第78回:根管治療成績について考える

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これまで根管治療成績に関する論文やレビューが数多く報告されてきたが、それらのほとんどは大学などからのものであり、開業医からのものはほとんど見られなかったが、JADA2012年5月号に米国北東部の64診療所で平均52歳(14〜74歳)の患者1,312名に根管治療し、平均3.9年間追跡調査した結果が載っている。結果としては、全体の失敗率19.1℅(抜歯3.3℅、再治療2.2℅、打診痛3.6℅、根尖病変10.6℅)であり、抜歯理由は歯根破折57℅、根管治療失敗24℅、高度歯周炎および二次う蝕各9℅、その他となっている。この成績は、米国保険会社の保険金請求のデータベースを利用した大規模な疫学調査(27回コラム参照)での8年生存率97.1℅、再治療率0.40℅、根尖部外科治療率0.65℅にくらべ、劣っているように見える。それについての著者らの説明によれば、保険請求データベースを利用した調査報告の場合には、根尖病変の有無や患者の不快感などは考慮されておらず、成功率にはなっていないという。さらに、通常は主観的という理由であまり成績評価項目にされていない打診痛も、根尖での炎症の有無を知る手がかりになり、開業医の営業的観点からは、患者の満足を得るのに重要だという。確かにこのことは、“先生は(X線的に)完璧に治療できているといっているけど、なんだか時々痛むのよ”などという会話を耳にすると、理解できることである。 この論文の引用文献の中に興味深いものが数報あった。なかでも、University College London、 Eastman Dental InstituteのNgらによる1922〜2002年のレビュー基準に適合する63論文をまとめた根管治療の成功率についてのシステマティックレビュー(Int Endod J 2007)は大変興味深いものであった。成功率に関しては、根尖にX線透過像がないという厳しい基準では成功率31〜96℅、X線透過像の大きさの縮小という緩い基準では60〜100℅という数字が各論文で報告されているが、それらをさらに、厳しい基準で40論文をまとめると成功率75℅、緩い基準で36論文をまとめると85℅となった。根管治療後半年、1年、2年、3年、4年、4年以上での成功率を見ると、それぞれ、厳しい基準の場合30、68、67、81、84、85℅、緩い基準の場合89、70、83、67、62、84℅となっている。成功率は、時間の経過とともに、厳しい基準では上がり、緩い基準では下がり気味の傾向を示している。 論文発表年代と成功率の関係を見ると、1960年以前、1960、1970、1980、1990、2000年代での成功率は、それぞれ、厳しい基準の場合68、80、79、75、77、68℅、緩い基準の場合84、80、84、88、86、85℅となっている。厳しい基準では68〜80℅、緩い基準では80〜88℅であり、成功率は長いあいだあまり変わっていない。さらに、研究地域(カッコ内は集計に用いた論文数)と成功率の関係では、米国・カナダ(24)、スカンジナビア(15)、その他(英国8、イスラエル4、オランダ2、1報が10か国)で、それぞれ、厳しい基準の場合74、81、71℅、緩い基準の場合88、70、85℅である。緩い基準では、それによる報告が多い北米の成功率は報告の少ないスカンジナビアよりかなり高くなり、逆に、厳しい基準では、それによる報告の多いスカンジナビアの成功率は北米より高くなっている。 根管治療に使う技術や材料は改良されているはずなのに、成功率はずっとあまり変わっていないのは不思議な気がする。その理由として、レビューの著者らは治療の原則が長い間変わっていないためではないかといい、これは、生物学的と技術的原則の相対的価値に関する古典的な論争につながることになろうという。端的にいえば、技術面重視か、微生物の影響面重視かということのようであるが、技術重視の北米の成功率は他の国と変わらない。その一方、どちらかというと微生物面重視のスカンジナビアの成績は良くなっていることは注目に値する気がしている。 以上は根尖治癒の観点から評価した成功率の話であるが、歯の保存という観点から重要なのはやはり生存率である。これに関しては、上記レビューの著者Ngらが1993〜2007年の14論文をまとめたものがもっとも新しいシステマティックレビューである(Int Endod J 2010)。それによれば、生存率は2-3年86℅、4-5年93℅、8-10年87℅となっている。この86-93℅という生存率を成功率の指標に考えるとしたら、根尖治癒での成功率75-85℅よりかなり高いことになる。この点に関連して、著者らは次のようなコメントを記している。非侵襲的手技は生存率を高めるが、根尖治癒成績は低下する。侵襲的手技(過度の根管拡大、高濃度次亜塩素酸ナトリウム洗浄、水酸化カルシウム貼薬など)は破折を起こしやすくなって生存率を低下させるが、根尖治癒成績は向上する。したがって、何を重視するかという治療上のジレンマがあるという。 上記レビューは根管治療についていろいろと考えさせられる内容であったが、さらに、根管治療成績に関する論文やシステマティックレビューを読むときに、注意を要することを示唆された論文がある。“根管治療成績を評価した以前に報告されたシステマティックレビューの限界”と題するWuらの論文(Int Endod J 2009)である。いくつかの因子が成功率を押し上げているというのである。伝統的に根管治療成績を評価するのに根尖部X線造影が使われ、根尖X線透過像のないことが健全な根尖とされてきた。しかし、X線造影で健全とされた症例でも、Cone Beam断層撮影(CBCT)や組織学的検査では高率で根尖性歯周炎と診断されている。X線透過像の大きさの縮小は根尖治癒とされるが、CBCTではしばしば病変の拡大が認められる。成功の評価に根尖X線透過像をもとに分類されるPeriapical Index(PAI)スコアが用いられているが、スコア2(軽度の炎症)が成功に分類されている。今後は、CBCTを用いてより厳しい基準で根管治療成績を再評価すべきであると述べている。 こうした診断上の因子のほかに、成功率に影響を及ぼす可能性のある臨床上の因子がある。臨床研究では抜歯や再治療は失敗とされないことが多く、根管治療の成功として過大評価されることになる。Ngらのレビューで4年以上の14論文では、抜歯について言及ないかあるいは除外され、再治療についてはまったく言及されていない。リコール率も成功率に影響する。成功率とリコール率の関係について、リコール率が下がると成功率が上がるという興味ある論文が引用されている。それによれば、リコール率は1年の71℅から4年で33℅に低下したが、その間根管治療の成功(PAIスコアが1あるいは2)率は1年44℅、4年で82℅になったという。その説明として、徐々に根尖治癒が進んだ、あるいは失敗した患者はリコールに応じなかった可能性があるという。2007年のNgらのレビューでは、リコール率の記載は63論文中39論文で、その中間値は53℅、最低は11℅である。 根管治療では、生存率重視か、根尖治癒重視か、というジレンマに陥る可能性がNgらにより示唆されていたが、本当にこのジレンマを解消することはできないのだろうか?筆者はその可能性を信じており、努力(とくに大学関係者の)が不足しているように思えてならないのである。第6回の「根管治療かインプラントか」でも記したことであるが、従来からの根管拡大法・根管清掃法・貼薬剤・ガッタパーチャと合着に依存したシーラーによる充填など、根管治療について抜本的見直しが必要と考えている。実体顕微鏡、ニッケルチタンファイルなど機器、器具面での進歩は認められるが、ジレンマ解消には、それらの大きな寄与は期待できず、基本的に旧態依然としている薬剤・材料の革新なしには難しいと感じている。その想いは第70回「根管治療の見直しと新しい試みを!」でも記したところである。また、生存率に大きく影響する歯根破折は世界的には抜歯であるが、これについては第69回「垂直歯根破折の処置」をご参照いただきたいと思う。 (2012年7月31日)
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