次の世代の歯科医師たちが夢を持ち、夢を語りあえるように その①

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次の世代の歯科医師たちが夢を持ち、夢を語りあえるように その①
―25年前と3年前の卒業生の「夢」のちがいは?-

すっかり春らしくなり桜も満開を迎えています。毎年、この時期に社会へ巣立ってゆく学生や緊張して入学してくる新入生を見て、すがすがしい、透明な気分に浸ることができるのは教職の大きな楽しみでもあり、心が洗われます。さらに卒業生や新入生の担任ともなるとその感慨は倍増します。ところが歯科大学の6年生の担任は、教え子たちの卒業に感動している心の余裕はありません。なぜならば国家試験の発表は卒業式の前後のことが多く、試験の合格率はどの大学でも、その担任の先生に負うところが多いからです。ここ数年、この時期になると毎回思い出すことがあります。それは、その時の歯科界を取り巻く社会情勢を端的にあらわした学生の発言でした。
私が初めて6年生の担任をしたのは25年前でした。この時、卒業間近の30名くらいの6年生に「卒業後の夢は?」と質問したところ、多くの学生たちは自分なりの夢を我先にと語ってくれました。
東北の田舎から出てきたT君は「僕は僻地医療に貢献したいのです。でも自分の家の近くには内科や外科の医院はありません。ですから3年間は歯科麻酔科で全身的なことを勉強して、田舎の有病者歯科医療に貢献したいのです。」よく出身地自慢をしていたT君らしい夢です。
東京出身のN君は「どうしてもアメリカの大学でぺリオを勉強したいのです。そのためには、給料の高い開業医のところに就職して、沢山お金を貯めて一日でも長くアメリカで生活したい。」超現実主義者のN君らしい夢です。
関西出身のY君は「20年後、大きな歯科医院をいくつも経営し、大金持ちになって大好きなイタリア車を自分のガレージに何台もコレクションしたい。」これもよい夢です。ゴールがはっきりしていて定量しやすい。自動車部のY君らしい夢です。それぞれの学生が様々な夢をキラキラした目で語ってくれました。
学生たちの夢を聞くことは教職冥利に尽きることでもあります。私たち教員が自ら「20年後の自分の夢は」と切り出したら、「もうその頃、お前は死んでいるだろう」と突っ込まれてしまいます。夢を語ることは若者の特権なのです。しかし教員には、その立場を利用して教え子たちの夢を聴くことができるという権利を持っています。彼らの夢を聴くことで、いつの間にか自分の夢であるかのような錯覚に陥り、明るい未来に心が躍動します。これは教員にだけに与えられた醍醐味であり、教職をやめられなくなる麻薬のようなものなのです。
ところが今から3年前、私が最後に担任した6年生の20数名に「将来の夢は何?」と同じように尋ねました。しかしだれも何も答えません。それでもしつこく(元来、しつこい性格なので)質問すると班長が「先生、別に夢なんかありません」と応じました。私は、「恥ずかしくて皆の前で言えないのだな」と察し、夢を語ることの重要性や願った夢が実現した時の喜びなどを説明し、再度「君たちの20年後の夢は?一人づつ教えて」と問い直し、学生一人一人のところを回りました。しかし、多くは「夢はない」の一点張り。2名の男子学生だけが自分の夢を答えてくれました。驚いたことに同じ答えでした。
その答えとは「先生、いいです、20年後、家族で食べていければ」これを聞いてびっくりしました。情けなくなりました。対象のはっきりしない怒りがこみ上げてきました。
夢をみること、語り合うことは若者の特権であるはずです。夢があるからこそ、希望に燃えて頑張ることができるのです。夢は切り開くもの、切り開くからこそゴールの喜びは比類のないものとなるのでしょう。しかし、初めから夢を持てないことほど悲しいことはないでしょう。
歯科医師という職業をこんなにも夢のない職業にしてしまったのは誰の責任なのでしょうか。歯科医師をめざす若者の夢を奪ってしまったのは誰のせいなのでしょうか。私は現在生きているすべての歯科医師の責任だと思っています。私たち現存する歯科医師が、次の世代の歯科医師のことを全く考えてこなかった、その付けが回ってきてしまったのでしょう。中には厚生労働行政の責任だと言う方もいるでしょう。私は最近、この夢の話を元厚生労働省の役人に話したことがあります。彼は「先生、いいです。20年後、家族で食べていければ」という言葉を聞いた途端、「クス」と小さく笑いました。こんな人たちに任せていたからこそ、歯科医師が夢の無い職業と思われてしまったのでしょう。すでに「お国に任せておけば」という時代ではなくなってしまっているのです。したがってここから先は、「責任は現存するすべての歯科医師にある」と認識し、猛省し、個々の歯科医師が「どうしたら、この閉塞感から抜け出すことができるのか」を考え、常に話題にし、話し合い、歯科関連の多くの企業(歯科に関係して収益を得ているわけですから:このサイトの企業も対象です)とも協力して、若い歯科医師が夢を語ることのできる職業に変えて行かなければならないのではないでしょうか。
私は、歯科医師という職業に対して歯学部生や若い歯科医師が夢を持ち、これを皆の前で大きな声で語れるような、そんな方向に少しでも上昇カーブが現れるまでは、死んでも死にきれないという気持ちでいっぱいです。
ドイツ語で職業、仕事のことを「Beruf」と言います。この語源は「Berufung」です。「Berufung」の意味は、「神からの召命、使命」と訳されます。つまり、私たちが選択している職業は、実は自分で選択したものではなく、神から与えられた召命であると考えられます。職業とはそれほど重要なのです。
その職業に誇りと夢を、また新たな輝きを、次の世代の歯科医師という同じ職業の人たちのために、一肌脱ごうという気持ちになりませんか。次回からは、私が考えているこの問題の対策をシリーズでお話ししたいと思います。
矢島 安朝(やじま・やすとも)
  • 東京歯科大学水道橋病院 病院長

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