると、男性は2011年7月の解剖学実習で、献体の女性に対し不適切な行為をしたことなどから、「学生の本分に著しく反した」として、2週間後に退学処分を受けた。
判決理由で遠藤裁判長は、講師の指示説明が十分でなく、男性と周囲にいた学生の供述が異なっているのに十分な調査をしなかったなどとして、大学側の対応に問題があったと判断。退学は「合理的理由がなく不相応に重い処分」として、学費や逸失利益の支払いを命じた。
同大は「判決を見ていないので、コメントできない」としている。
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平成23年10月25日
横浜地方裁判所 御中
原告訴訟代理人弁護士 松延 成雄
原告 匿名太郎
〒231-0005 横浜市中区本町2-19 弁護士ビル4階
関内法律事務所(送達場所)
電話 045-201-6266
FAX 045-212-3142
上記訴訟代理人弁護士 松延 成雄
〒238-0003 神奈川県横須賀市稲岡町82番地 神奈川歯科大学内
被告 学校法人神奈川歯科大学
代表者理事長 鹿島 勇
損害賠償請求事件
訴訟物の価額 1510万円
貼用印紙額 6万8000円(訴訟救助申立につき貼付せず)
第1 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金1500万円及びこれに対する平成23年8月1日から支払い済みまで、年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、自ら開設するウェブサイト(http://www.kdcnet.ac.jp)のトップページに、別紙2記載の内容・条件の謝罪文を180日間掲載せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 請求の原因
1 本件は、被告の学生であった原告が、被告に対し、理由のない退学処分に伴い生じた損害につき、過失に基づく不法行為を理由に、損害賠償を求める訴訟である。
2 当事者について
① 原告は、被告が平成22年に実施した歯学部歯学科の編入学Ⅰ期の試験に合格し、平成23年4月1日から被告の歯学部歯学科2年生となった。
② 平成23年7月14日、被告が原告を退学処分としたため、原告は、前記学生としての身分を失った。
3 被告による不法行為
① 前記のとおり、被告は、平成23年7月14日付けで原告を退学処分とし、同月19日付けで、前記処分を原告に通知した(甲1)。
② 被告は、原告を退学処分とする理由について「本学学生として本分に反する行為があった」としている(甲1)。
③ 被告は、平成23年7月19日ころから、前記退学処分の事実及び処分の理由を記載した書面を、大学内の実習棟の1階の掲示板に掲示して公表した。
④ しかしながら、原告が退学処分を受けるような事実は存在しない。
⑤ 被告は、退学処分に該当する事実がないにもかかわらず、それがあるかのような前提で原告を退学処分として、原告から歯科大学の学生の身分を剥奪したのであるから、その背景に、ずさんな調査(注意義務違反)があったことは明白である。
よって、被告の行為は、少なくとも過失に基づく権利侵害であり、不法行為に該当する。また、被告が原告について「本学学生として本分に反する行為があった」と書面で公表したことについては、少なくとも過失に基づく名誉毀損の不法行為が成立する。
4 原告による復学の断念
① 原告は、仮の地位を定める仮処分等、法的手続を経て退学処分の有効性を争い復学することも検討した。しかし、退学処分の後に実施された実習などの再履修の実現は困難であるし、仮に復学しても、被告から単位不足などを理由とする報復的な留年の措置等の嫌がらせが起きる蓋然性が高い。
② また、原告は、被告から、十分な調査もないまま、言いがかりをつけられて一方的に退学処分とされたものであり、被告が不誠実な大学であることが判明した以上、被告の施設において勉学を継続することは心情的に無理である。
③ そこで、原告は、復学は断念し、被告に対して、不当な退学処分に基づく損害の賠償等を求めることにしたものである。
5 原告の損害
① 無駄になった費用(692万0141円)
原告が被告に編入学するにあたり、支出し、退学処分によって無駄となった費用は、別紙1記載の内訳のとおり、合計692万0141円である。これらの費用は、歯科医師になることを断念すれば全て無駄となる。また仮に他の歯科大学などに再入学しても、再度支払いが必要となる費用であるから、やはり全額が損害となる。
② 収入の減少(720万円以上)
原告は、歯科大学に在籍しており、順調に進学・卒業して歯科医師となった場合、平成28年4月から研修医として活動が可能であり、平成29年4月からは普通の歯科医師として活動できる蓋然性が高かった。その場合に期待できる収入であるが、甲12の「歯科医師」の平成22年4月分平均支給額が最低でも月額60万円を超えることから、年収にして最低でも720万円である。
原告は、本件で不当な退学処分を受けたため、今後仮に他の歯科大学に再入学するなどして歯科医師を目指しても、歯科医師になる時期が少なくとも1年遅れ、生涯の総稼働年数も1年少なくなる。そのことにより失う、得べかりし利益は少なくとも720万円である。
③ 原告が、理由なく退学処分とされた屈辱や、歯科大学入学の努力が水泡に帰したこと、「学生として本分に反する行為があった」かのごとき虚偽事実を公表されたことにより、原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足る金額は、300万円以上である。
6 名誉回復の必要性
① 前記のとおり原告は、被告から理由のない退学処分を科され、大学を去ったものである。「学生として本分に反する行為があった」かのごとき理由で歯科大学から退学処分を受けたという事実が残っていては、今後原告が他の学校への入学や、就職等をする場合に、誤解によって不利な取り扱いを受ける原因となり、今後一生、原告に不利に働くことになる。
② 前記障害は、慰謝料の支払を受ければ解消するという性質のものではなく、今後第三者が誤解することがないように、名誉回復の手続を必要とする。即ち原告が新たな生活を支障無く送るためには、退学処分の公表によって生じた影響を打ち消すに足る方法により、被告が自己の非を認め、退学処分の不当性を公表することが必要である。
③ その方法としては、被告が運営するウェブサイト(http://www.kdcnet.ac.jp)
のトップページに、被告の謝罪文を、一定の期間掲示させることが、最も有用である。
④ 以上より、原告の信用回復に必要な広告等は、別紙2記載の規模・内容とすることが相当である。
7 よって、原告は、被告の少なくとも過失に基づく不法行為に基づく損害等として総額1700万円以上の損害の賠償と、これに対する遅延損害金の支払い、また名誉回復に必要な措置を求める権利があるところ、原告は、損害の一部として、金1500万円(仮に、請求する損害につき順位付けが必要であるならば、前記の費用・減収分・慰謝料の順に、1500万円に到達するまで)と、これに対する不法行為後の日である平成23年8月1日から支払い済みまで、年五分の割合による遅延損害金の支払い求め、合わせて、別紙2記載の内容の謝罪文の公表を求めて、本訴を提起する。
第3 被告に対する求釈明
被告が退学の理由とする「学生として本分に反する行為」とは何か、即ち退学の理由となった具体的な事実を特定されたい。
第4 被告の主張
1 平成23年7月6日午後4時頃、被告大学解剖学実習室において、被告大学の2年103番の学生であった原告は、原告が属する第12班から第7班の担当するご遺体を観察するために移動した。原告は第7班の女子学生に「自分の班の死体が男性だから女性の死体を見に来た。」と告げ、「年齢は?」と尋ねた。対応した女子学生が原告に「45歳です。」と答えると、原告は「自分と同じくらいの人だなあ。」とつぶやきながら剖出された内臓を見ていた。その後、原告はご遺体(女性、45歳)の外陰部にしばらく手掌を接触して動かし、さらにご遺体の外部生殖器の膣に指を挿入し、ピストン運動と振動運動を激しく約2分間にわたり継続した。さらに、指が届く限り奥まで挿入した。周辺の班を含めその場にいた学生10数名がその現場、状況を目撃していた。第7班は騒然となり、泣き出す女子学生がいた。誰かが原告を制止したが、原告は制止を聞かなかった。また、原告が子宮部分の何かを潰したところ、液体がしみ出てきた。上記行為の後、原告は無言で第7班を去った。 (乙1)
2 平成23年7月12日、被告大学2年生の高橋理クラス主任より解剖学実習中における原告の行為について、事情聴収の上で教授会において審議する必要がある旨の報告が佐藤貞雄学長(以下学長という)になされた。これを受け学長は、神奈川歯科大学学生の懲戒に関する規程(以下、規程という、乙3)にしたがい直ちに教学部教務担当部長に本件事案について、調査及び審議を付託した。規程では学生生活委員会委員長へ付託することとなっているが、当日、学生生活委員会委員長が出張による不在であり、また、それにかわる学生生活委員会副委員長が2年生クラス主任であるため、教学部教務担当部長に付託することとなった。これを受け教学部教務担当部長は、同日、調査委員会を設置し、事実調査、原告からの口頭による意見陳述、審議を行った。(乙1)
3(1) 被告は原告に対し、平成23年7月13日に事情聴取を行ったところ、原告は下記の事実を認めた。
① 女性のご遺体の膣の中に指をいれたこと。
② 指が届く限りの奥までいれたこと。
③ 挿入していた時間は、20秒〜30秒であること。
④ 子宮部分の何かを潰したところ、液体がしみ出てきた。
(2)原告は被告に対し、下記意見を陳述した。
①女性の性器を触る時、少し気恥ずかしい気がし、倫理に欠けるとも思ったが、この倫理観が勉強の邪魔になってはいけないので、倫理観こそが誤りだと考え指を入れた。
②膣に指を入れる行為は、生きている女性で、止めてくれと嫌がって拒否するならば問題だが、献体からは何から何まで見てくれというメッセージを受け取った。
③破廉恥、よこしまな心がなければ、女性の膣に指を2度入れようとも3度入れようとも、回数とは関係なく自分としては許されると考える。
④飯村先生の指示に従って行ったに過ぎない。
⑤他の学生から説明を受けたとおり、指を抜いた学生の後に自分も入れただけ。他の学生は悪ふざけをしている中で、自分は食事時間も惜しんで一生懸命に解剖に取り組んでいた。
原告は飯村彰講師の指示に従ったと主張したが、飯村彰講師は被告に対し、平成23年7月6日の観察項目に外陰部の外部生殖器は該当しないと報告した。
4 調査委員会は、平成23年7月14日、下記の点に基づき、原告への懲罰として「退学処分」を相当と判断した。
① 原告の問題は、当該実習日の観察項目に女性外陰部の外部生殖器は該当しないにも拘わらず、外陰部を手掌で接触し、さらに外部生殖器の膣に指を挿入し、指が届く限り奥まで挿入した点にある。現場にいた学生達の供述通りであるならば勿論のこと、たとえそれが勉強のためであったとしても、担当教員の許可および指導を得ることなく、いたずらにご遺体の生殖器に指を挿入することは許されない。
② 原告には、第4、3、(2)、①に見られるように身勝手な倫理の解釈が認められる。さらに、同②および③から伺えるように、献体にされたご遺体への尊敬と感謝と愛情の気持ちが微塵も見て取ることができない。
③ 原告は平成23年4月に入学以来、講義の無断撮影、女子学生の無許可のビデオ撮影、執拗なメールの送付など学生として不適切な行為がなされてきた。また、これらの行為を戒める注意に対しても「挨拶代わりです」などと真摯に反省する姿勢に欠ける。
④ また、今回の原告の行為により他の学生は恐怖を感じ、泣き出す女子学生や、その場から動けない学生もおり、他の学生への影響は大きい。さらに事件当時にとどまらず、解剖実習等における影響は今後も残るので、他の学生への影響は計り知れない。
⑤ さらに、本学の建学の精神、大学の理念として「生命に対する畏敬の念」が掲げられている。生きている人、亡くなられた人の違いを超えて「生命に対する畏敬の念」を理念としているものである。原告の行為は、この理念に著しく反するもので、到底許されるものではない。
⑥ なお、人格形成の途上にある年齢の学生であるならば、処分内容においても教育的寛容を考慮すべきである。しかし、原告は、満45歳と十分に思慮分別をわきまえているべき年齢であり、特段に寛容な処分をすべき事由は認められない。
被告は、調査委員会の報告に基づき、平成23年7月14日に開催された教授会の議を経て、原告が、神奈川歯科大学学則(乙2)第46条第3項(4)に定める「本学の秩序を乱し、その他学生としての本分に著しく反した者」と認定し、被告は、同月14日付で原告を退学処分することを決定し、同月19日付で原告に通知した。(甲1)
5 私立大学の大学生の退学処分について、最三判昭49.7.19(民集28.5,790)は、懲戒処分が懲戒権者の合理的裁量に任せるべき教育的裁量処分であることを認めながら、退学処分の選択が社会通念上合理性を認められないときは違法となる旨判断しているが、原告の第4、1項記載の行為についての被告の原告を退学処分とする決定が、社会通念上合理性が認められることは明らかであり、原告に対する退学処分は有効なものである。
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