「保険でよい歯を」東京連絡会  シンポジウム(上)

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「保険でよい歯を」東京連絡会は7月10日、東京・新宿区南元町の東医健保会館ホールで、シンポジウム「東日本大震災の支援活動から学ぶ 今、私たちができること」を開いた。歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士のほか一般の人18名を含み50名が参加した。はじめに主催者を代表して歯科医師の藤野健正さんが以下挨拶した。

<主催者代表挨拶>

被災地では、多くの方々が避難生活を送り、政治の貧困のなかで苦しんでいる。 そのようななかで私たち歯科医療関係者には支援活動が求めれており、被災へ行き色々なことを経験させていただいた。東京歯科保険協会では、宮城県東松島市、石巻市を中心に第5次の歯科支援活動を行った。

民医連の方々も松島の方で支援活動を行った。色々な形で支援活動が行われているが、私たちが見てきたこと、これを活かして今後、何をすべきかを含めて、シンポジウムでお話をしていただきたいと思っている。東京で直下型の地震が何時起きておかしくない状況であり、私たちが考えべきこと、備えるべきこともあるが、できないことも多くあり、救援体制の構築が求めれている。それらを含めてお話をしていただきたい。会場のみなさんを含め熱心な討論を期待している。

<シンポジウム>コーディネーター矢野正明さん(「保険でよい歯を」東京連絡会・世話人 東京歯科保険医協会・副会長)

 

<青木良子さんの報告>歯科衛生士(湘南歯科衛生士専門学校卒業 健生会 相互歯科)東北道が一般車両の通行が可能となった日の3月24日から27日まで松島へ歯科支援へ行った。歯科技工士が義歯を洗浄したあとで、歯科衛生士口腔ケアをした。水道が止まっていたため、コップに1cmほどの水をいれてブラッシングをする。 100名ほど収容の避難所の体育館で歯科相談を行った。介護施設のほか150名ほどがいるお寺の避難所へも行った。大人は自宅の片付けなどでいないため、高齢者と子どもたちの口腔ケアをした。(プライバシーがない避難所)人前で義歯を外すことをためらう人もいた。水不足で食後に義歯を洗っていないと訴える人もいた。ブラッシングで水を使うことに罪悪感をもっている人もいた。トイレでは手を洗うことができない。それがストレスとなった。うがいもできない、食器も洗えないなど当たり前の日常生活ができない状態であった。「入れ歯が痛いので食べたくない」と言っていた人に対して、どのように対応すべきか、を考えさせられた。"食べることは生きることだ"というこを思い知らされてた事例であった。食べられるようにすること、食事をどうするかは、歯科以外の職種の人の協力が必要である。津波の難を乗り越えた人たちが、低栄養や誤嚥性肺炎で命を失うことがないように、歯科衛生士は何ができるのだろうかなど、様々なことを考えせられる歯科支援であった。

 

<西澤沙香さんの報告>歯科衛生士(東京医科歯科大学歯学部附属歯科衛生士学校卒業 西武保健生活協同組合 みその歯科)4月27日から30日、石巻市の被災地へ歯科支援へ行く。まず、松島東海岸診療所へ行く。青木さんが行ったのは震災2週間後であったが、我々が行ったのは震災40日後であった。40cmの津波であったが、それでも被害が大きかった。コンビニやガソリンスタンド、飲食店など復旧が進み、通常の生活にはほとんど問題がない状態となっていた。シャワーの設備もあったが、入浴施設が復活したので支援隊はそちらを利用していた。支援者が置いていった物資の余りもあって、食品、栄養品など様々な物資があった。壁には埼玉、新潟など支援チームの名前が貼ってあった。 避難所にはお年寄りと子どもたちが主にいた。1か月近く水道の水が出ず、歯磨きができずにいたため口内炎で痛いと言っていた。また、水道が復旧したが、水場が混むので歯ブラシに行かないという人もいた。

口のなかがスッキリするデンタルリンスがほしいという多数の要望があった。被災地は医療過疎が進み、震災以前から医師不足の地域であった。それなのに今回の津波で、病院、診療所が流され、さらに医療過疎が進んだと思った。衛生用品などの物資は足りているように思われたが、歯ブラシは使い捨てのホテルなどの置いてあるような、実際には磨きづらいものが多く見られた。このため普通の歯ブラシをほしがる被災者も多くいた。また、お菓子類が山積みとなっていたが、水か使えない状況下では甘いものばかりを食べていたら、口腔内環境を悪化させたことは想像できた。津波で家を失って人と家が残った人の間で、確執があることも聞いた。

(自分の家がある人は、被災者でも避難所で配布する物資をもらいづらい)支援隊の30人くらい人たちと「の交流会が行われた。写真はその様子である。歯科支援チームが他の支援チームと交流するは初めてであったが、少しづつであるが交流を深めることができた。今回は被災先に対する想像が及ばず、例えばデンタルリンスなどの要望については、思いつかなかった。1か月も水が出ないという状況下で、どのように口腔の健康を保っていくのか、どうすればいいのか、私の想像力が足りなかったと思った。支援の状況についても、刻々と変化しており、より密度の濃い支援活動を行うためには、コーディネートの役割も必要と思った。入れ歯を歯科支援で作ってもらったと喜ぶ人の隣に、「津波で入れ歯を流されたので入れ歯がないんだ」と言う人もいた。元気な子どものそばに、ポツンと一人でいる高齢者もいた。歯科支援を全体に行きわたらせるためには、支援の形を変えたとしても今後も継続した支援が必要だと感じた。

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