第91回:予防指向の歯科医療

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多くの国で年々医療費が増加し、その対策に頭を痛めているが、それに一石を投ずるような"歯科における予防的ケアに向けた患者の階層化"なる論文がJ Dent Res 8月号に掲載されている。医療費のかなりの部分が不必要なサービスや慢性疾患を予防する機会を逸したことによる可能性があるという指摘がされているという。この指摘に関連しての研究が本論文である。大人の歯の喪失原因はおもに歯周病とう蝕であるが、それらに対する歯科での大人の予防的健診として年2回が勧められているが、その妥当性はほとんど検証されていない。 そこで本論文では、歯周病と診断されたことがなく定期的健診を受けていた34〜55歳の5,117名につき、歯周病に関して患者を高リスク患者と低リスク患者に分け、年1回と2回の予防的通院が歯の喪失(抜歯)とどのように関係しているかを16年間の保険請求(米国保険会社)から調べた。低リスク患者は喫煙歴なしあるいは10年間喫煙せず、糖尿病歴なし、インターロイキン-1 (IL-1) 遺伝子型陰性(試料は患者自身が綿棒で歯垢を採取し、大学に送付して遺伝子型判定)とし、喫煙、糖尿病、IL-1遺伝子型陽性の一つでも該当する場合を歯周病の高リスク患者とした(なお、これら3指標はいずれもこれまでに歯周病との関連性が強く示唆されているものである)。2回通院あるいは1回通院での抜歯割合は、表のとおりである。リスク因子ゼロあるいは1の患者では通院2回で有意に抜歯が減少したが、リスク因子が2あるいは3の患者で有意差はなかった。リスク因子ゼロとリスク因子1の患者で同じ通院回数で比較すると有意差はなかった。リスク因子が1〜3での抜歯割合はおよそ17、24、39%となり、リスク因子が増えると抜歯は有意に増加した。 ケアの費用に関しては、本論文の付録として別に記されている。患者5,117名の16年間のケアの総費用は4,008万ドルと計算された。患者一人当たりの16年間の累積平均費用は、リスク因子数と通院回数により7.1〜9.1千ドルの範囲にあった(表)。なお、遺伝子型分析費用は150ドルとしている。ケア費用はリスク因子1以下では同じであったが、リスク因子が複数あるとそれらにくらべ有意に増加した。 2回通院は、高リスク患者では明確に利益があるのにくらべ、低リスク患者でははっきりとはしなかった。リスク因子2〜3で1回通院の患者の抜歯割合は低リスク患者のほぼ2倍であった。複数のリスク因子のある2回通院の患者の抜歯割合はリスク因子1以下の患者の50%以上高いことを考慮すると、リスク因子が1以上の患者では年2回通院では不十分であり、さらに多い回数の通院が必要かもしれないと考察している。なお、1以上のリスク因子のある患者534名のうち68%はIL-1遺伝子型陽性の喫煙者であった。結論的には、遺伝子バイオマーカーと通常のリスク因子を組み合わせて患者を階層化(区分化)するオーダーメイドの取り組みは、予防歯科での医療費配分に役立つであろうと述べている。 端的にいえば、リスク因子1以下の患者は年2回の健診は必ずしも必要ではなく、逆に複数のリスク因子のある患者は年2回以上の健診が望ましいということのようである。このようにして、"不必要なサービスは止め、慢性疾患を予防する機会を逸しないようにする"ことが可能になり、また予防的歯科における医療費の効果的配分にも役立つのかもしれないと思う。 以上は抜歯と歯周病/予防にかかわる話であるが、次は、抜歯原因として歯周病に次いで多いう蝕の予防にかかわる話である。JADA6月号のコラムでDr.Christensenが"高齢者のう蝕への対処"という記事を書いている。高齢者はう蝕の予防・治療に熱意がなく抜歯に至ることが多いが、どうすべきか?患者もさることながら、歯科医師、歯科衛生士がう蝕の予防・治療、歯を保存することの重要性を患者に伝える必要があるということである。それには、近年作成された国際的なう蝕の判定基準International Caries Detection & Assessment System (ICDAS)の知識を歯科医師が身につけるのが望ましいとしている。このICDASの利用は、歯科医師が予防に焦点を当てたケアをするのに役立つであろうという。 ここで出てきたICDASのことは筆者は今回初めて知ったのであるが、我が国でもあまり周知されていないようである。そこで、ICDASの紹介をすることにした。まず作業手順は次のようである。 1.患者が歯ブラシで歯垢を清掃;2.術者が機械的清掃;3.コットンロールを頬側に置く;4.過剰な唾液をふき取る;5.歯面の肉眼的観察;6.エアーで5秒間歯面乾燥;7.歯面の肉眼的観察 肉眼的観察結果は次のようなコード0〜6に分類する。 コード0 健全 コード1 エナメル質における目視可能な初期変化(5秒間のエアー乾燥後にのみ観察される、あるいは小窩裂溝内に限局) コード2 エナメル質の著明な変化 コード3 限局性のエナメル質の初期崩壊(象牙質は目視できない) コード4 限局性のエナメル質崩壊の有無にかかわらず象牙質からの陰影がある コード5 目視可能な象牙質のある著明なう窩 コード6 目視可能な象牙質のある拡大した著明なう窩 コード0:う蝕を裏付けるエビデンスがない(5秒間のエアー乾燥後にエナメル質の透明性に変化がないあるいは疑わしい)。エナメル質形成不全等の発育障害、歯のフッ素症、歯耗(咬耗、磨耗、侵蝕)、外因性/内因性の着色があっても健全とする。 コード1:湿潤状態での観察時にう蝕を示すような色の変化はないが、乾燥後にう蝕による不透明(白色あるいは褐色病変)が目視できる。 コード2:湿潤状態での観察時にエナメル質に著明な変化が見える。う蝕による不透明あるいは着色がある。 コード3:乾燥するとエナメル質の構造欠陥がはっきりとわかる。疑がわしい場合あるいは目視の検証にはCPIプローブで表面を調べる。 コード4:エナメル質をとおして灰色、青色、褐色などとして象牙質が目視できる。湿潤状態の方がよく見える。 コード5:露出した象牙質のある不透明あるいは白色あるいは褐色に着色したエナメル質のう窩。疑がわしい場合あるいは目視の検証にはCPIプローブで象牙質を調べる。 コード6:明確な歯質構造の喪失。拡大したう窩は深く、広く、窩壁・窩底部の象牙質が目視できる。う窩は少なくとも表面から半分、あるいは歯髄に達することもある。 従来の我が国でのう蝕分類はC0〜C4となっているが、ICDAS分類とは内容的にかなりのずれがある。ICDASでは観察所見を細かく分類し、コード0の健全歯の説明からもわかるように、不必要に疾患とみなさないようにしている。できるだけ不必要な介入は避け、また、介入しても切削ではなく再石灰化促進などのケアを重視する意図のように思われる。 予防指向の歯科医療は多くの歯科医療関係者にとって多分あまり喜ばしいことではないかもしれないと思う。しかし、予防歯科において遺伝子バイオマーカーやICDASの利用といったことも行われつつあり、それは患者の利益のみならず、増大する医療費の抑制にも役立つであろう。我が国の場合、予防指向医療にするには健康保険制度が大きな壁であり、まずはその改革、合理化が必要である。 (2013年9月1日)
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